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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀ー⑩:天下泰平――信長が望んだ世よは…

残された忠義ー託された行方

「そなたは……秀吉が黒幕だと考えておるか」


私の問いに、長秀はまっすぐこちらを見据え、静かに首を振る。


「まだ、そう断じるつもりはございませぬ。ただ――」

「ただ?」

「“黒幕が秀吉であったとしても、それを秀吉は必ず隠し通す”でしょう。あの男は、敵よりも味方よりも、自らの欲を裏切らぬ。信長様の仇を討った。その事実こそが、秀吉にとって最大の盾であり、大義。その大義名分を、決して手放しませぬ」


長秀ほどの男が、ここまで言葉を選びながら語る違和感。それは単なる疑念ではない。積み重なった出来事の線が、一本の影を浮かび上がらせている。だが、私の中に徐々に浮かび上がる違和感。


「もしやもすると、光秀も秀吉も誰かの手の上で踊らされておるのかもしれぬのう」


私の言葉に長秀はピクッと眉尻を寄せて顔を上げる。


「誰かと申しますると?」

「さて、それは分からぬが、その者はどうあっても秀吉を担ぎ上げたいのかも……」


と、口にしてみたもの、果たしてそんな人物がいるかどうか。そこまで秀吉に真髄している者がいるとも思えぬ。そう思ったときに、誰かの影がふと頭に浮かんだ。


(ん?)


「お方様?」

「あ……いや、何でもない」


今のは何であったのか。何か大事な人物を忘れてる、そんな気がする。家康か?いや……。


「家康は、動くと思うか」

「いえ、あの者は慎重だ。好機を待つ。今はまだ、身を低くしておるでしょう」

「では……あの者が黒幕という線は」

「ないとは申せませぬ。ただ、家康が信長様に刃を向けるとは考えにくい。そこまで短慮ではない。しかし……天下を狙っておる。それは確かでございましょうな」


私は静かに息を整え、長秀を見た。


「長秀。そなたは、私がこの真相を追うことを、危ういと考えるか」

「はい。危うい」


長秀は迷いなく答えた。


「秀吉は今、最も力を伸ばしておる。そして“お方様が生きている”と知れれば、その存在そのものが脅威となる。信長の御台様であり、織田の権威の象徴。その名は、秀吉にとって最大の障壁となりましょう」

「秀吉、或いは秀吉を担ぎたい者からしたら邪魔者であろうな」


私の言葉に蘭丸の頬が微かに動く。私の背筋には、冷たいものが走った。だが同時に、胸の奥で、確かな熱が灯るのを感じた。


「ならばなおさら、見過ごすわけにはいかぬ。殿の遺した天下を、私利私欲で塗り替えられてはならぬ」


長秀は深く頷いたが、その眼差しはどこか迷っているように見える。さもあらん、長秀は今の私と違って背負うべきものが多くある。


「ただ……御身は御身と、この家の者たちを守ることを最優先なされよ。そなたが信義を守るなら、それでよい。たとえ秀吉についたとしても、私はそなたの忠を疑わぬ。もう……殿は、この世のどこにもおらぬのだから……」


私の言葉に、長秀は深く項垂れた。握りしめた拳がかすかに震え、歯を食いしばって涙を堪えているのが、痛いほど伝わってくる。座敷の空気がわずかに緩み、障子の隙間から涼やかな風がゆるやかに吹き込んだ。


「天下統一は、目の前でございました……。誰かが裏で策を弄していたとしても、実際に刃を振るったのが光秀であるという事実は、覆りませぬ」

「そうじゃの……」


それは、これ以上波風を立てるべきではない、という意味なのだろうか。すでに仇は討たれた。新たな世の流れは動き始めており、私が表に出れば、また乱世へ引き戻される。長秀はそう言いたいのかもしれぬ。彼の胸中を思えば、その判断もまた武士としての誠なのだと、理解はできた。


「光秀が、あのような余計なことをせねば……ほどなく信長様が天下を治める世が訪れたはず。それを思うと、今も口惜しゅうございます」


天下泰平――信長が治めれば、本当にそのような世が来たのか。あれほど戦を好み、壊し、試すことを厭わぬ男が、穏やかな世を良しとしたかどうか。


 それは、今となっては誰にも分からぬ。ただ、目の前の長秀は、信長が頂点に立てば、力であれ理であれ、全てを抑え込めると信じていたのだろう。人を殆ど信用せなんだ信長が、長秀のことを「こやつは使える。頭が切れる。裏切らぬ」と、折に触れて口にしていた。その言葉を思い出し、胸の奥が僅かに疼いた。

お読みいただきありがとうございます。

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