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第18話 一人だけ救え

「あー、タバコ吸いてェ」


 ジーンと共に入院中のバージルの面会に来たレフは、開口一番バージルにそう告げられた。悔しそうに棒付き飴を舐めている。

 カティサの言う通り左手首に手錠が掛けられ鎖はベッドの支柱に繋がっている。右手首は自由にされていたが鎖が繋がってないだけで手錠はある。

 狼の力を封じるには心もとない。要注意人物の証でしかないのだろう。


「トイレとシャワーの時しか外して貰えねえんだぜ」

 バージルは鎖の付いた左腕を上げ苦笑する。

「レイラさんとの約束だから仕方ないよ。元気そうだね。所長」

「おう。もうすぐ退院だからな」

 

 ジーンがベッドを起こす動作をする。バージルは背中にクッションを入れた状態でベッドに身を預けていた。

 プリズラクの注射器(ランス)で刺した背中。

 人狼化中の負傷は人間に戻った際引き継がなかったが、人間だった時に受けたこの傷だけは戻った時に開いてしまった。


「レフ、キミは面会初めてだろ?席を外すから所長と話すんだ」

 ジーンはそう言うと病室から出て行った。

 

 沈黙の時間が流れる。

 バージルは引き抜いた棒付き飴の棒を眺めながら飴をガリガリ噛み砕いていた。

 病室の一人部屋でレフはバージルとただ二人向き合っていた。

  

「すみませんでした」

 レフは謝罪する。謝罪では済まない事態である事を理解しながらもそうするしかなかった。


 バージルは棒に視線を落としたまま答える。

「すみません、どころじゃねぇだろ。おかげで事務所は休業だ」

 トーンを落とした声音にレフは心が締め付けられる。


 バージルはレフの方を振り向いた。

 あの晩狼の顔に変形していたのが幻だったかのような普通の人間の顔立ち。ただ、いつもの無精ひげは綺麗に剃られていた。

 普段より何となく若く見えるその顔のままバージルは話を続ける。

 

「レイラに突き出せばお前は逮捕される。それをしなかった理由は分かるか?」


 レフは黙る。

 プリズラクの正体を知るバージル本人が被害を訴える事はシミュレートに入ってない。処刑は組織の裏切り者に対して行われる不可逆の強制進化、二度と取り戻せぬ理性を奪う行為だからだ。理性があるどころか人間に戻っている、それ自体がありえなかった。

 世に出てない物質透過リングを使ったトリックが立証困難だからだろうか?


「答えは目の前にあるじゃねえか。俺も同類だからだよ」

 バージルは再び左腕を上げた。鎖がジャラっと鳴る。

「潜入捜査だったとはいえ一時Adaptに与していた。狼男はその時になった。離職した今、俺は警察(ヤード)の厄介者なのさ」


 バージルは目を細める。これは考え事をしている時の癖だ。レフも分かってきた。

 

(俺は何故この人を怪人にしてしまったんだろう)

「……人狼進化プロジェクトによりゃ、俺は人狼の子孫だ。元から怪人だ」


 まるでレフの心を見透かしたようにバージルは会話を重ねてきた。

 まばたきした彼は話題を切り替える。


「カティサはレイラから身元不明の少女として押し付けられたんだが、勇者雇うの面白そうと思って採用した」

「分かって……いたんですか?」

「いや直感。こいつはAdaptが探してる勇者クロムだなと」

 

 バージルは飴の棒を回した。これをやっている時の所長はカティサ曰く頭もこの棒のようにぐるぐる回転している。


「記憶を自力で取り戻せるか見守る事にした。だが、異世界の勇者の力とはどんなものなのか興味津々でね」


 レフは唾を飲み込む。


「お前の目的でそれが果たせそうだった上に、俺を利用しようとする魂胆だった。それで、芝居を演じてやることにした」

 バージルは右手で左の肩を叩く。

「まだ痛ェわ」


 人狼化抑制薬によって当時のバージルは理性を保っていた。

 しかし力を抑えているとはいえアドリブでカティサを襲う行動を取れるとはある意味恐ろしい男だ。


「最も、誰だか分からんやつが邪魔したようだけどな」

 バージルは再び目を細めて、それから開いた。


「……本気で殺戮の獣となりかけていたのを助手全員で防いでくれた上、人に戻してくれたのは感謝している。お前もだ、レフ」

 バージルはレフの顔を真っ直ぐ見据えてきた。

 「感謝」の一言にたまらずレフは言い返す。

 

「その原因を作ったのは俺だ。感謝するのは間違っている」

「自分を許せなくて所長に断罪してもらいたい、そうなんだろ?」

 

 図星を突かれ思わず目を逸らす。

 バージルは飴の棒をベッド脇のゴミ箱に捨てた。


「罪償いをしたいなら俺でなくカティサにしろ。あいつはこれから記憶を取り戻していく。断片的に思い出してる様を見る限り、目を背けたくなるような光景を見てきている」

 

 レフは首を振った。

「俺はヒーローにはなれない。所長は助かっても、今まで何人も……処刑してきた」

 

 拳を強く握る。

 ランスを刺す相手に毎回罪を言い渡してきた。そうでなければ耐えられなかった。

  

 バージルはふっと微笑んだ。

「皆を救おうとしなくていい。あいつ一人だけ救えばそれでいい」


 レフは俯いた。

 バージルは右手で窓際に置かれているメッセージカードに手を伸ばす。しかし比較的自由の利く右手でもカードには届かない。

「そこのカードを取ってくれ」


 レフは言われるままカードを手にする。

 カードには一言「Get Well Soon」の文字があった。回復を願うメッセージだ。


「今、俺を救ったな?」

 バージルは笑う。レフは動揺をぐっと抑える。

「これは救うではなく手伝うと言う」

「お堅いな。まあお前の長所でもある」


 レフからメッセージカードを受け取ったバージルはカードをひっくり返す。

 そこにはレイラ・シンクレアのサイン。


「レイラが手続きなり買い出しなり甲斐甲斐しく世話してくれている。昔から変わらずだ」

 カードを表に返しバージルは表情を緩める。


「俺もあいつの顔をしっかり見ようと思う。過去の罪と共に、な」

 バージルは顔を上げた。


「救済は気付かないうちにお前もやっているよ」


 


 バージル所長との面会を終えたレフはロビーに向かう。

 ジーンはレイラ刑事と談話していた。

 この女刑事が恋人でもあった元バディの回復を願いつつその手首に手錠を掛け警察官として監視している。どんな思いなのだろうか。

 二人に歩み寄ろうとしたところで、病院の正面入り口から小走りにやってくる金髪ポニーテールの姿が見えた。カティサだ。


 レフは思わず柱に隠れた。バングルが揺れる。


「……分かっているよまーくん。所長がレイラ刑事と向き合う事にしたように、俺もカティサと向き合わなければならないんだ」

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