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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀ー⑥:生存の証――丹羽の前にて

動かぬ証ー形見の品

「――よい。下がれ」


低く、しかしよく通る声が場を裂いた。全ての動きが止まる。奥から歩み出てきたのは、丹羽長秀本人であった。


 痩身ながら無駄のない体つき、鋭く澄んだ眼差し。戦場よりも政を知る武将の静けさが、その佇まいに滲んでいる。長秀は私を頭の先から足元まで、何度も確かめるように見据えた。先程までのやり取りも、全て聞いておったのであろう。


「……そのお方が生きているはずはない。本能寺の炎は、忍びが確かめている。遺骸の特徴も報告を受けた」

「遺骸は女というだけであろう。女の死骸など一つや二つではあるまい。焼け焦げた骸のどこに、私と判別できるものがあった」

「……確かに」


長秀の眉が、わずかに動いた。私は頭巾を外し、風に晒された髪をそのままに、息を整える。蘭丸が黙って隣に並んだ。


「丹羽長秀。我の顔を忘れたか」


その瞬間、長秀の目が鋭さを増した。


「……まさか」


その声には、疑念と、そして消しきれぬ記憶が混じっていた。長秀は息を呑んだ。傍目からも動揺しているのが見て取れる。日頃冷静な男であるからか、その様子に周囲の兵たちの中からも、ざわめきが波のように広がる。


「……まさか……本当に、そなた……いや、そのあなた様は……」


言葉を失ったまま歩み寄り、長秀は思わず膝を折る勢いで頭を下げた。


「生きておられたのか……!本能寺の焼け跡を見たあと、どれほど、どれほど悔やんだことか……!」


その声は震えていた。武辺者としてではなく、信長に仕えた一人の家臣としての感情が、抑えきれずに溢れている。蘭丸もその場で深く頭を垂れた。私はそれを制しもせず、静かに言葉を置いた。


「何の因果か生き残ってしまってのう……。ここまで来たら事の真を見定めるまでは、生き永らえねばと思うておる」


長秀は顔を上げた。その眼差しにはもはや疑念はなく、ただ驚愕と敬意、そして胸に抱えているであろう悔恨が入り混じっている。


「……まずは奥へ。そのご様子からするに、まだ表に出るべきではないと思われているのでしょう」


門番たちは状況を呑み込めぬまま、長秀に倣ってひれ伏した。我らはそのまま城内へ迎え入れられる。閉ざされていた闇の奥へ続く扉が、ようやく一つ開いた思いがした。


 案内された座敷は質素ながらも隅々まで清められ、主の性格が如実に表れていた。畳の匂いがかすかに鼻をくすぐり、障子越しに差し込む夕の光が淡い金色に光り、室内を染める。長い旅路で張り詰めていた心が、ほんの僅かに緩むのを覚えた。


 長秀は座敷の奥で正座し、深く膝をついて待っていた。その姿は武将というより、信長に忠を尽くした家臣としての「礼」そのものである。思えば長秀ほど信長に一貫して仕えた者は少ない。


 信勝との家督争いの折、勝家が信勝側に与したときも、長秀は揺るがず信長の側に立った。信長こそが生涯仕えるに足る主君であると、疑いなく信じていた男だ。


 長秀は二歩ほど離れた場所で私を見上げ、幻を見るように私を見つめ続けた。息を呑み、確かめ、なおも疑いを拭い切れぬまま、再び膝をつく。


「失礼ながら、手改めをお願い申す。どうかお許し下され」

「構わぬ。命あっての対面ゆえな」


その用心深さこそが、この乱世を生き抜いてきた証であろう。顔立ちだけで信じるほど、長秀は甘くない。私に似せた女を使い、間者を差し向ける者がいても不思議ではないのだから。


 蘭丸が進み出て、小袖の縫い目に隠していた文、信長直筆の小さき形見を、丁寧に差し出した。長秀は両の手でそれを慎重に受け取り、震える指先で視線を落とす。

お読みいただきありがとうございます。

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