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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀-②:旅路の火影――揺れる不安

巷の囁きーざわつく胸の内

蘭丸の女装姿と、私の農婦姿は、周囲の目を欺くには十分であった。私は慣れた手つきで米袋や荷を抱え、蘭丸は控えめに、しかし折に触れて柔らかな笑みを浮かべ、旅人と言葉を交わして場を和ませていた。


 蘭丸の声は女子よりなので、誰も疑わぬ。その姿を横目に見ながら信長の側で育ったこの若者もまた、ただの小姓ではない、と感じる。炎を越え、なお生きる覚悟を持つ者なのだと。


「この姿にも、随分と慣れてきましたね……それに、とても身軽で歩きやすく感じられまする」


蘭丸がくすぐったそうに囁く。私も小さく笑い、肩を揺らした。日暮れが迫ると、私たちは木陰に身を潜め、焚き火を囲んだ。橙の火が揺れ、闇と光が交互に蘭丸の顔を照らす。


「丹羽長秀……まずはあの武人に会い、腹の内を聞かせてもらわねばならぬ」


口に出した名に、胸の奥がわずかにざわめいた。清州では秀吉に与したと聞いている。もし、長秀がすでに秀吉に取り込まれていたなら。その考えが、焚き火の火種のように、消えかけては再び燻る。忠義の男であったとしても、時代は人を変える。信長亡き今、誰が己の立ち位置を誤らずにいられようか。蘭丸も焚き火に視線を落とし、低く応じた。


「はい、お方様。どのような(はかりごと)が待ち構えていようとも、共に参ります」


風が谷間を抜け、焚き火の煙をさらっていった。夜は深く、火の爆ぜる音だけが耳に残る。私は炎を見つめながら、長秀の顔を思い描いていた。あの男は、今も殿の名を胸に刻んでいるであろうか。それとも――。


 翌朝、再び旅路へ出た。昼過ぎには峠の茶屋に入り、簡素な飯をとる。囲炉裏のそばでは、農夫らしき者たちが世情を肴に声を潜めていた。


「聞いたか。羽柴様が、丹羽様とまた軍議をなさったとか……」

「勝家様もお気の毒よ。いずれ羽柴に押し潰されるんじゃないか」

「織田の世も、もう終いかもしれぬな」

「信長様が亡くなってはどうにもならぬだろう。次は羽柴殿の時代だとよ」


私は箸を止めた。これが、民の実感なのだ。織田の名は、すでに過去のものとして語られ始めている。その事実が、胸に小さな棘のように刺さる。蘭丸が小声で囁いた。


「……お方様。お気持ちは分かりますが、いまのお顔、少し鋭うございます」

「そうか?」

「はい。百姓女というより……戦場に立つ武士の如く厳しくなっておられます」

「それは困るな……では、これでどうだ?」


眉尻を下げ、少し気弱そうに見えるよう意識すると、蘭丸が吹き出しそうになり、慌てて袖で口を押さえた。


「笑うな。不自然か」

「いえ……その……新鮮にござりまする……」


思わず、袖で蘭丸の頭を軽く小突く。


 考えてみれば、私は生まれてから本能寺のあの夜まで、こうして人目を忍んで旅をしたことなど一度もなかった。出立の度には供が連なり、道三の娘、信長の妻という名が、影のようにつきまとっていた。それが誇りでもあるが、口惜しくもある。


 この世の女の立場の何と低すぎることよ。常に偉大な父の娘、武功を成した夫の妻、その名すら後世に残らないことの方が多い。男だけが世を支えているわけでもあるまいに。


 今も決して安穏な旅ではない。だが、名を伏せ、ただの女として歩けるこの道行きに、奇妙な解放を覚えているのもまた事実であった。蘭丸ともすっかり打ち解け、時折、この者が男子であることすら忘れ、まるで我が娘と旅をしているかのような錯覚に囚われることもある。夕暮れ、川のほとりで馬を休めていた時、向こうの藪から一人の旅の僧が姿を現した。


「お二人、あまりこの先へは進まれませぬほうがよろしい」

「なぜじゃ」

「昨夜、賊が出ましてな。侍を名乗る者らしい。羽柴殿の“味方狩り”をしているとの噂もございます」


その言葉に、胸の奥が冷えた。戦のあとにはこうした輩が出るのは常であるが、道中でわざわざ出会いたいとも思わぬ。蘭丸が刀の柄へ手をかけながら、私に話しかける。

お読みいただきありがとうございます。

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