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蝶の舞 ー濃姫ー  作者: 麗 未生(うるう みお)
十六. 重臣たちの真意

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柴田勝家ー⑬:北ノ庄発ち――静かなる別れ

思い馳せる、過去の幻影

「覚えておけ」


私は三人を順に見渡す。


「世は、強き者が勝つのではない。生き残った者が、勝つのだ」


その言葉の意味を、今すぐ理解は出来ぬかもしれない。だが、いつか必ず、この夜を思い出す。やがて、市が姫たちを促し、三人は一礼して下がっていった。残された座敷に、静寂が戻る。


 北ノ庄を離れれば彼女たちの運命も、私の歩む道も大きく枝分かれする。そんな予感がする。それでも、信長の血を引く者達と会えたことに妙に心が温まる。私は、三人の名を、心の奥で静かに刻み直した。


 皆で言葉を尽くした末、次に訪ねるべきは丹羽長秀であろうという結論に至った。信長の古くからの家臣であり、武にも政にも通じ、軽々に心を翻す男ではない。今の世において、真の腹を測るに足る人物の一人であった。その長秀が、何を思って秀吉の意図に逆らわなんだのか。


 越前の朝はまだ涼やかで、城下には薄靄が低く漂っておった。私は粗末な麻の衣の裾を整え、蘭丸と共に城の外へ足を踏み出す。草鞋に朝露が染み込み、湿った感触が足裏に伝わる。その冷たさが、かえって頭を冴えさせた。


 城門の前では、勝家が大きな体をわずかに揺らしながら、こちらを見つめておった。固く握られた拳、額に刻まれた細かな皺。深く沈むようなその眼差しには、私の行く先を案じる思いが隠しようもなく浮かんでいる。


 光治も隣に立ち、背筋を正したまま視線を逸らさぬ。その背後には市が静かに控えていた。胸元で扇を握る指先が、ほんのわずか震えているのを、私は見逃さなかった。


「できるなら……私もご一緒しとうございます。義姉上様や兄上に仕込んでいただいた剣の腕は今も衰えてはおりませぬゆえ、お役に立てましょうぞ」


その言葉にふと笑みがこぼれる。幼少の頃の市と、よく稽古した日々が思い出され手渡しは目を細める。何と遠き日々よ。


「懐かしいのう……」


市は私の手を取り、目を潤ませる。あの信長の妹として、幾度も政と戦に翻弄されてきた女の顔であった。


「市は、ここに家族がおる。勝家と共に姫たちを守らねばならぬ」


そう告げると、市は一瞬唇を噛み、やがて長く瞼を閉じてから深く頷いた。私が織田に嫁いだころ、市はまだ、あどけなく笑うばかりの姫であった。それが今は、三人の子を抱え、家を背負う女としてここに立っている。その歳月を思えば、胸の奥に重いものが沈む。勝家が太い声で口を開く。


「濃姫様、北ノ庄を出たあとは……危うい道行きになりましょう。せめて護衛を付けさせよ」


私は静かに首を振った。


「ならぬ。密かに参りたい。人目に触れれば、かえって事が荒立つ。私と蘭丸だけで足りる。だがその気遣いは嬉しく思うぞ」


勝家の肩が、力を抜かれたようにわずかに落ちる。光治も何か言いかけて口を閉ざした。しかし市だけは、扇を静かに閉じ、小さく、だが確かな笑みを浮かべた。


「……義姉上のお心、分かります。どうか、ご無事で」


その言葉には、引き留めぬ覚悟があった。蘭丸は私の傍らで皆に一礼し、既に整えて行く先に足を向ける。その若い眼差しに宿る緊張と決意を感じ、私はそっと肩に手を置いた。胸の奥で言葉にならぬ思いが渦を巻く。この旅は静かに、誰にも知られぬように進めねばならぬ。信長の名と、その真実を胸に秘めたまま。


 城門をくぐる直前、勝家は深々と頭を下げ、光治も同じように膝を折った。市は扇を軽く揺らし、別れを惜しむように手を振る。私は目を伏せ、短く礼を返した。胸に込み上げる熱を抑え、ただ前だけを見据えて足を踏み出す。


 北ノ庄の石畳を離れたその瞬間、私の胸は高鳴った。これから先、どんな真実が待っていようとも、怯むことなく進んで行こうと心を新たにする。

お読みいただきありがとうございます。

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