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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀ー③:闇に潜む刃――旅路の試練

牙をむく獣ー無頼の輩

「お方様……ここからは迂回を」

「うむ。秀吉の手勢であろうと、野伏りであろうと、ここで事を起こせば道が途絶える。まずは長秀のもとへ着かねばならぬ」


僧に礼を述べ、私達は獣道のような細道を選んで進んだ。鬱蒼とした森は風すら鋭く、枝葉の擦れる音が、まるで刃の気配のように耳を打つ。ふと、勝家の元を旅立つときに、勝家が蘭丸に何かささやいていたことを思い出す。


「蘭丸」

「はい」

「そなた、勝家と別れ際、何か言われておらなんだか」


蘭丸は一瞬ためらい、僅かに口元を緩ませる。


「……“濃姫様を何があっても守れ。あの方は、儂の殿が残した光だ”と」


その言葉に私は胸が熱くなり、夜気の中でそっと息を呑んだ。信長は逝き、天下は揺れ、私は行き場を失いかけている。それでもなお、信長の家臣たちは、私を“光”と呼ぶのか。これこそが信長が私に残してくれたものなのであろう。長秀が誰の側に立とうとも、私はこの目で確かめねばならぬ。信長の名が、まだ生きているのかどうかを、なれど……。


「蘭丸。この旅路の果てに、答えは待っているのかのう。誰が何を隠しておるか、そこに企みがあったのか……確かめねばならぬのだが……」


少し気が重くなる。今さら何をしたとて、信長がいない事実は変えられない。臣下たちの裏を探って何を得られるのだろうかと。


「お方様……」


月が雲間から顔を覗かせ、川面が白く照らされた道のように輝き始めた。その淡い光の中を、私達は音も立てず南へ歩を進める。水の流れに月影が揺れ、時折それが刀身のようにも見えた。


 蘭丸は私より数歩先を行き、草を踏む音すら抑え、常に周囲へ気を配っている。森家の血を引く武人としての矜持と、信長に育てられた忠義が、その背ににじんでいた。こんな若者を、これ以上死地へ近づけたくはない。そう思うほど、胸の奥が鈍く痛む。


「お方様、足元、崩れております。お気をつけて」

「心得ている。そなたこそ油断するな」


山風は冷たく、空の色は重い。丹羽長秀――信長に忠義を尽くした数少ない臣。秀吉とは異なり、策をもって人を絡め取る男ではない。そう信じたい。だが、時代は人を追い込み、すでにことは起こってしまった。ならば今は織田を守るために長秀が秀吉と手を結んだ可能性がないとは言えない、そんな考えが脳裏をよぎる。そうなると、そう簡単に口は割らないであろう。


 そしてもしそうであれば、私は何を確かめに行くのだろうか。そう思いながらも歩は止められぬ。真実を知らぬままでは、殿の名も、魂も、守れはせぬ。否、私自身が知りたいのだ。あの夜の真実を、ただ、それだけだ。


 山道が川沿いに細く折れ、霧が足元から立ち始めた頃であった。背後に、わずかながら異なる気配を感じる。一人ではない。獣のそれとも違う、人の気配。蘭丸も察したらしく、歩を緩めた。


「……おかしい」


蘭丸の低い声と同時に、樹影が揺れ、三つ、四つの影が姿を現した。人も通らぬような、こんな山深い道に、俗が潜んでおるとは……。手拭いで顔を覆い、錆びた刀や棍棒を握る追い剥ぎども。戦乱が続くこの頃、山賊が増えたとは聞くが、私を見るその眼は、単なる飢えた盗人のものではない。主を失って守る名もなくした下級武士か。山賊よりもたちが悪い。


「女か……若い方は、なかなかの上玉だ」


喉を鳴らして笑う男の目は、獣と変わらぬ。


「こいつは高く売れる」


胸の奥で、冷たい怒りが静かに燃え上がった。こういう輩を下賤の者というのであろう。私は武家の娘だ。戦場の気配を嗅ぎ、修羅をくぐってきた身。この程度の輩に怯える理由はない。ただただ、我らを戦利品のように見る男たちの視線が腹立たしく感じられてならない。蘭丸が即座に私の前へ出た。

お読みいただきありがとうございます。

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