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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀ー④:香煙の夜――忠義の火

丹羽長秀の居城ー警戒する門兵

「お方様、下がってください。ここは私が」

「無理をするなと申したであろう」


そう言いながらも、蘭丸の剣の腕を疑ってはいない。信長は、森家の者は筋が良いと、折に触れて口にしていた。特に蘭丸は織田家に来たときより、殿の相手を務めたこともある。その剣筋は確かだ。とはいえ、守られてばかりでは、私の気が済まぬ。


 私は足を滑らせた振りをして体勢を崩し、路肩の石を拾い上げる。最初に踏み出してきた賊の腕を狙い、躊躇なく投げつけた。石は鋭く回転し、男の手首を打ち抜く。同時に、懐から抜いた小刀で斜めに切りつける。闇を裂く悲鳴が上がった。


「お方様……見事……!」

「舐められたままではおられぬからな」


蘭丸も一歩踏み込み、二人の男の懐へ躍り込む。剣筋は鋭く、迷いがない。森家の武芸は伊達ではないと、改めて思い知る。だが、数が多い。地形も悪い。この場で無益に刃を交え、傷を負うのは愚策だ。私は息を整えながら、次の一手を探った。


 私は懐から香入りの小瓶を取り出した。信長より預かりし、非常の折の護身の香である。強き匂いが目と喉を刺し、ほんの数瞬であろうと敵の動きを鈍らせるためのものだ。蓋を外し、風上を測ってから投げ放つ。


「うわっ、何だこれは!」


霧に溶けるように香が広がり、賊たちは一斉に咳き込み、目を押さえて呻いた。その隙を逃さず、蘭丸が踏み込む。刃を振りかざし、次々と倒す。道を開くための太刀筋であった。二人、三人と男たちが地に伏せ、ついに一人が恐れをなして転ぶようにして闇へ逃げていく。


「胡蝶様、追いますか」

「追う必要はない。誰かが差し向けた刺客であるならば、追ってももうその辺にはいない。だがあの無様な様子からするとそれとは違うであろう。主を持たぬ、食い逸れた武士か。いや、もはや武士とは言えぬな。いずれ己の身で学ぶであろう。世とは、弱き者が喰われる場であるとな」


蘭丸は頷きながらも、私の手元に視線を落とした。


「……お方様。指先に血が」

「私の血ではない」


そう答えると、蘭丸はすぐに手拭いを差し出した。


「あのような輩の血をつけたままでは、お方様の指が汚れてしまいます」


その言葉に、私は思わず苦く笑い、手拭いで指を拭った。その夜は川べりの大岩の陰に身を潜め、火を小さく焚いて休むことにした。炎に照らされた蘭丸の横顔はまだ若く、しかしその瞳には、すでに修羅を見た者の影が宿っている。


「お方様」

「何だ」

「本能寺の真相を掴むまで、私は何があってもお方様から離れません」

「好きにせよ」


そっけなく答えながらも、その忠義が胸に刺さり、私は炎から目を逸らした。


「ただし、命を捨てることを忠義と思うな。殿も、私も、それは望まぬ」


蘭丸は小さく頷き、火の粉が闇へ舞い上がる方へと視線を送る。その火の粉は星と紛れ、やがて見えなくなる。


 翌朝、山道を越えると視界が開け、谷の向こうに越前大野の城が姿を現した。丹羽長秀の居城。戦の影が濃い越前にあって、あれほど整った城郭を保っているのは、丹羽長秀の気質ゆえであろう。大野の城下に足を踏み入れたとき、胸の奥に重い緊張が生まれた。


 信長に仕え、実務と統治を何より重んじた男。派手さはなくとも、城はその主の性をよく映していた。城門近くには兵が並び、旅人を厳しく検めている。門兵たちは私たちに警戒の目を向けた。


「どうされます。お通し願えるでしょうか」


蘭丸が小声で言う。粗布の小袖に草鞋、頭巾まで被ったこの姿では、怪しまれて当然である。だが、立ち止まっても道は開けぬ。

お読みいただきありがとうございます。

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