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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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前田利家ー⑪:夫婦とは――利家とまつ

信長に託された重い荷物

「姫様が生きておられると知れれば、世は再び大きく揺れましょう。されど、私は……姫様がどのような道を選ばれようとも、陰ながらお力になりとうございます」


まつのその言葉に、私は胸の奥で静かに頷いた。戦は男だけのものではない。家を守る女たちの胆力があってこそ、武士の世は成り立つ。まつという女を見ていると、それを改めて思い知らされる。あの乱世のただ中で、槍を振るう者と同じだけの覚悟を、座敷の内に抱えていた女がここにいる。利家が惚れ込むのも無理はない。


 私はしばし、まつの横顔を見つめた。もし信長が生きていたなら、この女の強さをどう評しただろうか。ふと、そんなことを思う自分がいる。


「まつ殿。そなたが思うほど、私は大したものではない。あの男は、手のひらで転がせるような相手ではなかった。まことに手の負えぬやんちゃ者であった」


私がそう言うと、まつは静かに首を振った。曇りのない瞳で、私の弱さをそっと押し返すように。


「それでも……濃姫様は信長様の隣に立ち続けられました。それだけで、すでに大きな御働きにございます。戦の世にあって、夫の心を支えることは、刀を振るうのと同じほど難しゅうございますゆえ」


そこに打算はない。武家の妻として生き、幾度も留守を守ってきた者の実感がある。まつは尾張荒子の出で、若き日の利家が浪々の身となった折も離れなかった。利家が信長公の勘気を蒙り、一時は城を逐われたとき、まつは実家に戻ることもできたはずだ。それでも夫に従った。米櫃の底をさらい、針仕事で日を繋いだと聞く。その女が言う「支える」という言葉は軽くない。


 まつの思いもよらぬ言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。だが、私と信長がどのような夫婦であったか、正しく知る者はいない。語るつもりもない。もし真実を明かせば、世が好む見目のよい夫婦像など、たちまち崩れるであろう。


 それでも私は胸を張って言える。契りの形がどうであれ、私たちは確かに夫婦であったと。信長もまた、同じ思いであったと信じている。とはいえ、それを確信したのは、皮肉にもあの本能寺の夜であったが。


「まつ殿は……よく見ている」

「いいえ。ただ、利家を支えるうちに身についただけにございます。夫を信じ、その背を守ることの重さを」


静かな声音が座敷に落ちる。利家は若い頃、槍働きで名を上げた。姉川でも先陣に立ち、血気に逸った。その一方で、信長公の叱責を受けることも多かった。短慮で出奔した折など、家中の笑いものとなりかねぬ愚行であった。その中で信長は見捨てなかった。裏切った者を様あ社なく切り捨てるところもあったのに、許される者もいた。


その基準がどこにあったのかは、私にも定かではない。きっと信長だけが肌で感じる、何かがあったのであろう。あれはきっと線上で生きる、信長独特の嗅覚。そしてまつは、利家のその浮き沈みの全てを全てを見てきた。


「……殿も、そなたのような妻を得ていれば、少しは生き急がずに済んだやもしれぬな」


思わず口をつく。利家はまつを残しては逝けぬと、心のどこかで知っているはずだ。まつもまた、利家がどこに出向こうとも、生きて戻ると疑わぬ。その結びは、刀では断てぬ。


 もし私が信長にとって、そのような錨であれたなら。そう考えぬでもない。しかし全く、あの男ときたら、妻に自分の首を預けるとは……どれほど重い荷物であるか。そこまで考えおったのであろうか。でも、あの夜、最期に私を見た信長は笑っておった。安堵と信頼の目。あの目が今の私を支えている。


まつは一瞬目を丸くし、それから柔らかく笑った。


「濃姫様こそ、信長様に相応しき御方にございます。それに、私には信長様は無理でございますわ。利家は案外単純な男にて、うまく掌で転がってくれておりまする」


くすりと笑うその顔に、私も思わず頬が緩む。

お読みいただきありがとうございます。

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