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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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184/202

前田利家ー⑩:前田邸の再会――利家の妻・まつ

美家の妻の有りよう

「それはそうと、我が細君にも姫様ご存命の由を知らせてもよろしいですかな。あれは日頃より姫様をいたく慕っておりましてな」

「まつ殿が、私を?」

「さようにございます」

「はて、私はまつ殿に何かしてやった覚えもない。安土に参った折も、軽く挨拶を交わしたほどであったが」

「織田の女子は皆、姫様に憧れと畏れを抱いておりまする。そりゃあ、もう震え上がらんばかりに」

「利家」

「おっと、これは口が過ぎましたな」


利家はそう言って、少年のようににこりと笑った。この男は昔から変わらぬ。槍を握れば鬼神のごとく勇ましいが、まつのこととなると頬が緩む。若き頃、信長から出仕を止められた折も、まつは黙して夫を支え続けたと聞く。利家が再び召し抱えられた陰には、あのまつの忍耐があった。


「私もまつ殿に会いたい。あの凛とした佇まいは今も覚えている。そなたのような男を骨抜きにする女子であるからな」

「こ、これは……一本取られましたな」


豪快に笑った利家は、私たちを奥の座敷へと案内した。


 庭に面した部屋は無駄のないしつらえでありながら、武家の家らしい緊張が漂う。手入れの行き届いた槍が壁際に整然と立てかけられ、具足櫃は蓋を閉じたままでもすぐに運び出せる位置に置かれている。戦支度と日常が同じ座敷に同居しているあたり、いかにも利家らしい。加賀百万石を治めるのはまだ先の話だが、すでに家中を束ねる器量は備わっていた。


 その張りつめた空気の中に、ひときわ柔らかな気配が差し込んだ。まつが静かに歩み出る。几帳面に衣を整え、深く頭を下げる所作に乱れはない。若い頃より幾度も転封と苦境を味わいながら、決して家を揺るがせなかった女の気骨が、その背筋に宿っている。


「濃姫様……まさか、このような折にお目にかかれるとは。お姿を拝することが叶うなど、夢のようにございます」


震えた声は怯えではない。長く胸に秘めていた思いが、今ようやく形を得たのだろう。


「顔を合わせたことは幾度かあったが……こうして言葉を交わすのは初めてに等しいな。利家の傍らで、きりりとした眼差しを向けていた姿をよう覚えておる」


まつははにかむように頬を染めた。


「恐れ入ります。あの折は……濃姫様があまりに見事で」

「見事、とは」

「はい。信長様を御すお姿を、皆、噂しておりました。“あの信長公をあれほど穏やかにさせるのは、濃姫様だけだ”と。私のみならず、他の家臣の妻たちも……姫様を憧れの的としておりました。強く、賢く、決して驕らぬ御方と」


私は小さく息を吐いた。買いかぶりもよいところだ。信長の気性を知る者ならば、誰か一人の手でどうにかなる男ではないと分かろう。信長は己の道を己で決める。諫めれば聞くこともあったが、それは理にかなうと判断したときだけだ。


 安土の大広間で諸将を前に叱責を飛ばす姿も、夜更けにふと静まり返り、碁盤を前に物思いに沈む姿も、どちらもあの人の真であった。私はただ、その傍らに立っていただけだ。


 だが、武家の妻とは不思議なものだ。夫の武功と失策、そのどちらにも影を落とし、時に“家の象徴”として語られる。まつもまたそうであろう。利家が槍を振るう背後で、家中をまとめ、子らを育て、家の灯を絶やさぬよう守ってきたのはこの女だ。


「まつ殿、そなたは強い女だな」


思わず口にすると、まつは驚いたように目を上げた。


「そのようなことは……私はただ、夫に従い、家を守るのみでございます」

「それが難しいのだ。利家は真っ直ぐすぎる。戦場ではそれが武器となるが、乱世では時に刃にもなる。そなたが支えておらねば、今の利家はあるまい」


利家は気まずそうに咳払いをした。


「姫様、あまり内のことを暴かれますな」


その様子に、座敷の空気が僅かに和らぐ。まつは改めて私を見つめた。その瞳の奥には、ただの憧れではなく、覚悟が宿っている。

お読みいただきありがとうございます。

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