第十一話 戦友達との暫しの別れ その二
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。
山の中腹に漂う空気は三ノ月の終盤にはちょっとだけ不相応な冷気を帯び、その冷たさは肌に寒さを与える程だ。
平屋の小部屋の中に敷いてある布団の中で無意味に体を動かして天井を見上げるとそこには早朝の頼りない光に照らされた若干の染みが目立つ木製の天井が浮かび上がっていた。
嘘だろ……。もう朝かよ……。
昨晩、といっても?? 今から遡る事数時間前。
俺はいつも通り素晴らしい接客術を披露して各里の長の世話役に汗を流していた。
『あら、お酒が切れちゃったみたいね』
『直ぐにお持ち致します!!』
覇王の奥様が何気なく漏らした言葉に速攻で反応し。
『すまん。もう少し食料を持って来てくれ』
『了解しました!!』
ミルフレアさんの代わりにラミア一族を代表して此処に滞在し続けているライネさんの要望には素早く。
『ねぇ――。そこの逞しい体の店員さんっ。私とイケナイ夜を過ごさない??』
『当店にはその様な品書きはありませんのでどうかお引き取り下さい!!!!』
配給をし続けている俺の隙を狙って絡みつこうとする淫魔の酔っ払いには毅然とした態度で跳ね除けてやった。
師匠から受け賜った世話役の仕事量、並びに評価は第三者から見て恐らく満場一致で合格点を叩き出してくれるだろうさ。
だが、繁盛する飲食店の店主さんが喉から手が出る程に欲しがる接客店員の心は彼等の前では地面に転がる無数の塵芥よりも劣る。
『レイド!! いい加減に帰って来い!!』
『そうだぞ!! 俺達は未だ貴様の返事を聞いていないのだからな!!!!』
ミノタウロスの族長さんと狼の族長さんが訓練場の上を懸命に駆け続ける俺に向かって叫ぶと両足の筋力を最大稼働させて彼等の天幕の前まで駆けて行った。
『何か御用ですか!!』
『酒がきれた!! それと貴様は俺達と飲む義務がある筈だろう!?』
『各天幕に食料を運び終えていませんので今暫く……』
『ワハハハハ!! そんな事は後でいい!! さぁ……、俺達と共に語り合おうじゃあないか!!』
『イヤァァアアアアアア――――!!!! だ、誰か助け……』
ボーさんの思わず惚れ惚れしてしまう右腕で体をガッチリと拘束されると強制的に天幕の中に招かれ、それから……。それからぁ……。
「いてて……。今日は王都に帰らなきゃいけないって言ったのに無理矢理酒を飲ませるのはどうかと思いますよ……」
こめかみと頭の奥にズキっと迸った痛みを誤魔化す様に指を眉間に添える。
ほぼ朝と断定出来る時間まで酒の弱い男に酒を薦めるのはいい大人としてどうかと思いますっ。
でも、皆さん本当に楽しそうだったな。
ボーさんは馬鹿みたいな声を張り上げて笑って、ネイトさんは嬉しそうに俺の肩を叩き、テスラさんはウンウンと頷きながら俺の話を聞いて。そしていつも顰め面のグシフォスさんは南の島で釣れた魚の話をするとちょっと引いてしまう程の前のめりを見せてくれた。
自分達の娘の活躍の話やら、普段見られない娘の姿の話を聞けて嬉しかったのでしょう。
その陽性な心のまま本日も此処で行われる会議に参加して頂ければ幸いです。
「ウ゛――……。頭が痛い……」
布団の中で悶え打ったまま嘯く声を上げていると小部屋の襖が小気味良い音を立てて開かれた。
「レイド。もう直ぐ出発の時間です。起きて下さい」
お、おぉっ……。今日も酷い寝癖だな。
恐らく先程まで左側頭部を枕の上に乗せて眠っていたのだろう。
左側の藍色の髪の毛は頭に圧し潰されて波に漂う海藻の様にうねうねと波打ち、天井を向いていた右側の髪は栗の外皮もアッと驚く程に尖っている。
毎度毎度思うのですがどうしてカエデの寝癖はあぁも酷いのだろう?? この世に数多溢れる不思議の一つに付け加えて有識者を集めて一度検討すべきではなかろうか。
「うん……。そうだね……」
本来であれば体の上に乗っかる布団を蹴り上げて早朝の出発に備えるのですが……。何分此方は二日酔いの頭痛に苛まれていますのでね。
後五分……、いいや。後二分でも良いからこの至極の居心地を与えてくれる布団にくるまれていたいのですよ。
カエデの非情な出発の催促を受け取ると強敵に発見されてしまった蝸牛の如く布団の中に潜って行く。
「起きて下さい」
「分かってるよ?? 朝早く出発したいと言ったのは俺だからね……」
「それを理解しているのなら結構です。早く起きて着替え、並びに出発の準備に取り掛かって下さい」
カエデの小さな手が布団を引っぺがそうとして力を籠めて来る。
「カエデは良いよね。これからもう少し眠れるんだから。それにボーさん達に酒を勧められる事も無いんだし」
それに対抗すべく両手の力を籠めて布団の内側をギュっと掴んでやる。
「お酒の類は人の正常な思考を阻害しますからね。嗜む程度なら許容範囲ですがレイドの様に二日酔いにまで至る量はお勧めしませんよ」
くっ!! 中々の力具合だな!!
南の島で特訓した所為か、以前よりも強力になった海竜さんの力によって徐々に拮抗が崩れていく。
「お勧めも何も……。強制的にお酒を飲まされた俺の気持ちを理解してくれているの??」
「理解はしませんけど同情はしますよ」
それはちょっと辛辣ではありませんかね!?
孤立無援に陥ってしまった者に対して救いの手を差し伸べる若しくは援軍を送る事も出来た筈だよね!?
「いい加減に起きて」
「お、お願いします……。後五分でいいからもう少し寝させて……」
『ふふっ、貴方はもう少し此処で眠っていて良いのですよ??』
ま、不味い。このままじゃ俺の身を案じて優しい言葉を掛け続けてくれる布団さんが剥ぎ取られてしまう!!
両手の力を振り絞って布団を掴み続けていたが、どうやら海竜さんは南の島で一皮剥けてしまった様ですね。
「貴方を我儘に育てた覚えは……。ありません!!!!」
「いやぁぁああっ!!!!」
カエデが気合の籠った台詞を叫ぶと安寧と平穏を齎してくれる平和の使者が冷涼な山の空気が漂う宙に舞い上がってしまった。
「はぁ――……。もう少し優しく起こしてくれればいいのに」
敷布団の上で胡坐を掻いて座り、ぶっきらぼうな表情を浮かべて後頭部をガシガシと掻く。
「これ位しないと我儘なレイドは起きませんからねっ」
ふんすっと大変可愛らしい鼻息を漏らす。
「そこまで我儘かな??」
「ううん。そんな事無いよ?? お父さん達の相手をしてくれて本当に有難うね」
先程まで世界を混沌に陥れようとする大魔王さえも恐怖を覚えてしまう声色を発していた女性とは思えぬ柔らかい口調で話す。
「……」
柔和に弧を描くカエデの瞳をじぃっと見つめていると。
「うん?? 何か顔に付いている??」
彼女は不思議そうな表情を浮かべて丸みを帯びた頬に細い指を添えた。
「顔、というよりも寝癖かな。今日は一段と酷いからね」
「いい加減に慣れて下さい。私だって好きでこの寝癖と付き合っている訳ではありませんから」
「慣れ様にも慣れないって。毎日違う角度で尖って波打っているし……。よしっ!! 取り敢えず着替えましょう!!」
己の太腿を強くパチンと叩いて枕元に置いてある制服を手に取る。
ふぅむ……。この制服に着替えるのも久々だな。南の島ではずぅっと機能性に溢れる訓練着を着用していたし。
俺と同じ感想を持っているのか。
「何だか久し振りにその軍服に着替えますね」
カエデも俺とほぼ同じ感想を述べた。
「南の島ではほぼ訓練着だったし……。所でカエデさん??」
「何でしょう」
「着替えるので部屋の外に出て貰えます??」
彼女達の前で何度も着替えて来たからそこまで抵抗感はありませんけども流石に女性の前で堂々と着替えるのは気が引けるのですよ。
「レイドがその隙にあそこで横たわる布団を被ってしまう恐れがありますからね。私は監視の任務を続けなければならないのですっ」
いやいや、それでも男性の着替えを堂々と覗くのは如何なものかと思いますよっ。
「はぁ、まぁいいや。ちゃちゃっと着替えちゃいますね――」
男らしく寝間着をガバっと脱いで人の瞬きよりも素早くそして的確に軍服に袖を通した。
うんっ!! まだしつこい眠気と頭痛は残っているけど何だか気持ちが引き締まった気がするぞ。
「よし、後は既に纏めてある荷物を持って……。って、カエデどうした??」
きょとんとした表情で俺の体に視線を送り続けている彼女に問う。
「え?? あ、うん。訓練から帰って来たからかな?? レイドの体が一回り大きくなった様に見えた」
「様に、じゃあ困るんだけどねぇ。師匠達に鍛えて貰って大きくなっていなかったらそれだけでもお叱りの声を受けそうだし」
「そうなったらまた皆で鍛えれば良い」
「あの地獄の辛さをそう何度も味わいたくないのが本音さ。大方の荷物は持って行くけど私服や抗魔の弓はカエデ達が預かってね」
小部屋の隅で寂しそうな表情を浮かべている弓へと視線を送る。
「勿論です。あれは……、レイドのお母さんの形見ですからね。例え地が裂けようが空から槍が降ってこようが決して誰にも渡しません」
形見……、か。
母親との最後の別れの時にあの弓の所有者の権利を譲渡してくれたと師匠から伺った。
赤ん坊の頃の記憶は全く無いのでその時、母親がどんな表情を浮かべていたのか知る由も無いが恐らく悲しみに満ちた表情を浮かべていたのだろう。
時の揺り籠?? だっけ。
その摩訶不思議な力で約三百年前の過去から現代に至るまで俺はその中で時を過ごし、そして目覚めた。
それからあの弓と出会い沢山の冒険を経験した。
もしも母親が目の前にいたのならあの弓に何度救われた事かと礼を述べるのだが、彼女は今も城の最奥で深い眠りに就いて居る。そして眠りから覚めたのならこの素敵な世界を破壊して過去へ遡ろうとする。
俺達はそれを阻止する為、あの形見を使って母親の命を奪わなければならない。
全く……。難儀な形見を押し付けられたものさ。
「有難うね。カエデにはいつも迷惑をかけっぱなしだよ」
「そんな事無いよ?? 私を頼ってくれて嬉しい」
「嬉しい?? 迷惑の違いじゃないか??」
ん――……。荷物の忘れ物は無いと思うけどもう一度だけ確認しておこうかな。
背嚢の中に手を突っ込み最終確認を続けていた。
『私だけを頼ってね』
「ん?? 何か言った??」
カエデの細く頼りない声が聞こえた様な気がしたのでそのまま振り返ると。
「何も言っていませんよ」
そこには若干頬を赤らめている聡明な海竜さんがちょこんとお座りしていた。
「それでは先に外へ出ていますので準備が出来たのならお越し下さい」
「あ、はい。直ぐに確認し終えますので暫しお待ちを……」
大変柔らかい笑みを残してこの場を去ったカエデを見送った。
一体何を言おうとしていたのだろう?? 俺の私生活に対する辛辣な言葉なのか将又これからの移動に対しての労いの言葉なのか。
それは伺い知れないけれども凡そ手厳しい言葉に違いないだろうさ。
着替え、短剣二丁、簡易治療道具、それと淫魔の女王様から頂いた淫魔特製傷薬。
この傷薬の制作主曰く。
『私特製の傷薬は効果万能よ?? ある程度の傷ならあっ!! と言う間に治っちゃうんだから!!』
その効果は医者要らずと言われる程に高いそうな。
『治癒魔法を詠唱出来る人が側にいないからね。この傷薬は重宝するよ』
『ふふ――ん、そうでしょう?? あっ、そうだ。報酬はぁ……、此処にチュッてしてくれればいから』
『それは御遠慮願います。我が分隊長がお呼びですので失礼しますね』
『こらぁぁああ――!! せめて据え膳食って行け――!!!!』
エルザードの憤る面白い顔を思い出し、これから必要になる道具一式の確認を続けつつ。
「レイド様ぁぁ……。朝のアオイはちょっとだけ大胆ですのよ……??」
「あ、うん。確認作業の邪魔になるからちょっと退いてね」
いつの間にか右肩に留まり首筋にチクチクした毛を擦り付けて来る黒き蜘蛛の大きなお腹さんを掴んで大部屋へと向かって放り投げてあげた。
「あ――れ――。朝の素敵な空気の中で素敵な放物線を描きますわぁ――」
「アオイ。毛が痛いぞ」
「うふふっ、慣れれば快感に変わりますのよ??」
あ、リューヴの顔に着地したのか。
ドスの利いた声を受け取るとこんもりと盛り上がった背嚢を背負い大変甘い女性の匂いが漂う大部屋にお邪魔させて頂いた。
「レイド様っ。お見送り致しますわっ」
「主、私も見送ろう」
「二人共有難うね。後、アオイ」
「は、はいっ!! 何で御座いましょうか!!!!」
「顔面に大きな蜘蛛を張り付けて移動する数奇な人は居ないから顔面の皮に突き刺している節足を早く解除して」
蜘蛛の足の先端は尖っているので顔の皮膚が大変苦い顔を浮かべているのですよ。
「最後の最後まで私はレイド様の御側を離れないと誓ったのです!!」
君は一度、側という単語を辞書で調べるべきだ。
これは側では無くて密着若しくは接着という言葉が良く似合う状況なのですよ??
「主、そっちでは無い。こっちだ」
「あぁ、はいはい……」
視界全てを蜘蛛のお腹で塞がれているので進行方向を間違えちゃったみたいですね。
リューヴの尻尾が右足に絡みつき正しい方向へと誘導してくれた。
「あんっ、レイド様の吐息が私のお腹にっ……」
「はぁ――……。主との別れが寂しいのは理解出来るが迷惑を掛けるな馬鹿者め」
リューヴの辛辣な声と目と鼻の先で愉悦の声を漏らす一匹の蜘蛛の声を名残惜しみつつ?? いつまでも姿を現さない事に憤りを覚えているであろう海竜様の下へと向かって頼りない足取りで進み続けて行った。
お疲れ様でした。
この御話をもちまして会議は終了。次話からは王都へと出発します。その中で第二部に繋がる御話をどうしても書かなければいけないので第一部最終決戦まで、もう少しだけお待ち下さいませ。
さて、間も無くやって来るゴールデンウィークですが。私の予定は粗方決まった感じですね。読者様達の予定は決まっていますか?? 遊びに行くのも良し、溜まっていた映画を見るのも良し、趣味に時間を割くのも良しと。色々考えていると思われます。可能な限り素敵な時間を過ごして下さいね。
評価をして頂き本っっ当に有難う御座いました!!!!
沢山の方々の応援でこの御話は成り立っていると改めて思い知りました……。これからも更新を続けて行きますのでどうか温かな目で見守って下さいね。
それでは皆様、引き続き良い週末をお過ごし下さいませ。




