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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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丹羽長秀ー①:義に仕える男――蘭丸の思い

丹羽長秀という人物に続く道中

   その二.丹羽長秀


 外の世界はまだ朝靄に包まれ、北ノ庄の城は次第に遠く霞んでいった。少し先を歩く蘭丸の背を見つめながら、私は小さく息をつく。丹羽長秀のもとへ向かう道は長い。しかし胸の奥では、静かな熱が確かに芽吹いておった。信長の真を追う旅が、ここから改めて始まるのだと、そう感じていた。


 越前の山道を進むうち、靄はゆるやかに晴れ、木々の葉の隙間から朝の光が差し込む。湿った土の匂いと、若葉の青さが混じり合い、肺の奥まで染み渡るようであった。蘭丸は黙して歩いていたが、やがて歩調を緩め、低く問いかけてくる。


「お方様……丹羽殿のもとへ参るにあたり、どのように話を切り出されるおつもりで」


私はわずかに口元を緩めた。


「長秀か……あの男は、忠義に厚い。殿への思いも、まっすぐで、揺らぎがなかった」


記憶の底が静かに揺れる。信長が若き日の長秀を重用し始めた頃、私もその働きぶりを折に触れて見ていた。戦場では常に冷静で、命を受ければ迷いなく動く。しかし、ただ従順なだけの男ではない。主の意を先読みし、己の判断で局面を切り開く鋭さを併せ持っていた。


「覚えておるか、蘭丸……いや、おぬしはまだ幼かったな。小谷での一件は……今も今も私の胸を離れぬ」


蘭丸は静かに頷く。


「父上から聞き及んでおります。浅井長政殿が果てた折のこと……でございますね」

「うむ。私はその場に居合わせたわけではない。だが、あの時、長秀は誰よりも冷静であったと聞く。そして城を包む炎の中で、敵であった長政の最期を悼む目をしていたと……あの男の忠義は主に仕えながらも、義を見失わぬ男よ」


蘭丸は言葉を挟まず、その指に僅かに力を込めた。


「秀吉の軍勢が小谷に迫る中、長秀は殿の命を受け、多くの味方を守るために先手を打ったそうな。己の功ばかりでなく、自身も他の者の命をも粗末にしないということに、心を置いておいておる。あの者の判断と勇気がなければ、無用に失われた命は数知れぬであろう。想像もつかぬほどにな」


私はひとつ息を吐いた。丹羽長秀が信長の側にいたからこそ、乱世のただ中にあっても、わずかながら安堵を覚えた時があった。その思いは、今も揺らぎはせぬ。


「ただし……」


私は視線を落とし。言葉を選びながら話す。


「忠義が深いがゆえに、己の信じる道を譲らぬところもある。それもまた殿を思えばこそ。ゆえに、今回の(おとな)いは慎重でなければならぬ」


道は山を越え、川を渡り、やがて丹羽長秀の屋敷が遠くに望めるところまで続いた。朝靄はすでに消え、日が高くなるにつれ景色は鮮やかさを増していく。胸の内は静かに高鳴り、蘭丸もそれを感じ取っているようであった。蘭丸はふと息を吐き、私の手元に視線を落とす。


「お方様……この旅、危ういことも多いでしょう。しかし、供にございます。命に代えても、お方様をお守りいたします」


私は微笑み、前を見据えた。


「ありがとう。だが、私はそう易々と(たお)れはせぬ。いざという時は、まずそなた自身の命を守れ」

「なれど、お方様……」

「命を失えば、何も成し遂げられぬ。あの炎の中から生き残った我らだ。必ず、この乱世の底に潜む陰を暴き出そうぞ。そして私に万一のことがあった場合は……そなたが……」

「お方様……!」


蘭丸は言葉を飲み込むように唇を固く結んだ。そして静かに頷いた。この若く忠義の者に、こんなにも荷物を背負わせてしまっていることに、心は痛むがもはや引き返すこともできぬ。


 城下に近づく頃、道は梅雨の名残の雨を含み、ところどころに泥濘が残っていた。水を含んだ土が草履にまとわりつき、歩を進めるたびに重みを増す。山あいには川音が朗々と響き、夏の訪れを告げている。往来の人々は、我らをただの旅の農婦としか見ておらぬ。そこに疑念も警戒もない。そのことに少し安堵する。

お読みいただきありがとうございます。

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