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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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182/201

前田利家ー⑧:秀吉の影――揺れる忠義と天下の行方

信長の描いた世ー秀吉の欲

「はい。あの清洲にての評定。信長公の御遺児の扱い、家督の沙汰。いずれも秀吉は一歩先を読んで動いているように見える」


利家の瞳に、怒りとも憎しみとも違う、暗い翳りがよぎった。


「信長様の御死を悼むより、次の座を見据えている。わしには、そう映りました」


私は静かに目を閉じた。長秀もまた、ほぼ同じことを口にしていた。二人が同じ違和感を抱いたということは、それが単なる思い過ごしではなく、その場に漂っていた紛れもない空気であったのだろう。


 されど、それがただちに謀反や裏切りを意味するとは限らぬ。主亡き後、次の秩序を定めるのは乱世の習い。誰より早く動いた者が、天下を掴む。備えを怠らぬことは、武士として責められることではない。私は利家の続きを待った。


「わしは秀吉の才も努力も、誰より知っております。墨俣の一夜城も、播磨での立て直しも、並の器では成せぬこと。だが……」


利家は静かに、しかし深く拳を握りしめた。かつて若き日、織田家中で“かぶき者”と呼ばれ、信長に叱責されながらも許され、再び召し抱えられた男である。その利家が、これほど言葉を選ぶのは珍しい。


「……あ奴は己の欲を隠さぬ。故にこそ、怖いのです」


その声音には震えがあった。豪胆と称された男が震えるとき、それは臆病ゆえではない。忠義と現実との間に立ち、いずれを選ぶか迫られた者の痛みだ。


「わしは信長公に拾われた身。裏切りを最も憎むお方のもとで生きてきた。もし……もしも秀吉が己の立身出世のために信長公を利用しておったのだとしたら、わしは……」


言葉はそこで途切れた。利家は秀吉を斬りたいのではない。ただ、信長に殉ずる道と、生き残る道とが必ずしも同じではないと悟り始めている。その狭間で、己の立つ場所を見失いかけているのだ。私は問いを投げた。


「利家。そなたは……秀吉を黒幕と思うか」


この問いを、私は幾度胸の内で繰り返したことか。秀吉を断罪するためではない。目の前の者が、どこまで見通しているのかを知るために。利家は苦悩を湛えた瞳で、ゆっくりと首を振った。


「分かりませぬ。だが、“知っていた可能性”は、どうしても捨てきれませぬ。……何もかもが余りにもあまりに出来すぎておる、そう思わずにはおれませぬ」

「そうじゃの……」

「なれど、秀吉の策にしては見えすぎている。そこがどうにも……」


利家の言葉に私はハッとした。


(ああ……そうか、そういう事であったか……)


私も秀吉の動きに疑問持っていながらも、確信持てずにいたのはそこだったのだと思った。誰もが怪しむほどの行動の速さ、秀吉にしてはあからさますぎる、という事だ。私は改めて、利家を見据える。


「では、勝家はどう見る」

「勝家殿は筋を重んじる御方。信長公の御嫡流を立てることを第一とお考えでござろう。秀吉の勢いを、快くは思うておらぬはず」


それは勝家と会ったときに私も感じた。


「北陸三人衆の結びは、今も堅いか?成政は」

「成政もまた、秀吉を警戒しておる。勝家殿に近い立場ゆえ、なおさら……成政は勝家に殉じる覚悟でござろう。拙者もまた恩は忘れぬ。だが……」


利家の目が鋭くなる。北陸三人衆――柴田勝家のもとで越前・加賀・能登を支えた、利家、佐々成政、不破光治を指す。かつては同じ陣幕に座し、同じ雪を踏んだ。成政は、剛毅で知られ、律を重んじ、苛烈なまでに主家への忠を貫く男。雪中の陣でも微動だにせず、兵を厳しく統べる。その姿は、炎のごとき利家とは対照的であった。言葉が途切れる。私は静かに頷く。


「利家殿。そなたはどうする」


しばしの沈黙。利家は即答せぬ。


「……わしは信長公が築かれた形を守りたい。誰が上に立とうと、それが織田の家を裂くものであれば従えぬ。だが、いたずらに刃を交えるも望まぬ」

お読みいただきありがとうございます。

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