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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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前田利家-⑦:利家の思い――真実を問う声

疑惑ー見えぬ真実

「……濃姫様……!?死なれたものと……皆、本能寺で炎に呑まれたと……!」


蘭丸も一歩前に進んで軽く頭を下げる。利家の視線は私と蘭丸を交互に揺れながら行き来し、現実とは思えぬものを見たように震えていた。


「そなたは……まさか蘭丸か?それでは(まこと)に濃姫様……生きておいでで……。いや、これは夢か。日頃の疲れのせいで白日夢でも見ておるのか」

「そなたは立ったまま寝るのか?」

「ま、真に……何としたことか、それだけで世がひっくり返る知らせにござる……!」


声は低く、震えていた。信長が健在であった頃、利家が私を「姫様」と畏れ混じりに呼んだ、あの声音。それが遥かな時を越えて蘇ったのだ。利家は深く頭を垂れたまま固まっていた。その背中はわずかに震え、武将としての冷静さと、旧主家を失った悲しみ、そして“甦った事実への畏れ”が入り交じったものだった。私は座に進み、利家に向き直る。


「顔を上げよ。そなたが私を畏れる道理はない」


私が告げると、利家はなおも膝をついたまま首を振った。


「畏れますとも。信長公の正室、その御方がいま目の前に立っておられる。胸が平らかであるはずがございませぬ」


やがて顔を上げた利家の目には、懐かしさと驚愕、そして言葉にせぬ敬意が入り混じっていた。蘭丸が一歩進み出る。


「利家殿。お方様は急ぎ、話したきことがあって参られたのです」


利家は蘭丸を見据える。


「蘭丸……そなたも無事であったとは。信長公の御前で見せた忠義、再び目にできるとは思わなんだ」


蘭丸は静かに一礼する。本能寺で散ったと世に伝わる者が、こうして生きて立つ。その事実が、利家の心をさらに揺らしている。私は二人の視線が交わるのを見届け、口を開く。


「殿がいなくなった今、私に政を動かす力はない。世はすでに動き始めている。そなたも感じておろう」


利家は唇を噛む。本能寺から二月(ふたつき)。明智光秀は山崎で討たれ、京はひとまず静まった。だが織田家中の動揺は収まらぬ。清洲では後継を巡る評定が開かれ、重臣たちが思惑を巡らせている。どの陣営も、まだ腹の内を明かしきってはいない。


「私は真実が知りたい。そして、できることならば無用な争いが起きぬようにしたいと願う」


私の言葉に、利家は目を伏せた。


「利家殿。本能寺以来の流れを、そなたはどう見ている。長秀からも話は聞いた。だが、そなたの胸の内が知りたい」


利家がわずかに息を呑む。その逡巡は誠実ゆえだ。


「姫様……胸に、言葉にしがたい思いがございます。ですが……」


言葉を切り、私を真っ直ぐに見つめる。


「今のわしは、確たる証を持ちませぬ。ただ、思いとして語ることならば……それでも、お聞きになりますか」


私は頷く。


「覚悟して来た。そなたの思いを、余さず聞こう」


利家は深く息を吸い、押し出すように答えた。


「……承知仕った」


長い沈黙ののち、声を低める。


「まず申し上げます。わしは秀吉を憎んでも嫌っておるわけでもござらぬ。あの男の才覚は疑いませぬ。中国攻めにおいても、備中高松城を水攻めにし、毛利と対峙しながら戦を有利に運んでおりました」


それは事実だ。元より策を弄するのが得意な男だ。


「だが……光秀討伐にあたり、誰もが疑惑をもっております。あまりに早く軍を返したことを。世は“中国大返し”と称え、奇跡と讃えております。されど、わしには整いすぎた奇跡に見えるのです」


蘭丸が息を呑む。


「整いすぎた、とな」

「毛利との和睦、兵のまとめ、道中の兵糧。いずれも滞りなく進んだ。まるで何かを待っていたかのように“信長公の御最期と光秀の動き、そして自ら取るべき道”を、最初から読んでいたかのように、見えてしまいます」


座敷の空気が重く沈む。それは風でも気のせいでもない。利家の胸に重く巣くっていた疑念が、言葉となった気配であった。

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