第11話 赤毛の狼の縄張り
「一体何があったんだい?カーティスさん!」
フラットオーナーのマダムが階段を降りてくる。
踊り場の下には赤黒いゴスロリ服の少女がいた。
「……お騒がせして申し訳ありません。『切り貼り』します」
少女の両手から糸が飛び出たかと思うと階段昇降口を蜘蛛の巣のようにふさぐ。
「ひっ!」
「これで外には響きません」
腰を抜かしたマダムの腰が床に付くかいなかで糸は一瞬で消えていた。
階下を降りても少女――ヴァーミリオンの姿は無く、その先にあるカーティス探偵事務所も無人となっていた。
月光が窓際のユニコーン達を照らしていた。しかしその影は奇妙に薄かった。
「……来たな、プリズラク」
プリズラクは割れた窓ガラスからワイヤーを室内に飛ばし一気に距離を縮めて入室した。
視界が一瞬歪んで、すぐに元に戻った。
黄金色のオーラに包まれたままのカティサ。
椅子を持ったまま、オーラに圧倒されているかのようにカティサから距離を取っているバージル。
――レフ、お前の机はここだからな。
カティサの立っている場所にはかつてバージルが用意した折りたたみ机と椅子があった。
今や机は横倒しになり椅子は狼男と化したバージルが持っている。
(レフに戻るな。ここはもうバイト先じゃない。赤毛の狼の縄張りだ)
縄張り。
そうだ、何故気が付かなかったのか。
(バージルが獣の本能に突き動かされていれば縄張りを守る、排除の指向になる。行動パターンがおかしい。もしかして……)
ドゴッ!
視界が暗転する。注射器が手を離れる。咄嗟に受け身を取る。
プリズラクは後ろ向きに倒れていた。
立ち上がろうとしたところに重みがのしかかる。
光を纏った顔が仮面に近づく。
「……今度は私の番」
カティサはプリズラクの胸に馬乗りとなっていた。
まるでワイヤーの軌道を読んでいたかのような動き。
(拘束になっていない。足も手もガラ空きだ)
腰を上げ、カティサの重心を崩す。
カティサがぐらりとしたところで片腕を掴んで引き寄せ、一気に体をひねった。
二人はぐるりと回転しプリズラクが上になる。
(近い……!)
カティサが腰をうならせ、プリズラクの脇腹に膝を突き上げる。
「……くっ!」
身を逸らして回避する。直撃は逃れたが余波の痛みが入る。
カティサは身を回転させてプリズラクから距離を取り、立ちあがる。
(息一つ切れていない……こちらの方が不利だ)
プリズラクは脇腹を抑えランスを支えに立ち上がった。
バージルの様子を見たいがカティサから目を離せない。
見たかったあの目。全てを見通すかのような狩人の目。
「……勇者クロム。お前は勇者クロムか?」
バージルの気配を警戒しながら問うてみる。
カティサは記憶を取り戻しているのか否か。
オーラの輝度が落ち、カティサの目つきが変わった。
「プリズラク……敵、だよね?」
カティサはまるで状況を読み込めてないような発言をする。
プリズラクがどうした?と思う間もなくカティサの目はすぐに戻った。
「そうだ私の敵だった。大事な人を傷つけたんだ」
次の瞬間には彼女はプリズラクの間合いに入っていた。顎にカティサの拳が入る。
「ぐっ……」
支えのままだったランスに力をこめ倒れるのを阻止し、反動を利用してカティサへ蹴りを入れる。
カティサの体はプリズラクの蹴りを受けて後方に吹っ飛んだ。
「うー」
獣のように鋭い目つきをしながらカティサは立ち上がる。
「視界が二重に見える」
「フィース?プリズラク?」
その目はどこか視点が定まってないかのようだった。
(完全に“クロム”ではない。だが、ただのカティサでもない)
暗視スコープの調子が悪い。もう一撃顔面に喰らえば視界が塞がれるだろう。
バージルは?スコープを確かめるように遠方を見る。
バージルはバックルームの扉の前に立ち、こちらを見ていた。
スコープのピントを合わせると扉に向き合い、中にいるジーンを誘き出すように叩きだした。
狼男の力ならあの扉は破壊可能なはずなのに、まるでノックしているかのようだ。
——壊さないように。
(やはりこいつは……)
「……なーんでまた、戦闘中によそ見するかな?」
長柄状のものが顔に近づくのを察し、咄嗟に避ける。
体勢を整え直すと、カティサは水拭きモップを構えていた。モップ糸の方をこちらに向けている。
「所長を元に戻せ!変えた責任を取れ!!」
カティサは叫んだ。オーラの輝きが増す。
聖槍の勇者が長柄状の武器を構えている。これがどれほど不利な状況かをプリズラクは理解する。
たとえそれがモップであったとしても。
「バージル・カーティス」
プリズラクは一呼吸置いて罪状を告げる。
「組織を潜入捜査した罪、そして真実に近づきすぎた罪だ。俺は刑を執行しに来た」
「戻るか戻らないかだけ答えろ」
カティサは間髪を入れず突っ込む。
「……二度と戻らない。今のバージルはお前のことも覚えてはいまい。探偵事務所は終わりだ」
カティサは睨みを強くする。
もっと動揺するかと思い即応態勢を取っていた。
拍子抜け――いや、違う。“迷わない”からこそ勇者なのか。
「お前は勇者クロムだ。その力は間違いない。我々が探していたものだ」
ここからは命令に無い事を言う。
「その力、我々が管理するべきだ」
いずれそうなる。そう確信していた。
「だから……俺と一緒に来い、カティサ」
組織に渡したくない。
あれに触れさせれば……壊れる。
お前も、世界も。
「……プリズラク……亡霊……フィース……」
カティサが何か呟きだす。
カティサのオーラが収束したかと思うとモップにオーラが集まりだした。
(まずい、防御態勢だ)
球状になったモップの光がはじける。
一瞬、音が消えた。
「悪霊退散!!」
プリズラクが防御態勢を取るのとほぼ同時にオーラを放つモップがプリズラクを薙ぎ払った。
(この光は……浄化の光か……)
ドガッ!
既に割れていた正面玄関の窓ガラスを越え、プリズラクは道路まで飛ばされた。
片膝で着地しうなだれる。
(……ここは撤退だ。データは取れた)
仮面の中が生温くなる。
(だが、このまま終わらせるつもりはない)
仮面の下から血が流れる。視界も鈍い。
「……いいデータだ。次は」
片膝から体を起こす。
「迎えに来る」
カティサに予告すると次にロシア語で相棒のスライムを呼んだ。
「Меркурий, отступай!」
《マーキュリー、撤退だ!》
しかしいつもならすぐに来るはずの相棒が来ない。
(一旦まーくんを置いて撤退するか。いやダメだいつも一緒なんだ)
そんな様子を道の向かいから見ている少女が一人。ヴァーミリオン。
彼女は猫を抱えていた時と同様にまーくんを抱えその頭を撫ででいた。
まーくんはぷるぷる震えている。
「大丈夫よ」
微笑むとプリズラクとカティサの方へ目を向ける。
二人は――少女に気付くことすらできていない。
「禍の者。あなたの言い分は理解しました」
今のカーティス探偵事務所はヴァーミリオンの作り出した結界の中。
この場の真の支配者は赤毛の狼ではなく魔女ヴァーミリオン。
「ふふ……では」
魔女は愉快に笑う。
「今度は――悪い狼さんを演じてもらいましょう」




