表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

202/207

前田玄以ー②:再会――沈黙に滲む忠義の涙

生き残った者―悲哀と決意

言葉はそこで途切れた。玄以の目から、静かに涙がこぼれ落ちる。信長の側にあり、血と謀に慣れた男の、あまりに人らしい姿に、私の胸もまた、締めつけられる思いがした。


 この男は、僧形に身を置きながら、都の政を裏より支え、寺社と武家の狭間を渡ってきた。表に立たずとも、織田の世を形作った一人である。その玄以が、今はただ一人の人として涙を流しておる。


 信長が死んで以来、こうして私の前で膝を折り、感涙する家臣たちのを目にしてきた。私はそのたびに少々、不思議な気持ちに駆られる。確かに私は信長の唯一の正妻ではあったが、何ほどの者でもない。私には信長ほどの器量も、力もない。


 正直、家臣たちに慕われていたという自負など、皆無である。なのに何故ここまで、皆、喜んでくれるのか。それは果たして、本意なのか、と思ってしまわぬでもない。


「玄以。そなたが生きておってくれたからこそ、今日がある」


そう声をかけると、玄以はようやく顔を上げ、濡れた目で私を見た。


「濃姫様が……ご無事であられたこと。それだけで、信長公も、信忠様も……お救いされたようなものにございます」


(それも違うよな……)


最近は、そんな思いも湧く。信長も信忠もうこの世のものではない。私が生きていることが、どんな救いになるの言うのか。誰の救いになるというのか。こうやって皆の者を回るほどに、私はただただ己の無力さを思い知るばかり。


奥へと通され、ひと息ついたところで、私は改めて頭を下げた。


「玄以。信忠の正室と、その御子ら、千代と竹丸。そなたが守り抜いてくれたこと、いかほど礼を尽くしても足りぬ」

「……滅相もない」


玄以は静かに首を振る。


「信忠様の御血を守ることは、信長公に仕えた者としての務め。されど、美弥様は表に出たくないと申されまして……どうした物かと思案いたしましたが、ご意向に沿うようにさせていただきました。人の目を欺き、所在を移し、名を伏せ……一歩誤れば、すべてが露見する綱渡りにございましたが、せめてでき得る限りのことをと、それのみを支えにして参り申した」


その言葉に、私は目を伏せる。見えぬところで流された時と労苦の重みが、静かに胸へ落ちてくる。玄以がふと、脇に控えていた蘭丸へと視線を向けた。


「そなたも、よくぞ濃姫様をお守りしてくれた」


蘭丸は一歩進み、小さく頷く。


「殿の命にてございます」

「そうか……信長公が……」


誰しもが、胸の内に同じ姿を思い浮かべたのであろう。言葉は自然と途絶え、静かな時が流れる。信長の影は、いまなお我らの上に濃く差しておる。やがて、私は口を開いた。


「して……美弥殿は、いかがしておる」

「奥座敷にて、お待ち申しております。御台様がご無事と知り、幾度も涙を流され、まるで夢ではないかと申されておりました」


案内され、さらに奥へと進む。人目を避けるよう設えられた座敷は、華やぎとは程遠く、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。障子越しに差し込む秋の光はやわらかく、庭の木々もゆるやかに色づき始めている。その静けさの中に、長く押し込められてきた時の重みが、ひそやかに沈んでいるように感じられた。


 蘭丸は廊下に控え、私はひとり、座敷へと足を踏み入れた。中には、ひとり静かに座していた女がいる。その女は、私の姿を認めるや否や、はっと息を呑み、勢いよく立ち上がった。


「……お義母上(ははうえ)様……!」


堪えていたものが一気に溢れ出たかのように、慌ててその場に膝をつき、声を震わせる。


「ご無事で……ご無事でおられたのですね……!」


私は歩み寄り、そっと美弥の肩に手を置いた。


「美弥……そなたも、よう生き抜いた。子らも……」

「はい。御子らも、この地におります。千代も竹丸も……今は寺の中で学び、静かに過ごしております」


涙を拭いながらも、美弥は気丈に微笑んだ。その姿には、母となった女の強さが、はっきりと滲んでいる。信忠、いや、信長の血は、確かにここにある。千代は七つ、竹丸は五つになる頃合いであろう。三法師より年嵩ではあるが、いずれもまだ幼い。守らねばならぬ命である。


 ひとしきり言葉を交わした後、美弥は静かに息を整え、私を真っすぐに見据えた。僅かな逡巡ののち、覚悟を定めたように口を開く。

お読みいただきありがとうございます。

リアクション・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ