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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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前田利家ー⑥:門前の対峙――隠しきれぬ気配

久方ぶりの再会

「前田利家殿に、急ぎ申し上げたい儀がある」


兵の眉が動く。農婦の声音ではないと悟った顔だ。


「名を……お聞きしてよろしいか」


私は静かに首を振る。


「名は、利家の前にて」


その一言で、兵たちの間にさざ波が走る。追い返すべきか、通すべきか。門を守る役目は重い。軽々に判断はできぬ。やがて屋敷の奥から足音が近づき、年嵩の侍が現れた。鎧は着けぬが、腰の太刀の下げ方に隙がない。門番より格が上と見える。


「そなたら……ただの旅人ではあるまい。ふむ、その目……そしてその立ち姿」


視線が蘭丸へ移る。粗衣に包まれてなお、隙のない構え。侍の喉がわずかに鳴る。


「若いが、只者ではないな。どこかで見た覚えが……」


私は内心で息を整える。蘭丸は信長の小姓として諸将の前に出入りしていた。顔を覚えている者がいても不思議ではない。次に侍は私を見据えた。


「申せ。主に取り次ぐに足る理由があるのか」


私は一歩進み、静かに言う。


「信長に連なる者、とだけ伝えよ。それで足りる」


空気が凍る。兵の握る槍がわずかに軋む音を立てる。信長の名は今、軽々に口にできぬ。あの夜以後、誰もが様子を窺っている。忠を示すにも、疑われるにも、危うい名だ。侍の目が鋭く細まる。


「……信長様に連なる、と」


その声音には試す響きがあった。虚言ならば即座に斬る覚悟がある目だ。私は動じぬ。若き日の利家がまた、思い出される。信長に叱責され、家中の面前で膝を折った日のこと。あのとき利家は顔を上げず、ただ耐えた。だが目だけは燃えていた。屈辱を呑み込み、なお前へ出ようとする目であった。


 利家は激情の男だ。だが裏で糸を引く策士ではない。かつて柴田勝家の麾下で北陸を転戦した折も、雪中で兵を叱咤し、自ら先頭に立ったと聞く。勝家の義に従い、地を守るために刃を振るった。その男が、陰で信長を陥れる策を弄したとは、どうしても思い難い。


 だが乱世は人を変える。信長亡き後、誰がどの旗に集うかで生死が分かれる。利家は勝家に恩があり、秀吉にも目をかけられている。板挟みの中で、沈黙を選ぶこともある。侍はしばし考え、やがて決断したように頷いた。


「……よい。主に伝える。軽々しく扱えば後が恐ろしい気配だ。こちらへ」


門が軋みを立てて開く。黒塀の内に足を踏み入れた瞬間、胸の奥に静かな波紋が広がる。砂利を踏む音がやけに大きい。庭は広く、質実でありながらどこか派手さを残す造りだ。若き日の傾奇の気質が、いまだどこかに息づいている。


 利家が私を見てどのような顔をするか。驚愕か、警戒か、それとも――かつての主君の正室を前にした、あの不器用な沈黙か。いずれにせよ、目を逸らすことはできぬ。ここから先は、言葉よりも眼が真を語る。


 屋敷の内には香が焚かれ、戦場の匂いを遠ざける静けさが満ちていた。飾りは過ぎぬが、どこか華やぐ気配が残る。若き日に傾奇を気取り、槍一本で名を上げた男の名残だ。いかにも利家らしい。襖の前で案内の侍が膝を折り、やがて静かに開かれる。現れたのは緋の直垂をまとった前田利家。肩にわずかな疲労を滲ませながらも、立ち姿は揺るがぬ。


「……何者だ。この折に百姓の取次ぎは控えておる」


私は頭を垂れ、声を落とす。


「利家殿。久しくお会い申さぬ」


その声音に、利家の眉がぴくりと跳ねた。一歩、また一歩と近づき、私の目を覗き込む。


「……ん?その申しかた……どこかで……」


彼は怪訝な顔のまま一歩近づき、私の顔を凝視した。旅塵に覆われていようとも、何かを感じ取ったらしい。視線に、戸惑いが混じり始める。


「お主……その眼……武家の女の眼だな。しかも、低い身分の者では……」


言いかけた利家の呼吸が止まった。私は頭巾をそっと外し、静かに微笑み、ゆっくりと歩み寄った。


「久しいのう、利家殿。こうして対面するのは、尾張の頃以来であろう」


その一言に、利家の目が大きく見開かれ、顔から血の気がみるみる引いていった。彼はその場に膝をつき、震える声を漏らす。

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