第十二話 政治的扇動に翻弄される民衆 その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
視界全てを覆い尽くす白が消え去るとこの世界を美しく装飾する多彩が現れた。
人の心を穏やかにする空の青、大地の力強さを感じさせてくれる茶、地面一杯に広がる優しい緑。
本日も一つ一つの色が人々の感情を上昇させようとしてその役割を全うしていた。
俺の心も例に漏れず自然豊かな色に安堵の吐息を漏らして、その穏やかな空気に流される様に若干強張っている肩の筋力を解す為に肩をグルリと回す。
何度も空間転移の魔法でいろんな場所に移動していますがどうも魔力の圧と白一色の世界には慣れないな。
カエデの放つ常軌を逸した魔力の圧と確か……。次元の違う世界を通る為だっけ??
その為には視界を白で覆わなければならない、と。頭では理解しているが俺の体はもう少し負担を減らして欲しいと叫んでいるのですよ。
まぁ……、ほぼ五体満足で十日間以上かかる移動距離を数十秒で移動出来るから文句は言いませんけどね。
「さてと!! 久々に人間達が跋扈する王都に向かいますか!!」
小高い丘の裏手で一人ブツブツと文句を言っていても何も始まらぬ。
そう考えて己の頬を両手でパチンと叩いて気持ちを入れ替えると小高い丘を登り、今も大勢の人を美味しそうにゴクゴクと飲み込み続けている王都の西門へと歩みを進めた。
「退いて退いて――!! 馬車が通りますよ――!!」
春の実りを沢山乗せた荷馬車が急ぎ足で王都内へと進み。
「久々に見たけど相変わらず大きいな!!」
「あぁ!! 圧倒されちまうよ!!」
俺と同じく沢山の荷物が詰まった背嚢を背負う数人の男性達がポカンと大きく口を開いて城壁を見上げ。
「これから一大作戦が決行されるのよね?? 本当に上手くいくのかしら」
「大丈夫だって。皆が力を合わせれば西の脅威も跳ね退けられる筈だから」
その直ぐ後ろには悲壮な表情を浮かべて王都から離れていく夫婦が居た。
感情という概念を胸に宿していれば陽性な感情が湧く事もあれば陰性な感情を持つ事もある。
彼等は己の心に浮かび上がる感情を一切隠す事無く面に出して各々の目的地へと向かって移動し続けていた。
南の島でほぼ強制的に享受させられた喧噪が可愛く思える程に人々が放つ騒音はうねり、迸り、真正面から牙を剥いて襲い掛かって来る。
その威力ときたら思わず後ろ足加重になってしまう程だ。
久し振りに見たけど相変わらず凄い人だな……。
今からあそこに合流しなきゃいけないと思うだけで辟易してしまいますよ。
なだらかな丘の斜面に足を乗せて王都へと続く道に向かって行くと南の島の喧噪の主な原因となった方々の表情が頭の中にふと浮かぶ。
『レイド、準備が出来た』
『はぁぁ……。レイド様の御姿が暫く見えなくなると思うだけで私の心は張り裂けてしまいますわ』
『アオイちゃん。レイドとカエデちゃんが困っているから離れてあげて』
『いいえ離れません!! 最後の時まで私の香りをレイド様に染み込まさなければならないのです!!!!』
『レイド、あたし達はあたし達なりに頑張るからさ。そっちも頑張ってくれよ??』
『主、次に会う時までに私は今よりも強くなる。だから主も研鑽を怠るな』
『レイドさん、私も頑張りますのでレイドさんも頑張って下さいね!!』
最後の別れとなる訳でも無いのに態々見送ってくれた友人達に対して陽性な感情が浮かぶ一方で。
『あ゛ぁ゛っ、ねっみぃ……。何で私がボケナスを見送る為に早起きをせにゃならんのだ』
『そのまま永眠すれば宜しかったのに』
『聞こえてんぞクソ蜘蛛がぁ!! テメェの気色悪い八本の足を全部引き千切って雀の餌にすんぞ!?』
『だからそれは不可能だと何度言えば理解出来るのですか?? あぁ、失礼しました。貴女の頭の中には言葉を理解出来る機能が備わっていませんでしたね』
『こ、この……。陰湿根暗クソ蜘蛛野郎がぁぁああああ――!!!!』
『マ、マイちゃんちょっと待って!! 私がまだ居る……。いだぁぁいい!!!!』
目を離せば直ぐに燥ぎ暴れ回る人達をカエデ一人に任せても良いだろうかという巨大な杞憂が心を占拠してしまう。
別れの最後の時まで頭痛の種となる喧しさは止む事無く、その音圧は尊敬に値する方々が休まれる天幕をふわりと刹那に揺らす程であった。
空間転移でその後どうなったかは分からないが恐らく酷い寝癖の海竜様がその場を鎮めたのでしょうね。
まぁ彼女達は各々の里で鍛えると言っていたし、多分だけど……。カエデが背負わなければならない疲労はその時まで軽減されるでしょう。
カエデと今度会った時に有益な労力を割いたとして度を超えた報酬を請求されないかしらね??
『私がどれだけ疲労したのか……。それを分からない貴方ではありませんよね??』 と。
端整な御顔にはちょっと不釣り合いな眉の角度で睨んで来るのが容易に想像出来てしまいます……。
カエデ一人に背負わせるのには重過ぎる五月蠅さに要らぬ杞憂を覚えて歩み続けていると、街道沿いを歩いている方々の口から大変大きな叫び声が放たれた。
「来たれ!! 勇者達よ!! その手に真の平和を掴む為に!!!!」
「「「「ウォォオオオオオオ――――ッ!!!!」」」」
びっくりしたぁ……。此処は公共の場なのでもう少し静かに叫んで頂ければ幸いです。
一人の男性が放った熱のある大声が周囲の人達を巻き込み彼等は仰々しく右手を天に向かって掲げる。
恐らく彼が放った言葉はこれから始まる一大作戦に向かっての政治的扇動の一種なのだろうさ。
「俺達は絶対に負けないぞ!!」
「あぁその通りだ!! この手に真の平和を掴む為にも西の脅威を排除してやる!!」
此方側の街道だけでは無く車道を挟んだ向こう側でも似た様な言葉が飛び交い人々の心の熱量を高めていますので。
人々の心を焚きつかせる為に行政が用意した言葉を叫ぶのは一向に構わないけど……。あの大軍勢を目の当たりにしても貴方達は今と同じ台詞を叫べますか??
凡そ十万を越える敵の大軍勢が恐ろしい声を放ちつつ突貫して来たら恐らく恐怖で身が竦み右手に持つ剣を振るう事は叶わないだろうさ。
だが、士気を高める為にも魂の籠った雄叫びは有効である事には違いない。
戦いで必要な要素の一つである士気を高めるのは効果的であり且心に湧く死という言葉の意味を薄めてくれるのだから。
お偉いさん達も良く考えて言葉を考えたよなぁ。
それが彼等の仕事だろ?? と。
もう一人の自分が己に話し掛けて来るのでそれに対する次の言葉を考えていると。
「おぉ!! その軍服は!!」
「俺達も第三軍に参加する傭兵だ!! 宜しく頼むぜ!!!!」
「は、はぁ……」
先程仰々しく右手を掲げていた男性達に右肩を何度も叩かれて目を白黒させてしまった。
「何だよその覇気の無い声は!! もっと気合を入れなきゃ駄目だぜ!?」
気合だけで戦いが有利に進むのなら俺は喜んで喉を枯らして叫びますけども、血で血を洗う一大決戦は今日から約一か月後に始まる予定です。
今からそんなに喉の体力を消費してしまいますと戦地まで持ちませんよ??
「参考にさせて頂きますね。では、自分は任務の説明がありますので失礼します」
このままではあの輪に強制参加させられてしまい喉を傷めてしまう蓋然性がある為、まだまだ元気良く叫び続けている彼等に一つ頭を下げて足早に王都内へと歩みを進めた。
「いらっしゃいませ――!! 腹を満たすのは当店の食料に限る!! 移動中にも春の味覚を味わってみませんか――!!」
道路沿いに店を構える店主の口から放たれる威勢の良い呼び声。
「命ある内にお金を使わなきゃ損だよ!!!! 今なら二割引き、三割引き当たり前!! 気になるあの子に最後の贈り物は如何かな!!」
もうちょっと良く考えて呼び声を放ちなさいと思わず突っ込みたくなる声を張り上げている装飾屋の店主。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!! 当店自慢の武器防具で命を守ろう!! 戦いに必要な物資は是非当店で揃えて下さいね――――!!!!」
そしてこの機を逃して堪るものかと、どの店の呼び声よりも大きな声で客を引く武器防具店の店員。
王都の歩道沿いには戦いに参加しに足を運んだ者達の財布の体力を削ろうとしているお店達が立ち並び、歩道を進んでいる者達は各々の目的に沿った店へと足を運んでいる。
只でさえ混雑する歩道には人一人が漸く歩けるだけの空間が所々に存在しており、俺はその空間を見付けると人の通行の邪魔にならないように肩を窄めてきっちりと収まり人の流れに沿って移動を続けていた。
お、おぉ……。何だかいつもよりも人通りが多く感じるな。
それは恐らく、戦いに参加する者達が只でさえ人口密度が高い場所に訪れたからでしょうね。
先ずはこの流れに乗ったまま本部へと向かおう。それからレフ少尉に任務の説明を受けて、それから任務開始まで体を休める宿を探して……。
頭の中でこれからの予定を軽く纏めていると一際元気な青年達が人の合間を縫って駆け続けて行く姿を捉えた。
「待ってくれ――!! 置いて行かないでくれよ――!!!!」
「アクレス!! お前の足が遅いんだよ!!」
「言い過ぎだ!! 田舎道と違って都会の道は狭過ぎるんだよ!!!!」
五名から六名の青年……、と言っても。まだ若干の幼さが残る顔立ちからして凡そ十七、八歳程度の男性であろう。
彼等は大都会の人波に辟易しながらも中々の所作と体捌きで人の合間を掻き分けている。
その最後尾。
アクレスと呼ばれた子は両目に若干の涙を浮かべて俺の直ぐ後ろから前の人の壁を追い抜かそうと画策していた。
あはは、彼の叫んだ言葉は田舎出身の俺も良く理解出来るぞ。初めて王都に訪れた時は本当に驚いて、それから直ぐに辟易しちゃったもの。
王都に住む人達は毎日こんな道を通っているのか?? 正気の沙汰じゃないぞ!? ってね。
一昔前の思い出に浸っていると俺の右肩にちょいと激しめの衝撃が襲い掛かって来た。
「あいたっ」
「あ!! すいません!! 御怪我はありませんか!?」
「大丈夫ですよ」
アクレスと呼ばれた子が本当に優しい声色で俺の体を気遣ってくれる。
こうした何気無い所作からその人の育ちが分かると良く言われているが、恐らく彼の両親若しくは指導者は良く出来た人なのだろう。
人の体を心配する優しい表情や声色がその良い証拠さ。
「す、すいません!! 急いでいたので!!」
「構いませんよ。ほら、早くしないと彼等に追い付けなくなってしまいますよ??」
人の頭の合間から微かに見える男性達の後頭部を指してあげる。
「わぁ!! だから待ってくれって何度言ったら理解するんだよ――!!!!」
俺に対して素早く頭を下げると人と人の間に無理矢理体を突っ込んでもう殆ど見えなくなってしまった友人達の下へと向かって進んで行ってしまった。
街の雰囲気に当てられて元気になってしまったのかそれとも元から元気の子なのか。いずれにせよ人の心を陽性な気持ちにさせてくれる明るさは嫌いじゃないよ??
田舎出身の彼から頂いた元気を糧にして人波の中を進み続け、そして我が部隊の本部へと続く道に差し掛かると漸く熱気と辟易から逃れる事が出来た。
「ふぅ――……。昨日まで山の中で生活していた所為か。いつもよりキツク感じたな」
大勢の人々からほぼ強制的に与えられる喧噪によって強張っていた双肩を適度に解し、生活感溢れる裏道を進んで行く。
うんっ、この道は相変わらずだな。此処まであの熱気が押し寄せて来たら正直参っちゃうよ……。
道の端に転がる小さな塵、イイ感じにくすんだ窓ガラス、そして草臥れてもう間も無くその役目が終わる使い古された箒。
田舎出身の者なら誰しもが朗らかな気持ちを抱くであろう裏道をのんびりした速度で歩いていると本日も変わらない姿の木造二階建ての建物が俺を迎えてくれた。
うむっ!! 相変わらず質素な建物ですね!!
裏通りの先に見えて来たパルチザン独立遊軍補給部隊の本部を視界に入れると素直な言葉が心に浮かぶ。
雨風に打たれて微妙に痛んだ外壁や黒ずんだ屋根が何とも言えないワビサビを醸し出す。
何度も足を踏み入れた事のある本人がとても軍部の施設であると思えないと感じているのだ。第三者があの家屋を見つめればきっとその辺りの家と何ら変わりの無い用途で建っていると思うだろうさ。
任務開始前だけど……。レフ少尉は居るかな?? まぁ不在だったら時間をおいてまた訪れれば良い事だし。
取り敢えず、猛特訓という名の素敵な休暇を経て王都に帰還した事をお伝えしましょうか。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




