第10話 勇者の怒り
『それは絶望の嘆きかそれとも進化への歓喜か』
バージルの机の裏側、フラットの外壁で狼男の咆哮を聞きながらプリズラクは呟く。
『ウェアウルフ3号は潜入捜査官だった。つまり最初からバージルは裏切り者だった』
壁に設置した円形の装置。その中心部に先程まで注射器を通していた。
カティサとジーンが持ち場を離れ、その報告を以て状況判断をするバージルが机から動く前に刺す。計算通りに事は進んだ。
『これも父さんの発明品』
装置を壁から剥がす。バージルまで貫通した形跡は何も残ってない。
中からうなり声が聞こえてくる。
『真実に近づきすぎた罪だ』
プリズラクは円形装置――物質透過リングを鞄にしまうと鉄骨を上がり室内が見える位置にまで移動した。
「さあお前の力を見せてみろ。カティサ」
カーティス探偵事務所の中。
窓から入る月光を背に狼男へと変わり果てた所長、バージルがいる。
「所長……」
助手カティサの呼びかけにバージル所長は答えない。低いうなり声を鳴らし、鋭い爪の手をぶらぶらさせている。
所長が言葉の通じぬ化け物に変わってしまったことをようやく頭で理解したカティサは次に涙が出てきた。
「……カティサ。これが、所長がAdaptの事件を追っている理由だよ」
カティサの涙に気が付いたジーンは静かに告げる。
「そうか。分かっちゃった。レイラさんの顔の傷。そういうことだったんだ……」
記憶を無くし彷徨っていた自分を保護してくれたレイラ刑事。居場所を与えてくれたバージル所長。
自分の命の危機を前に、バディにして恋人だった二人に何があったのかを察しカティサは更に悲しい気持ちでいっぱいになる。
「僕も初めて見たけど……」
そして所長に向き合う。
「ここは『犯人』のフィールドだ。所長……負けないで」
ジーンが言い終わるや否や狼男バージルは跳躍し、ジーンの頭を乗り越える。
カティサの前に着地した彼は次にカティサに鉤爪を振り下ろす。
ガキッ!
カティサは咄嗟に取った所長の机のお盆で攻撃を流した。お盆がくの字にへしゃげる。
バージルのワイシャツのボタンがついに限界を超えはじけ飛んでいた。荒い毛並みの右上半身が露出している。
カティサは胴体に蹴りを入れ、ひるんだすきに間合いを取る。
「バージル所長、私……」
バージルがカティサに歩み寄る。
「……つ!」
再び振り下ろされた鉤爪をステップを踏んで体を横にずらし回避する。
(自然と体が動く)
バージルを見据えながら後方に下がる。応接スペースに入り込む。
応接スペースの仕切りを盾に、更に2人掛けソファをもう1つの盾にしてしゃがむ。
(狙いは私)
「引き付けるからジーン逃げて!」
「ガァ!」
バージルは片手で仕切りを薙ぎ払う。仕切りはカティサの机に飛んだ。
振動で窓際のユニコーン達が落ちる。
「所長!バージル所長!」
「……」
カティサの呼びかけにバージルの動きが止まる。
しかし次の瞬間ソファを引っかいて中のクッションを露出させた。
『カティサの動きは素人のそれじゃない。怯えもない』
鉄骨から観察する仮面の男は今までとは打って変わって冷静に動くカティサに驚く。
『身体能力も高い。それにジーンが逃げる時間を作っている』
ノートパソコンを持ってバックルームに入り込んだジーンを確認した後、視線をバージルに移す。
バージルはカティサのポニーテールを掴んで強引に立たせていた。
カティサはバージルを睨みバージルもカティサを睨む。
(こうやって、大切な人を睨んでいた……)
カティサの目から涙が一筋流れる。
(目を逸らしちゃいけなかった。見なければならなかった)
鼻をすすり目線を真っ直ぐ金色の瞳の奥に向ける。
バージルとカティサの睨みあいが続く。
『明かりが欲しい……』
暗視スコープがもどかしいと思っていた矢先、バージルから“人の言葉”が出た。
「……来い……プリ……ズラ……ク……」
カティサのポニーテールがバージルの手から落ちる。
「終わらせろ……」
「え……?」
睨み目だったカティサは目を丸くした。
「プリズラク……もしかして仮面マンが、仮面マンが犯人なの……?」
『!なっ……!』
名前を呼ばれたプリズラクは動揺した。
注射器を打たれた者は二度と人間には戻れない。だから処刑だった。そのはずだった。
「仮面マン……」
カティサは狼男が目の前にいるにも関わらずうつむく。
「仮面マンが所長を刺した……」
両手を力強く握りしめ震えだしている。
「踏みにじった……人の人生を……」
ウォオオ――――ン!
バージルはまるで「それでいい」と言うように遠吠えを上げた。
『やめろ……お前はもう怪物なんだ。まだ人の心が残っているなんて考えたくない……』
――勇者クロムよ、仲間だった男を倒せるかな?
カティサの体が赤く発光する。
カティサは怒っていた。
カティサの周りを描くように風が動く。
――フィースやめて!
「よくも、よくも所長を……!」
――バルトロ!……バルトローっ!
室内を書類が舞いだす。
カティサの脳内も記憶が舞う。
――魔王、許さない。
「……許さない」
風はどんどん強まっていき紙の渦となる。
カティサの近くにいたバージルは顔を覆い後ずさりする。
バックルームでポータブル電源に繋いだノートパソコンをいじっていたジーンが出てきた。
「ついに来たんだ……キミがここにいる理由。キミなら所長を止められるんだ、クロム」
――ミモザ!どうして!
(そうだ……ためらったからだ……ためらいが犠牲を増やした)
『くっ……凄まじいオーラだ……』
暗視スコープなのが逆にカティサの姿を映し出さない。
仮面の目に写るのはフォルムをぼかした高エネルギー体。
――クロム、聖槍に力を。
赤いオーラはやがて白いオーラに変わった。
風の動きが止まる。
書類が落ちる。
音が消える。
(もう迷わない。助ける為に、戦う)
カティサは目を閉じる。
そして静寂が訪れる。
『お前はやはり……勇者か』
――来い、クロム。
カティサは目を開けた。
頭を一気に上げて天井を見る。
視線を少し下ろして見開く。息を思い切り吸う。
そして腹の底からめいっぱい叫んだ。
「来い!プリズラク!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!
衝撃波が走る。
事務所の窓ガラスは割れ、外に飛び出た波状で工事の足場は崩れた。
プリズラクは間一髪でぶら下がる事に成功する。
『間違いない。これが勇者の力なのか……』
残った鉄骨を伝って下に滑り着地する。
仮面の中は汗で蒸れていた。
『……これがカティサなのか』
割れた窓ガラスの先、長い金髪をたなびかせながら自身が照明であるかのように黄金色のオーラを放つ娘が立っていた。
「Очень хороший……」
《とてもよい……》
理解したい。理解する為に壊したい衝動に駆られる。
事務所に近づく。
「期待に応えよう」




