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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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前田利家ー④:勝家の忠――利家の義

近づく加賀への道

「その所作では隠せませぬ。箸の取り方、膝の折り方、視線の置きどころ。身に染みたものは消えませぬ」


農婦は若い頃に武家屋敷へ奉公していたという。奥向きで覚えた目が、私の気配を見抜いたのだ。


「何かご事情がおありなのでしょう。私どもは……何も見ておりませぬ」


私は深く一礼した。余計を問わぬ強さは、乱世を生きる知恵だ。


 囲炉裏の火を見つめながら、利家のことが浮かぶ。あの男もまた、気配を隠せぬ質であった。若き日の利家は血気に逸り、己の槍働きを誇った。ある折、同輩と刃を交えかけ、騒ぎとなったことがある。相手は織田家中でも理詰めで知られた 村井貞勝であった。


 些細な諍いが火種となり、互いに譲らず、庭先で柄に手を掛けたと聞く。事は殿の耳に入り、利家は激しく叱責された。信長は公然と面罵し、家中の前で恥をかかせたという。だが利家は膝を折り、ただ黙して叱りを受けた。歯を食いしばり、唇を噛み、言い訳ひとつせず。あのとき殿は言った。己の怒りを制せぬ者に、兵は預けられぬ、と。


 利家は短気である。だが策を巡らせ、陰で糸を引く性質(たち)ではない。激情はあるが、裏を掻く器用さはない。そこがあの男の弱さであり、また強さでもあった。


 やがて利家は戦場で武功を重ね、再び重きを得る。北陸へ赴き、柴田勝家の与力として雪深い越前を転戦した。越前一向一揆の鎮圧は苛烈を極め、雪中の行軍は兵の足を奪い、飢えと寒さが命を削ったと聞く。勝家は剛直で、義を重んじ、退くことを知らぬ男。利家はその下で耐え、学んだ。


 勝家の陣は質実で、兵は粗食に甘んじた。利家は豪放に見えて、よく耐えた。北陸の冬を越えた者の目は、どこか静かである。あの荒々しい若武者が、雪と血の中で削られ、別の色を帯びたのは確かだ。

今、殿は亡い。あの変の夜、炎がすべてを焼いた。


 勝家は義を掲げるであろう。秀吉は機を制するであろう。その狭間に立たされた利家は、いずこへ向くのか。


 老夫がぽつりと語る。かつて織田の軍勢がこの辺りを通った折、兵の規律は正しかった、と。乱取りもなく、畑を荒らさなかったという。信長は軍律に厳しかった。違えた者は容赦なく罰した。天下を狙う者の軍であると、常に示していた。利家もまた、その軍の一将であった。激情に駆られながらも、殿の前では膝を折り、叱責を受け入れた男だ。


 翌朝、まだ薄暗い刻に家を辞す。山道を抜ける頃、空は群青から淡紫へと移ろう。私は歩みを止め、空を仰ぐ。


「利家よ。若き日のそなたは、怒りを抑えられぬ男であった。だが、雪を越え、義の下に立った。今もなお、殿の影を背負っておるか」


 声に出すと、胸のざわめきが少し静まる。利家が黒幕とは思い難い。だが、乱世は人を変える。激情の男が、沈黙を選ぶこともある。光か影か。忠か、己の生き残りか。私は歩を進める。蘭丸が黙して従う。利家の真を量る日が近づいている。そのとき、私はあの若き日の目を思い出すであろう。怒りを宿しながらも、主の前で膝を折った、あの不器用な目を。


 風は次第に冷たさを増し、稲葉山の頃とは明らかに異なる戦の後の気が満ちていた。世の者たちは「世が変わった」と囁き合うが、混乱はまだ地の底に沈み切ってはおらぬ。道沿いには武装した兵が物々しく往来し、村人は視線を伏せて日々の営みに戻る。誰もが様子を窺い、次に吹く風を待っている。


 霧雨を受けつつ平野道へ出て三日、ようやく北陸道の要と呼ばれる広道に至る。越前の山中とは別世界のごとく人の出入りが激しく、商人の荷駄が絶え間なく行き交う。馬の蹄が土を打ち、乾いた音が重なる。眼下には北辺の村々が連なり、その向こうに加賀の山影が淡く横たわる。

お読みいただきありがとうございます。

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