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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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前田玄以ー⑥:別れの朝――背を向けて進む

疑念の先にあるもの――右近という鍵

「そなたは、そなたの戦をせよ」


戦とは、何も刃を交えることだけではない。退くこと、隠れること、守ること。それもまた戦である。

その時、私の胸中に、ひとりの男の顔が浮かんだ。


――高山右近。


「私は、次に右近に会いに行こうかと思うておるが……」

「摂津の、高山右近殿でございますか?」


蘭丸が、確かめるように問い返す。


「うむ。あの者は信長を恐れてはおったが、同時に深く信頼もしていた。よく申しておったものじゃ。『信長様こそ、天下を取るべき唯一のお方』とな」

「キリシタンでございましたな」


仏門にある玄以にとっては、相容れぬ道であろう。


「敬虔な信徒じゃ。されど、ただの信徒ではない。己の信ずるもののためなら、地位も領地も捨てる覚悟を持つ男よ。信長を“神に最も近い男”とも言うておった」


その言葉に、玄以は静かに頷いた。二人が親しく交わった様子はなかったが、互いに異なる道にありながら、その在り様を認めていた、私はそう感じていた。


「私は高山殿に直接お会いしたことはございませぬが、そのお人柄はかねてより耳にしております。己の信ずる道に背かぬお方だと……。お会いになる価値は十分にございましょう」


玄以の言葉に、私は頷いた。数日、玄以のもとで美弥や子らと時を過ごし、私は蘭丸と共に次の旅へと発つことにした。これまでの農婦の母娘という装いは解いた。とはいえ、大名の妻と小姓という姿でもない。武家の女と若武者。その程度に見えればよい。


 玄以のもとに美弥親子が匿われていることは、秀吉もすでに把握しておるであろう。ならば、その動きに目を光らせておらぬはずがない。この寺にも、誰かしらの目が潜んでいると見るべきである。僧か、下働きか、あるいは旅人を装う者か。見分けはつかぬ。


 私がここを訪れたことも、すでに秀吉だけでなく、そこここに伝わっている可能性は高い。「我こそは信長の妻」と触れ回るつもりはないが、隠し通せる段でもあるまい。ならば、半端に姿を偽るより、腹を据えた方がよい。蘭丸もまた、その考えに異を唱えなかった。


「これからの旅は、さらに厳しきものとなりましょう。ならば私も、動きやすき身なりに改めるがよいかと存じます」


  蘭丸はこれまで、脇差を衣の内に忍ばせて旅を続けてきた。されど、それでは不測の事態に即応できぬ。何が起こるか分からぬ世である。私と同じく、蘭丸もまた、その気配を肌で感じ取っておるのであろう。今やその目は、常に周囲を測る者のそれとなっていた。もはや小姓ではない、命を預かる者の眼である。


 玄以の庵を発つ刻、庭先には朝露がなお残っていた。梢を抜ける風が杉の葉をかすかに揺らし、静かな音を立てる。その静寂は、これより先に待つ道とは対照的であった。


「濃姫様……」


玄以が、深く頭を垂れる。その背後に、美弥が控えていた。ここに来た当初とは打って変わり、面持ちは落ち着いている。されど、その眼差しの奥には、揺るがぬ覚悟が宿っているのが見て取れた。ここに残り、守り抜く覚悟。それもまた、一つの戦である。


「世が落ち着くまで、美弥と子らのこと、頼みますぞ」

「この身に代えましても。信長公、信忠様との御縁あればこそ、私は己を失わずに済みました。お血筋を守るは我が務めにございます」


玄以は、さらに深く頭を垂れた。その言葉を受け、私は一瞬だけ目を伏せる。言葉にせずとも、その覚悟のほどは伝わってきた。その後ろにいた美弥が、一歩前へと進み出る。


「義母上様……どうか、お気をつけて。羽柴殿にお会いになる道は、決して穏やかではございませぬ」

「分かっておる。されど、そなたらの居場所は、必ず守る」


その言葉に、美弥は深く、深く頭を下げた。


「また……お会いできますよね……」

「きっとな。それまで、そなたも息災であれ」

「はい」


千代と竹丸の姿はなかった。見送りに出さぬようにしたのであろう。それでよい。別れというものは、幼き者にとっては刃となる。胸に残り、長く傷を刻むものだ。特に、今のあの子たちにとっては……。


 私は振り返らぬと決めた。ここで一度でも足を止めれば、この場に留まりたくなる。守るべきものが、ここには確かにある。されど、それを守るためにこそ、私は進まねばならぬ。振り返らず、ただ前を向く。私は蘭丸とともに、静かに門を出た。

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