第十一話 戦友達との暫しの別れ その一
お疲れ様です。
本日の前半部分の投稿になります。
山の中腹の訓練場の中央には周囲に漂う闇を払おうとして淡い橙の光を放つ炎が微風によって微かに揺らめいている。
その揺らめきは優しく、人の心に何処か安心感を与えてくれるものだ。
山の山頂から若しくは良く晴れた空から降り注ぐ風が炭の匂いを此方に届け、その微かな匂いを掴み取ると若干の疲労で強張っていた双肩の力がフっと抜けてしまう。
炎の揺らめきから放たれる火の粉の矮小な光が瞬き一つの間に消え行く様、漆黒の夜空に無数に点在する星達の煌めき、そして。
「ユウ――!! 早く持って来て――!!」
「ユウちゃん!! 早くしないと間に合わないよ――!!」
「へいへい……。こういう力仕事はどうせあたしがやらされるんだからな……」
「あはは!! ユウ――!! もう少しで終わりますから頑張って下さいね――!!」
うら若き女性達の軽快な声と笑い声、若干の憤りが籠った低い声色が体の力を更に抜こうとしてしまうが……。緩み始めた己の情けない気持ちを引き締める為、丹田にグっと力を籠めて周囲を見渡した。
マイ達の班も後少しで食事と寝具の配給を終わらせられそうだな。
俺達はあの平屋で朝も早くから続けられている会議を終えた人達の世話を滞りなく済まさなければならないという重大な責務が与えられているのだ。
肉体的、精神的疲労が蓄積されたままでは思う様に会議も進まないだろうしそれと何より彼等に対して食と寝に対する余計な心配を掛けたくないのが本音ですね。
いつまで続くか分からないけどそれが原因となって会議の進行が遅れてしまっては本末転倒なので。
「はいよ――。お待たせっと!!」
「ドギャァッ!? ユ、ユウ!! テメェ!! わざと私の体の上に大量の布団を乗せただろ!!」
「ふふっ、親友の他愛の無い絡みですので受け止めてみたら如何ですか??」
「あはは!! マイちゃんぺっちゃんこだねっ!!」
「誰が薄っぺらのせんべいだごらぁ!! 笑っていないで助けろや!!」
アイツ等……。遊んでばかりで全然仕事が進んでいないじゃ無いか。
このままでは俺達の仕事の遅れが影響して大魔の皆様に迷惑を掛けてしまう。
そう考えて今もケラケラと笑う彼女達に向かって一歩進み出そうとすると背筋の肌が一斉に泡立ってしまう艶のある女性の声が俺の背を穿った。
「レイド様ぁ。私ぃ、今日一日レイド様に会えなくて寂しかったのですよ??」
「ギャアッ!? ア、アオイ!?」
女性らしい細い腕が俺の体を拘束すると同時に背の一部にフニっとした男性の性をこれでもかと刺激してしまう柔肉の山の温かさを感じてしまう。
「はいっ、レイド様の大切なアオイです」
「驚かさないでよ。そっちの班はもう終わったの??」
「あんっ、辛辣ですわっ」
彼女の嫋やかな腕を半ば強制的に解除して問う。
「あちらの不真面目組と違い此方の班の皆さんは大変優秀ですからね。先程担当している全ての天幕に物資を搬入し終えましたわ」
流石というか、当たり前と言うか……。
カエデを班長とする真面目組がマイを班長とする不真面目組に劣る筈も無いか。
まっ、こんな事を言ったら首が三百六十度回って体から転げ落ちてしまうから決して言えませんけどね。
「お疲れ様。皆は何処で……、って。聞く必要も無かったか」
今日も闇の中で映える白き髪の後方に視線を送ると一仕事終えた真面目組の皆様が静かな歩法で此方に向かって来た。
「ふむ……。一つ一つの荷物は軽かったが反復行動が良い運動になったな」
「リューヴにとっては軽かったかも知れませんが私にとってはまぁまぁ重みを感じる物資の数々でしたよ??」
「頭や魔力ばかりを鍛えていないで偶には筋力増強を図ってみたらどうだ?? 育った筋力は嘘を付かんぞ」
「適材適所、蛇の道は蛇ですよ。レイド、お疲れ様」
「んっ、お疲れ」
まだまだ余裕な態度を醸し出す灰色の髪の女性とちょっとだけ疲れた顔の藍色の髪の女性に向かって軽く右手を上げて迎えてあげた。
「全く、ルーの奴め。私の監視の目が無いと直ぐにサボるな」
「まだ会議は長引きそうだし、そこまで焦る必要は無いんじゃないかな??」
「ユウ!! いい加減にこの荷物を退かせ!!」
「口が悪い子にはお仕置き――っと」
「グブェガァッ!?!?」
「あひゃひゃ!! マ、マイちゃんその顔何ぃ!? 砂浜に打ち上げられた魚さんよりもギョっとした顔しているね!!」
中々に大きな天幕の内側から聞こえて来る女性達の燥ぐ声に顔を顰めているリューヴの横顔にそう話し。
「んぅっ!! この擦れ具合がっ……」
さり気なく俺の右腕に己が体を絡みつかせようとしていた蜘蛛の女性の柔肉の合間から腕を引き抜いてあげた。
「だとしても真面目な態度を保て欲しいものだ。此処には我々だけでは無く尊敬に値する者達が存在しているのだからな」
リューヴの声を受けると今も大変重苦しい雰囲気を纏う平屋へと視線を送る。
いつも俺達が使用している時は山の雰囲気も相俟って何処か長閑な雰囲気を与えてくれる平屋ですけども、今は大勢の生者を呪殺して来た大悪霊でさえも尻尾を巻いて逃げ遂せる程の禍々しい圧を放っているものねぇ。
平屋さんも可哀想に……。己が体内であれだけの圧を放つ者達が数時間も居座っているのだからきっと胃もたれ若しくは胸焼けを罹患している事だろうさ。
「あら?? カエデ、かなり疲れていますけど大丈夫ですか??」
「全然大丈夫じゃない。空間転移と昼過ぎからの作業で疲れた」
「だから魔力ばかりでは無く筋力も鍛えるべきだと常々言っているだろう?? 今のカエデに最も必要なのは体を一回り大きくして筋力を肥大させる事だっ」
「ですから私は分相応な筋力量で構わないと言っていますよね??」
カエデの下腿三頭筋の量、及び張り具合を確かめているリューヴの姿を見つめて心を癒していると平屋の戸に変化が現れた。
「ふぅ――!! 外の空気が美味い!! テスラ!! 貴様もそう思わないか!?」
「えぇ、山の中腹の空気は平地と比べて汚れていませんからね」
「グシフォス!! 今日も飲み明かすぞ!!」
「俺は飲むよりも夜釣りに出掛ける予定なのだが……」
「ん――!! はぁっ……。話が長引いて肩がもぅコリッコリッよ」
「そうよねぇ。私もこれが邪魔してあんたよりも数倍キツイ肩凝りに苛まれているわね」
「エルザード。後二回、私の前でソレを持ち上げたらブチ殺すからね??」
「うふふ。持つ者と持たざる者の差ですか。昔から何度見ても滑稽に映りますわぁ」
「フィロさん?? 胸が大きくても良い事ばかりじゃないですよ?? 私なんか一年中肩凝りに悩まされていますからねっ」
「ふ、ふ、ふざけんな!! どいつもこいつも異常に育って!! 私は平均……、よりもちょい下かも知れないけど普通の大きさなんですからね!?!?」
平屋の慎ましい御口から素晴らしい力を御持ちなられている方々が月明かりの下に続々と出て来る。
その顔は普段よりも疲労の色が濃く表れそれが会議の進捗具合若しくは内容を代弁していた。
漸く出て行ってくれた傑物達に対して平屋もこう思っているのに違いない。
『ぜぇっ……。ぜぇっ……。や、やっと出て行ったか』 と。
さてと!! 俺達に与えられている使命は彼等の世話役なのだ。
翌日に疲れを残さぬ為にも誠心誠意、全力を籠めて世話役を務めましょうかね!!!!
機能性に満ち溢れた訓練着の右腕の袖をキュっと捲り上げるとほぼ同時。
「これ――!! 馬鹿弟子――!! その他諸々の大馬鹿者――!!!! 平屋に集合せ――い!!」
心の奥底から敬服している我が師匠の大絶叫が俺の行動を止めた。
師匠の声は十二分に良く聞こえて通る声質ですのでもう少し声量を落としても構いませんよ??
「わ、分かりました!! 皆、行こうか」
「任された」
「仕方がありませんわね」
「あの馬鹿共は……。あぁ、聞こえていた様だな」
俺達真面目組が師匠の声を受け取って行動するよりも大分遅れて不真面目組が天幕から飛び出て来た。
「とう!! あはっ、マイちゃんよりも早くレイド達に追い付いたもんね!!」
「テメェが私の頭を踏んづけたから遅れたんだろうが!!」
「まぁそう怒るなって。もう少ししたら夜ご飯だからな」
「そうですよマイ。お腹が減ったからといって怒るのは駄目ですよ??」
「腹が減って怒ってるんじゃなくてあのクソ狼のきたねぇ肉球の所為で怒っているんだよ!!」
あぁ、もう……。俺達よりも随分と立場が上の方々が此処に居るのでもう少し慎ましい態度を取って下さいよね。
大変な忸怩たる思いが双肩に重く圧し掛かり普段よりもちょっとだけ猫背の姿勢で訓練場から平屋へと続く階段を上り。
「ねっ、レイド。私達だけ違う所で休憩しようよ」
「そんな事したら師匠に首を捻じ切られてしまうのでしません」
「んもぉ――。折角私が誘っているのにそれを無下に扱うのはどうかと思うわよ??」
左腕に絡みつこうとした淫魔の女王様のオデコを人差し指でやんわりと突いて距離を取ると大魔の方々の重苦しい空気が残る平屋の大部屋にお邪魔させて頂いた。
「うむっ、揃った様じゃの」
三本の尻尾を左右に一つフサっと揺らした師匠が俺達を見つめる。
その瞳は相も変わらず真面目そのものであり会議及びこれからの生活はまだまだ油断を許さないものであると確知出来た。
「んで?? 私達を呼び付けて一体何の用なの?? 父さんや母親達に早い所飯を届けなきゃいけないんだけど」
マイがいつも通り片方の眉をクイっと上げて師匠に問う。
「会議はまだ数日間続く。お主達は引き続き奴等の世話をしろ」
「師匠。会議の進捗具合なのですが……。今は一体どの程度まで話は進んでいるのでしょうか??」
此処で行われている会議はこの星の運命を別つ大切なモノであるので俺達にもその内容は知らされていない。
大魔の各々が守秘義務を課せられている事は重々承知しているけど、内容は伏せたまませめて進捗具合は知りたいのが本音だ。
「詳しい内容は話せぬが……。そうじゃなぁ、凡そ七割といった所か」
七割……。後少しの所まで漕ぎ着けている感じかしらね。
そして残りの三割は恐らく。
「はぁ――……。今日も肩が凝っちゃった。後で御風呂にしっかりと浸からなきゃね」
我が強過ぎる猛者共が一堂に会すのだ。
彼等の意見や考えを一つに纏める事に注力を尽くすといった感じでしょうかね。
俺の左膝に持ち主の了承を得ず勝手に己の頭を乗せている淫魔の女王様を見下ろすと師匠の心労が大いに理解出来てしまった。
「おっ、じゃあそろそろ私達にも作戦内容を教えてくれてもいいんじゃない??」
マイが明るい口調で話すが。
「駄目じゃ。例え戦いに参加する者であっても作戦内容は決行当日まで秘密にする。それだけ慎重に事を進めなければならないのじゃよ」
師匠は毅然とした態度で彼女の願いを跳ね除けてしまった。
「お主達を呼んだ理由はこれからの予定についてじゃ。先ず、お主達は先も述べた通り会議が続く限り世話役を務めろ。そして会議が終了したのなら各々生まれ故郷へと戻り作戦開始の日……、そうじゃな。凡そ一か月の間。自分の生まれ育った里で腕を磨け」
「えぇ!? マイちゃん達と離れなきゃいけないの!?」
師匠の真面目な言葉を受け取ったルーが尻尾をピンと立てて素直な驚きを表す。
「お主達は覚醒の力を見事にモノにした。お主達の親はその力の扱いに秀でているので直接指導を受けた方が力は伸びるじゃろう。まぁ仲の良い仲間と共に行動したいのは大いに理解出来るが……。血の繋がった家族と共に過ごすのも悪くないじゃろうて」
あぁ、成程……。師匠は作戦までの残り僅かな時間を家族と過ごせと仰りたいのだろう。
オークの大軍勢を相手に、城の奥に存在する滅魔を相手に、そして俺の母親を討伐する為に死闘は開始される。死闘が繰り広げられる戦場に立つ誰一人として命の保証がされていないのだ。
『その時が来るまで』
最後になるかも知れない家族との温かな時間を共有させたい師匠の想いは痛い程理解出来てしまった。
「私は嫌よ!! 何であのクソババアと一緒に鍛えなきゃいけないの!?」
マイが師匠の言葉に速攻で噛みつく。
「これは決定事項よ。あ、後。カエデは私が預かるから」
「え?? それはどうしてです??」
「テスラとフューリンは城の最奥にある結界を剥す為の札の最終調整で忙しくなるからね。それと……、貴女自身に私から最後の指導を与えたいと考えていたし」
エルザードが俺の膝から頭を上げると本当に真面目な顔でカエデの顔を見つめる。
「最後の指導……。興味がそそられる言葉ですね」
「本当に辛いからある程度の覚悟はしておいて。私からは以上っ!!」
しかし、真面目なのは一瞬だけ。
カエデの覚悟を決めた表情を受け取ると再び俺の膝に頭を預けてだらしのない姿を保持してしまった。
「師匠、自分はどうすれば宜しいでしょうか??」
「お主は数日後に王都へ帰るのじゃろう??」
「えぇ、間も無く任務が開始されますので」
「王都から大陸南西の城まで人間の大軍勢が移動する期間は凡そ一か月。その間、お主は個人で鍛えろ」
マイ達は素晴らしい指導者が付きっ切りで教えてくれるというのに俺はたった一人で腕を磨かなければならない。
一人で腕を磨くとなれば何処が足りないのか、又何処を伸ばせばいいのかその采配に苦労するのは必然。だが、逆に考えれば己を見つめ直す時間が沢山取れるとも解釈できる。
現時点で俺に足りないのは魔力の扱いと付与魔法の発動時間、そして師匠から直接享受された極光無双流の奥義破山天穿掌の発動の三点だ。
これらを克服しなければ恐らく滅魔に対抗する事は敵わないだろう。
「分かりました。自分に足りない所を見つめ直し、師匠達と合流するまでに必ずやモノにしてみますね」
「ふふっ、嬉しい言葉を言ってくれる。それとお主には人間達の行動についても儂らに伝えろ」
「え?? でもどうやって師匠達に伝えれば宜しいですか??」
人間達と行動しているのにいきなり魔物の誰かが近寄って来たらきっと大隊に混乱を招くだろうし。
「その役割は私が承りますわ。先日もその件について御話をしたのをお忘れですか??」
アオイがふっと小さな笑みを浮かべる。
「あ、そっか。東雲が居るか」
「そうですわ。レイド様の御近くにまで東雲を派遣し、そこから私の里へ迎えます。そしてそれから各里へ情報を共有させるのが最も効率が良いかと」
「うむっ、そうじゃな。では連絡役はアオイに一任する」
「畏まりました。レイド様っ、不束者ですが宜しくお願いしますわね」
「あ、うん……。宜しく」
アオイが右目に掛かった白き前髪を嫋やかな所作で払いつつ此方を見つめてくれた。
「良し、伝達事項は以上じゃ。各々作業に戻れ」
「分かりました。皆、行こうか」
「あんっ」
師匠の言葉を受け取ると不退転の姿勢を誇示しているエルザードの頭を若干乱雑に退かすと闇が跋扈する外へと出た。
「はぁ――……。皆と暫く会えなくなるのはやっぱり堪えるなぁ」
ルーが尻尾と耳を垂れたままそう話す。
「あたしも寂しいけどさ。イスハが言いたい事も理解出来るよ。ほら、皆も親と多少なりに話しておきたい事があるだろ??」
ユウが暗さを感じさせない明るい口調で話すと。
「「「「……」」」」
各々が微妙に納得した表情を浮かべた。
「私の場合は里に帰って……。そうですね。ピナとランドルトさんとこれからの予定を相談してみますね」
「アレクシアさんはいつまで此方に??」
少し離れた位置でトボトボと歩く彼女の横顔に問う。
「ん――、マイ達が帰るその時までですかね。レイドさんはどうします??」
そうだな……。
「カエデ、ちょっといい??」
我が分隊の先頭を颯爽と歩く藍色の髪の女性の背に向かって話す。
「何ですか??」
「そうだな……。後二日後、王都に空間転移で送ってくれる?? 任務開始前に街の様子を確かめておきたいからさ」
「任された」
「じゃあレイドさんは後二日しか居られないのか……。そして皆さんとの再会は約一か月後。何だか寂しくなっちゃいますよ」
アレクシアさんが暗い表情を浮かべて俯く。
「アレクシアちゃん。皆寂しい思いをしているんだしさ、我慢しよ??」
それを見付けた狼の姿のルーが彼女の背から両肩に前足を乗せて励ました。
あの姿勢、歩き難そうだな……。
狼の姿のルーって大型犬を一回り程大きくした感じだし、肩に前足を乗せられて歩くと結構疲れるんだよね。
「そう、ですよね……。うん!! 私も皆さんに負けない様に鍛えますね!!」
「ハハ、もう十分過ぎるって。アレクシアが空で好き勝手に暴れたら地上に居る魔物の部隊と人間達が吹き飛ばされちまうからなぁ」
「そ――そ――。鳥姉ちゃん有難迷惑って言葉、知ってる??」
「ユウ!! マイ!! 人の努力を揶揄うのはどうかと思いますよ!?」
アレクシアさんが二人の揶揄いを受け取ると暗い顔に陽光が差した。
あの様子なら尾を引く事は無いだろうし、それと何よりアレクシアさんの場合。里に戻ったら兵の取捨選択やら部隊の配属やらでてんてこ舞いになって寂しくなる時間は無いだろうさ。
俺達と違って一族を纏める立場にあるんだし。
「もぅ――……。皆揃いも揃って私を揶揄って……」
「また暗くなっちゃったね?? こういう時は私の出番かな!!」
「ちょっ!? アハハ!! ルー!! 何処に鼻を突っ込んでいるんですかぁ!?」
「フンフンっ!! おぉ!! 相変わらず甘い匂いがするねっ!!」
一人の女性の胸元に勢い良く鼻を捻じ込み彼女の大変あまぁい香りを堪能して尻尾を左右に振っている陽気な狼の姿を何気なく見つめていると。
「レイドぉぉおおおお――!! 早く酒と食料を持って来――いッ!!!!」
一番遠くにある天幕なのに直ぐ隣に設置されているのでは無いかと錯覚させてしまう巨大な声量が鼓膜を襲った。
「は、はいい――!!!! 直ぐに御持ち致しますね――!!!!」
ボーさんの大絶叫を受け取ると訓練場の中央に設置されている配給所から四名分の食料とお酒を二つの御盆にきっちりと乗せた。
「レイド、御免ね?? 我儘な父上でさ」
「旧友と一緒に居るんだ。早く飲み交わしたいと思うのが人の心情って奴さ」
「お父さんに後で厳しく言っておく」
何となくだけど、テスラさんはあの三名の騒ぎの尻拭いをずぅっとしてきたのではないのでしょうか??
ほら、他の三名は自分勝手と言いますか話を聞かないと言いますか……。
兎に角、損な位置に居る事には変わりないでしょうね。
「あ、あはは。テスラさんはあの中で唯一俺の味方?? をしてくれるからね。怒ったら逆に怒られちゃうかもよ??」
「それは有り得ないです。もしも抗議の言葉を述べるのであれば更なる言葉の波で抗議の声を掻き消してみせましょう」
「そ、そっか。これ以上待たせると俺が怒られちゃうから行って来るね!!」
ふんすぅ……っと。
私の言葉で絶対服従させてみせると余裕を持った鼻息を漏らすカエデに向かって軽快な言葉を掛けてあげると、鷹の飛翔よりも素早い速度で彼等が使用する天幕へと駆け始めた。
俺達に課せられた仕事はグシフォスさん達の世話。
至極簡単な仕事だが少しの粗相が翌日の会議に響く恐れもあるので予断を許さない状況が続く。
俺が此処を発つまで飲食店の店員さんも満場一致で合格点を叩き出すであろう一部の隙も見当たらない接客術で彼等の心を安寧という場所へ導いてみせましょう!!
「お待たせしました!! 配給の品で御座います!!」
意気揚々とした心でグシフォスさんの天幕の中に食事とお酒を運ぶものの。
「ワハハハハ!! 漸く来たか!! さぁ……、今日こそは娘との契りの確約を取らせて貰うぞ!!」
「ボーの言う通りだ!! レイド!! 貴様には娘二人を貰ってもらう必要があるのだからな!!」
「御二人共抜け駆けは駄目ですよ?? うちの娘もレイド君の事を気に入っている様子なので」
「おい、貴様。俺達の食事はたったこれだけか??」
「す、すいません!! 直ぐに御持ちします!!」
「駄目だ!! 先ずは酒を飲め!!」
「そうだそうだ!! 今日も寝かさないからな!? 覚悟しておけよ!?」
天幕に足を踏み入れた数秒後に俺が持っている接客術では質の悪いお客様を満足させられないと確知してしまった。
娘さん達を預かっている手前、お酒は断れないし……。それに此処で酒を断ったのなら翌日の会議に多大なる影響を及ぼす可能性がある。
会議を大成功に導く為に俺は己の体を犠牲にする必要があるのだ。
只、それでも立場の弱い男に無理矢理酒を飲ませるのは少々不憫だとは思いませんか?? 己の立場を利用した半ば強制的な義務の履行に多少の憤りを覚えるものの。
しがない一般兵の立場では彼等に逆らえず、俺は齷齪働く働き蟻も同情の声を漏らしてしまう勢いで己に課せられた義務を懸命に履行し続けていた。
お疲れ様でした。
現在、チキンラーメンを食しながら後半部分の編集作業を続けておりますので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




