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第12話 ジーンの賭け

「やっぱりあいつ、レフじゃんか」

 

 バックルームでノートパソコンを弄りながら、ジーンはプリズラクの正体を本日休みを入れてきたレフであると確信する。

 土地勘のある間合いの取り方。身長、体格、髪の色一致。

 プリズラクの声は肉声ではないがロシア語特有の抑揚がある。

 

「声紋一致ほぼ100%。真っ黒だ」

 

 声の波形を先日撮った録画から抽出したレフのそれと重ねたジーンは、ため息をついた。


「所長のことだから分かってて採用したはず。泳がせてたんだろうな」

 

 レフが初めて事務所に来た時の事を思い出す。

 依頼に真摯だった連れに対し事務所そのものを探っていたあの目線。

 

「けどあいつ、所長もカティサも狙いだったとはね」

 

 ジーンはバックルームのカトラリー入れから小瓶を取り出す。

 所長が常用している薬。人狼化を抑制する薬。

  

 ノートパソコンには停電が回復するまでの間に合わせで置いた二台のサブスマホが映し出す映像が流れる。

 バージル所長の机に置いたスマホはカティサとプリズラクが、バックルーム横のロッカーに置いたスマホは扉をガン、ガンと叩く所長が映っている。

 所長は扉を叩くより二人の戦いを見ている時間が長い。


「人狼化後は不明だったけど、効いてるのか……」

 

 カティサがプリズラクを外に飛ばしたのを見計らうかのように所長はゆっくり後を追いだした。


 ジーンは唾を飲み込む。

 

「効いてる……はずなんだ。僕が持ってきた薬なんだから」


 父から逃げる為に。

 そして居場所を作る為に。

 薬を交渉材料としてバージルに助手志願した。

 

「……当然だけど、所長は僕を疑ってた。でも僕が逃げる場所はここしかないと思ったんだ」


 プリズラクの強制進化の薬は効能が上回る。


「ここ、失いたくないんだよ」


 誰にともなく呟いた。

 

 声紋分析のウィンドウの横にはバージル所長を人間に戻すことに成功したレイラ刑事とのやりとり過去ログ。


「通信が生きてれば一発なのに……」

 

 ただ、現段階でも方法はある。

 あいつが協力してくれれば。


 意を決したジーンはノートパソコンを閉じた。

 脇に抱えたままバックルームのドアノブに手を掛ける。


「もし拒否されたら終わりだ。でも」

 

 ドアを開いた。


「このまま事務所が壊れるのは嫌なんだよ」

 


 

 路上に散らばったガラスを薄紫色の月光が照らし返していた。

 プリズラクは違和感を覚えながら立ち上がる。

 見慣れた景色のまま、おかしな世界に入ってしまったかのようだ。


『まーくん、来い』


 代わりに来たのは黄金色の光。

 スコープの調整をしている暇はない。

  

 プリズラクがランスを構えた瞬間、モップを持ったカティサが踏み込んだ。

 モップの先端が光のブレードに変わる。


(受けられるか……?)

 

 ランスを横に構え――


 ドン!


 視界が塞がった。プリズラクの目の前にあったのはバージルの血で染まった背中。

 彼は左前腕でカティサの光のブレードを受け止めていた。

 肉と毛が焼けているのか、何ともいえぬ焦げた臭いがする。


 カティサの顔が青くなる。


「所長!なんで……?」


 光が消え、モップがただのモップになる。

 黒く焼けたバージルの腕の傷口はまたたく間に再生していった。


(自分の腕を差し出した。今まで狙っていた獲物相手に)


 バージルは言葉を返さない。

 腕をゆっくり下ろし低くうなり声を上げる。


(これは……意図的な行動だ)

 

 カティサは後退した。

 顔に動揺が現れている。

 

「バージル」


 プリズラクは後ろから名前を呼んだ。

 Adaptが名付けたウェアウルフ3号ではない、人としての名前。

 返答は相変わらず無かったものの耳がピクっと動いたのを見逃さなかった。


「お前は処刑からも生きて帰る男なのか?」


 バージルは振り向いた。

 彼はプリズラクをしばし見つめた後今度は正面のカティサの方を向いた。

 口元が笑っていた。明らかに笑顔だった。

  

(試しているのか。カティサだけでなく俺も)


 バージルが血濡れた背中をプリズラクに向けたまま離れる。

 敵に背中を、あまつさえランスを刺したその背中を何故見せるのか。


 

 プリズラクがカティサの表情を確かめるべく振り向いたその時、事務所玄関が静かに開いた。


「もういいよ」


 ジーンだった。

 

「このままだと全員詰む。殴り合ってる場合じゃない」


 ジーンはノートパソコンを広げる。

 波形が上下に2つ並ぶウィンドウ。プリズラクの声が流れ、次にレフの声が流れる。

「声紋一致ほぼ100%。どちらもロシア語特有の抑揚がある」


「……」


 思わずОй! と言いそうになる。飲み込む。

 ジーンにバレている。

 

「身長、体格、髪の色。一致」


 冷や汗が出る。

 

「……何が言いたい」

 

 絞り出すように言葉を出す。

  

「最近うちに入ったバイトのレフと、プリズラク、君のデータが一致している」


 推理小説の真犯人の気持ちとはこれか。

 

「プリズラクがレフ?レフがプリズラク?え??」

 

 カティサはプリズラクとジーンの顔を交互に見、再びプリズラクに目を向けた。

 

「猫じゃらし振ってた時にこんなこと考えてたなんて。なんで……」


(それを突っ込まれると痛い……)

 終わったなと思った。


 カティサはバージルの方に顔を向けた。

「所長、バージル所長……お願い、戻って来てよ」

 

 カティサの問いにバージルは答えない。

 ただ右手を口元に寄せ、まるでタバコを吸うかのようなポーズをしていた。


「もう隠さなくていい」

 ジーンが静かに諭す。


(ああ、そうだったな)


「レフ、なの……」

 カティサが近づいてきて一歩手前で止まる。

 

(こいつらは探偵だ)


 仮面のふちに手を掛ける。

 だが。

 

「……この仮面を取れるものなら取ってみるのだな」


 取り掛けて止める。

「プリズラク」の罪を「レフ」が受ける事に耐えられそうにない。

 

「ううん。取らなくていい。今は協力して欲しい」

 

 ジーンは一息おいて、こう呟いた。


「僕はここを失いたくないんだよ」


 

 仮面から手を放す。

 ジーンは父親と確執があった話を把握している。

 逃げる事ができた者。

  

「……だから、戦ってる場合じゃないんだ」

 

 ジーンはノートパソコンに向き合うと次はバージルの服薬の記録と狼男の行動バターン分析らしきグラフを表示する。

「今の所長は人狼化抑制薬が効いている状態なんだ。プリズラクのせいで姿は変わってしまったけどね」

 

 視線が痛い。

  

「Adaptは狼の警戒心を強くする改造をしているんだ。相手を警戒する程狂暴になるからね。でも警戒する行動パターンじゃない」


 カティサはバージルの方を見る。バージルは目がジーンの方を向いていた。

 

「今の所長の中身は人だよ。だけど」

 ジーンは一呼吸置く。


「薬の効果がもうすぐ切れる」


 喉が鳴る。

 

「直す方法はあるんだ。プリズラク」

 ジーンはプリズラクの手元のランスに目線を移す。

 

「そのランスで進化薬の逆位相データが取れるはずなんだ」


 プリズラクはしばらく考えて、それから答えた。

 

「理論上は取れる……協力しろ、と言うのか?」


 ジーンは即答しなかった。

 俯いた彼は拳をぎゅっと握って、そして頭を上げた。

 

「そうだ。犯人に要請するのが一番早い」

 プリズラクに歩み寄る。

 

「協力しろ、レフ」


 まーくんはまだ帰ってこない。

 逃げ場はなかった。

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