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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀ー⑨:速すぎた戦――糸を引く者の影

秀吉の野心-忠義の果てには…

「確かに野心はありました。それは誰よりも強く。しかし秀吉は、信長様を神のごとく崇め、畏れ敬っておった。その死を望むような男ではなかったと、わしは見ております」

「さよう、か……」


長秀の瞳が暗く光り、真っ直ぐに私を射抜いた。


「ただし、本能寺の変は、光秀一人の企てではありませぬ。“誰か”が背後で糸を引き、光秀を動かした。その疑いだけは、どうしても拭えぬのです」

「……“誰か”とは、誰だ」

「断言はできませぬ。されど、最も得をしたのは紛れもなく秀吉。その一点が、どうにも重うございます」


胸の奥に、冷たい霧が流れ込むようであった。秀吉は信長に忠義を尽くした男。それは事実であろう。信長なくして、今の秀吉は存在せぬ。それもまた、動かぬ事実だ。だが、それでもなお、割り切れぬ違和感が残る。沈黙が座敷に落ちた。重く、深く、底の知れぬ静寂。


「お方様。もし……信長様が生前すでに“誰か”に狙われていたとすれば、わしは……“真の敵”は、いまだ表に出ておらぬように思えてなりませぬ」


喉の奥がわずかに震えた。信長が狙われていた。それ自体は不思議でも何でもない。戦国の世、大名の周囲は敵ばかりだ。常に命は狙われておる。だが、その“誰か”が、信頼の内にあった者であったとしたなら……。否、そもそも信長は、誰かを心の底から信じていたのだろうか。この私でさえも。長秀はゆっくりと私を見据え、さらに重い口を開こうとした。


「そして、清須会議です」


長秀の声音が、さらに一段低く沈んだ。


「秀吉は、織田家の後継を“信忠様の遺児・三法師”と定めるため、あらゆる者へ働きかけておりました。もちろん、私のもとにも参りました。それ自体は誤りではありませぬ。三法師は信長様の直系、誰が見ても正統。されど……」


長秀は言葉を切り、ひと呼吸おいてから続けた。


「そこで勝家と対立したのだな」

「いえ。表立った争いは、あくまで領地配分や後見の在り方。真にわしが引っかかったのは……“秀吉自身が三法師の後見として権勢を握ることを、最初から見据えていた”点にございます」


長秀は背を正し、畳に置いた拳を静かに握った。


「本能寺の変ののち、秀吉は“信長の嫡流を守る”という大義を掲げ、誰よりも早く動きました。その速さ、その周到さは、乱世において賞賛されるべきもの。されど……あまりにも整いすぎておる。まるで、この日が来ることを、どこかで予期していたかのように」


座敷の空気が、重く沈んだ。障子の向こうで風が鳴り、その音が、言葉にできぬ不安を掻き立てる。


「秀吉の心根と行動が合ってあらぬ、と申すのか?」


長秀はゆっくりと頷く。秀吉は信長の死は望んでいなかった。しかし、その動きはまるで待っていたかのような素早さ、そこに長秀は矛盾を覚えておるのであろう。確かに、私もそこは引っかかる。


「――長秀。そなたは、秀吉がこの先どう動くと見ておる。此度のことが秀吉の策でなかったとしても、三法師が成人するまで、ただ後見として静かに控えると思うか。三法師を主君と立て、織田を担ぐ覚悟があると思うか」


問いを投げると、長秀はすぐには答えなかった。秀吉は信長を慕っておった。だが織田家に対しての忠義がそれほどあるのか、となるとそれは何とも脆いもののよう感じられる。織田家そのものに忠義を尽くす勝家とは、根本から違うということだ。長い沈黙ののち、ようやく口を開く。


「それは……何とも申せませぬ。ただ、秀吉は……信長様ほどの器量は持ちませぬ。されど“野心”だけは同じ。いや、時として、それ以上かもしれませぬ」


その言葉に、蘭丸が小さく息を呑んだ。

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