堀秀政ー③:理と情の狭間――清須の余波
正統なる跡目ー秀吉の思惑
「殿と共に刃を振るい、あの場で果てると思うたか」
「あ……いえ……」
一瞬、言葉に詰まる。その躊躇に、秀政という男の律儀さが見える。
「私も出来ることなら、殿と共に散りたかったよ……」
座敷の空気が、わずかに沈む。
「なれど、こうして生きているのも、殿の御心であろう。そう思わねば、足が前へ出ぬ」
「御台様……ご無事であられたこと、これに勝る吉報はございませぬ」
震えを含んだ声であったが、そこに偽りはない。秀政は飾らぬ。ゆえに、言葉の重みがそのまま胸に届く。信長がこの男を重んじた理由が、改めてよく分かる。
「顔を上げよ、秀政。此度は、そなたの話を聞きに参った。信長様亡き後、秀吉や他の臣下らがどう動き、何を狙い、何を恐れておるのか。そして、そなた自身が何を思うておるのか」
秀政はゆるりと顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見据えた。その眼差しには、揺らぎと覚悟が同居している。
「私に分かることであれば、全て包み隠さずお話しいたします。この乱れた世がどこへ向かうのか、未だ定かではありませぬ。ですが……信長公に仕えた身として、見誤ることだけは避けねばなりませぬ」
その言葉は静かであるが、芯が通っていた。情に流されぬ。だが、情を知らぬわけでもない。秀政とは、そういう男である。
「では、聞かせよ。私は、この先の行く末を見届けねばならぬ身だ」
自らに言い聞かせるように、言葉を置く。生き延びた以上、ただ嘆くことは許されぬ。見て、知り、刻む。それが、残された者の務めであろう。秀政は姿勢を崩さぬまま、静かに口を開いた。
「……まずは、御台様にお伝えすべきことより。清須にて評定が開かれ、三法師様が織田家の後継と定められました。信長様の御血筋を継ぐ正嫡として、という形にございます」
「うむ……そのことは既に勝家より聞き及んでおる」
あくまで名目は正統。しかし、その裏に何があるかは見えている。
「実際には、秀吉殿の働きが大きく影響しております。諸将が迷う中、議の流れを整えたのは、他ならぬあの方にございます」
「抜かりない男よ」
私が低く呟くと、秀政はわずかに目を伏せた。
「信長公の急死により、家中は大きく揺れました。誰もが迷い、恐れ、殿を失った喪失に沈む中で……秀吉殿のみが、殆ど動じることなく、次の一手を見据えておられたのです」
その光景は、目に浮かぶようであった。あの男は、常に一歩先を読む。いや、読むというより、先を“作る”。蘭丸が、悔しさを噛み殺すように唇を引き結んだ。そして喉奥から声を絞り出す。
「……その場に……もし信忠様がおられたなら。多くの者が、道を見失わずに済んだものを……」
その言葉に、座敷の空気がわずかに揺れる。信忠。あの者が生きていれば、確かに流れは違っていたであろう。蘭丸にとっては主になり、私にとってもまた、次代を託すべき存在であった。秀吉とてそうそう簡単に、織田の後見などに収まれなかったであろう。
しかし、秀吉がいつまでも信忠の下におったかどうかは、危うい。信忠が上に立つは、まだ時期尚早であった感も拭えない。
秀政は蘭丸へ視線を向け、静かに首を振る。
「蘭丸。その言葉が誰より胸に刺さっておるのは、御台様と、そしてそなた自身であろう。だが、亡き者の影を追い続けても、前へは進めぬ」
声音は厳しい。だが突き放すものではない。情を知るがゆえに、敢えて断つ。その覚悟がにじんでいる。
「……」
蘭丸は答えぬ。ただ、拳を握りしめていた。私はひとつ、息を整える。過去を悼むことと、先を見ることは、同時に背負わねばならぬ。
「秀政よ」
静かに名を呼び、次の問いを投げる。
「秀政。秀吉は……天下を狙っておるのか」
問うまでもないことではあった。あの男がこの機を逃すはずがない。すでに手を打ち、布石を置いていることも見えている。それでもなお、他の者の目にどう映っているのか、それを確かめずにはいられなかった。秀政はわずかに間を置き、はっきりと頷いた。
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