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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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堀秀政ー②:揺らぐ人心と静なる眼――秀政との対面

蘭丸と秀政ー旧知の対面

「……お方様。時折、誰かに見られている気がしませんか」


蘭丸の低い声に、私は周囲へと目を走らせる。


「追手というより、噂が先に歩いておるのであろう。京で果てたはずの濃姫が北陸を彷徨っている……そのような話、広まらぬはずがない。どれほど口止めをしたとて、人の口に戸は立てられぬ」


これまで各地の城門を通り、やり取りを重ねてきた。主が口にせずとも、目にした者は少なくあるまい。


「誰もが半信半疑であろうが、それらしき者を見れば目が留まる。人とはそういうものよ」

「お方様は百姓姿に身をやつしておられても、隠しきれぬものがありますからな」


蘭丸は苦笑を漏らした。


「また、そのようなことを」


思わず呆れが口をつく。これでは変装の意味も薄い。


「私は、その噂に人の心が揺れることが……少しだけ、誇らしいのです」


蘭丸は真顔でそう言った。飾りのない言葉である。それが嘘でないことは、その目を見れば分かる。この男は時折、こうして素直な胸の内を隠さぬ。若さゆえかもしれぬが、信長が側に置いたのも、そうした気質ゆえであろう。


 やがて、越前と近江を結ぶ要衝の小城が視界に入った。堀秀政が逗留していると聞く城である。門前に漂う空気は、利家の居城とは明らかに異なっていた。荒々しさではない。研ぎ澄まされた静けさ。無駄な声も、無意味な動きも見えぬ。兵達の佇まいは整い、視線は鋭いが騒がぬ。その様は、主の気質がそのまま行き渡っているかのようであった。


 秀政は、武を誇る男ではない。だが軽んじれば、必ずや痛い目を見る類の者である。信長の傍らにあって、諸将との間を取り持ち、時に厳しく、時に柔らかく言葉を選び、争いを未然に抑えてきた。その働きは表には出にくいが、欠ければたちまち綻びが広がる。


 私はかつて、安土にてその手際を遠目に見たことがある。言葉は少なく、声も高くない。それでも場が収まる。あれは才というより、もはや技であった。蘭丸は一歩前に出る。その面差しは、久しく見ぬ若武者のそれに戻っていた。


「どなたの御用向きか」


門兵の声に、蘭丸はきっぱりと応じる。


「森蘭丸、参上つかまつった。堀秀政様に、お目通り願いたい」


兵は目を見開き、蘭丸を見つめた後、慌ただしく城内へと駆けていった。やがて案内され、座敷へ通される。畳はよく整えられ、塵ひとつ見当たらぬ。案内の兵は幾度か私へ視線を向けたが、素性までは見抜けておらぬ様子であった。


 静かに襖が開く。現れたのは、澄んだ気配をまとった若武者、堀秀政その人であった。


「蘭丸……まさか、本当に生きていたとは。して、そちらのお方は……」


その視線が私へ移った瞬間、秀政の瞳が大きく揺れた。


「……御台……様?」


息を呑む気配が、座敷の空気を震わせる。私はわずかに口元を緩めた。その呼び名を耳にするのは、久しくなかった。古くから仕える者たちは私を濃姫と呼ぶが、若い者にとっては、いささか距離の取りにくい名であろう。ゆえに「御台様」と呼ぶ。それが自然なのだ。


 尤も、私とて今さら「姫」などと呼ばれる(よわい)ではない。秀政は三十に届く頃であったはずだが、見た目はなお若く、精悍さの中に青さも残している。


 このような者に「姫」と呼ばれる方が、顔には出さぬが、僅かにくすぐったいものがある。だが、そのようなことは、今はどうでもよい。秀政が何を見、何を考えているのか。それを聞くために、ここへ来たのだから。


「久しいの、秀政。私が死んだとの噂があるようだが……この通り、まだ現世にしがみついておる」


秀政は即座に膝をつき、深々と頭を垂れた。動きに無駄がなく、その所作ひとつにも、常の鍛錬が滲む。


「まさか……本当に。信長公が討たれた後、御台様がご存命とは露ほども思わず……御気性を思えば……」


そこで言葉を切る。その先は、あえて言わぬのであろうが、察するに難くない。

お読みいただきありがとうございます。

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