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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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堀秀政ー①:静寂なる才――その心根

感じる気配ー見え隠れする武の者

 私は旅装を整え、加賀の地を後にした。南へと歩を進め、北陸道を越前へと下る。胸の内に、僅かな緊張と、言葉にし難い予感を抱きながら。


 道中、夏草の匂いと海風を含んだ湿り気のある風が、交互に肌を撫でてゆく。北陸の夏は思いのほか厳しく、照りつける日差しの下、街道脇の稲は青々と波打ち、田圃には白鷺が音もなく舞い降りていた。遠くには白山の稜線が霞の向こうに揺れ、陽炎に溶けるように輪郭を失っている。


 汗ばむ旅路ではあったが、不思議と足取りは鈍らぬ。生き延びた者の責めか、それとも、まだ果たすべき何かがあるゆえか。蘭丸がふと歩を緩め、私の横に並んだ。


「お方様。利家殿のもとを出られた今、近江へ向かわれるのであれば……ひとり、お会いしていただきたい方がおります」

「ほう。蘭丸がそのように申すとは珍しい。誰じゃ」

「堀秀政様にございます」

「秀政……。そなた、あの者と親しかったな」


蘭丸はわずかに頬を緩め、懐かしむように目を細めた。


「はい。秀政様は私より年長にて、若き頃より信長様の御前にて務めを重ねられました。何事にも動じぬお方で、そのお姿を間近で拝してまいりました。兄のように慕っておりましたし、あの方の判断と胆力は、この乱れた世にあってこそ頼りとなりましょう」


蘭丸がここまで強く人を推すのは珍しい。それだけ、堀秀政という男の器を、身に沁みて知っているのであろう。秀政は若くして信長に見出され、政務においても軍略においても隙がない。諸将の間に立ち、争いを鎮め、利を整えることに長けた、まこと稀有な才の持ち主であった。秀吉すら軽んじ得ぬ、“家中随一の調整役”――その名に偽りはない。


 かつて安土にて、些細な諍いが家中に波紋を広げた折、秀政は一言二言でそれを収めたことがあった。声を荒げるでもなく、理を積むでもなく、ただ人の心の流れを読み切ったように言葉を置く。その様を、私は離れた席より見ていたが、あれほど静かに場を制する者を、他に知らぬ。


「よい。蘭丸の推す相手ならば、会ってみよう。どこに逗留しておる」

「北陸道の宿城に入っておられると聞き及んでおります。おそらくは敦賀近辺かと」

「敦賀か」

「はい。加賀より数日の道程にございます。夏の行軍は骨が折れましょうが……お方様のご無事を知り、その身を案じておる者は少なくはないと思いまする。秀政殿に会われることは、今後のためにも肝要かと存じます」


私は静かに頷いた。利家、長秀、勝家――皆、信長の死を胸に抱えながら、それぞれの立つべき場所を探している。誰もが揺れている。その中にあって、秀政のように均衡を保つ者の言葉は、軽んじてはならぬ。


 信長は暴威をもって世を切り裂いた男であったが、同時に、誰もが否応なく仰ぐ主であり、王であった。その死は、あまりにも大きな空白を残している。


「秀政は……何を語るであろうな」

「きっと、誰よりも率直に、誠をもってお答えくださるでしょう」


蘭丸の声音は明るく、確かな信頼に満ちていた。その響きに、私の胸にも小さな光が差し込む。海沿いの風が次第に強まり、潮の香りが濃くなる。波の音はまだ遠いが、確かにこちらへと寄せている。この先に、堀秀政の陣がある。信長亡き後、なお静かなる眼で世を見据える若武者。何を知り、何を聞くことになるのか――.。


 街道には、敗残兵と思しき者どもがまばらに姿を見せていた。鎧はくすみ、槍は土に汚れ、その足取りには覇気がない。かつては一軍に属し、命じられるままに刃を振るっていたであろう者たちが、今は寄る辺もなく道を彷徨っている。彼らがこちらを振り返る視線には、疲労と怯え、そして測りかねる色が混じっていた。


 信長が進めば道が開けた。誰もが疑いもなくその背を追い、武威こそが世を動かしていた。だが今は違う。何を拠り所とすべきか、誰の旗下に入るべきか、誰もがそれを見失っている。

お読みいただきありがとうございます。

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