第九話 地獄の沙汰も金次第 その一
お疲れ様です。
後半部分の投稿になります。一万文字を越えてしまったので分けての投稿になります。
空の端から端まで移動しようと翼を懸命にはためかせている鳥達が俺の姿を上空から捉えると円らな瞳をキュッと大きく見開く。
彼等の飛行速度で俺の姿が映るのは一瞬の出来事であるのにも関わらず此方に向かって驚愕の目を向けたのは恐らく、というか確実に俺の目の前で仁王立ちしている女性達の所為でしょうね。
「ボケナス。テメェ、分かっているとは思うけど絶対手を出すなよ??」
「レイドも隅に置けないよなぁ。怖かったらあたしも付いて行こうか??」
マイとユウが普段よりも大変お怖い顔のまま俺を見下ろすと心臓が大変冷たい汗を流して拍動を上昇させ、その鳴動が鼓膜をドクドクと揺らす。
「いや、ユウはカエデとマイと一緒にシシリョウさんの所へ向かうんだろ?? それならそっちを優先……」
「レイドさん!! 今は私達の番ですので少し黙って下さいっ!!」
「あはは!! アレクシアちゃんの言う通りだよ――。エルザードさんと一緒に行動して何も無かったとかまず有り得ないしね――」
「主は軽率に判断し過ぎだ。今回の件は何も空からの捜索では無く地上からでも可能だった筈だ」
「レ――イド様っ。宜しければ私も御一緒しましょうかっ」
「あ、結構で御座います」
「んもぅ……。アオイはレイド様の身を誰よりも案じておりますのにぃ」
チクチクする毛を首筋に当ててきた蜘蛛さんをやんわりと押し退けると、何やら妙に機嫌が悪い女性陣達の視線から逃れる様に地面の片隅に転がる小石さんに視線を合わせた
何で俺がこうも激しく攻め立てられなければならないんだ。大蜥蜴の連中を捜索そして増援要請するだけの仕事に只出掛けるだけだってのに……。
まぁ……。彼女達は俺と一緒に行動する女性に対して一抹の不安を抱いているのでしょう。
世の女性だけでは無く天界に住まう美の女神でさえも嫉妬を覚えてしまう美貌を持つ淫魔の女王様。
彼女が一度街を歩けば男性の視線を独占し、桜色の髪をかき上げれば感嘆の声がそこかしこから零れ、しっとり艶を帯びた吐息を吐けば誰しもが彼女の所作に魅入ってしまう事であろう。
外見は誰しもが認める美女、しかし内面は……。うん、皆までは言いませんっ。
兎に角!! 俺は四角四面の態度を貫き己に与えられた責務を果たせば良いだけの話だ。
「あ、あの。カエデさん」
「私語を慎みなさい。貴方に発言の許可は与えられていません」
言いたい事を伝えたいのに喋るなとはちょっと不憫ではありませんかね!?
身分が低い者でも最低限の権利は与えられているのをお忘れなく!!
「カエデちゃん。喋らせてあげようよ。ほら、何か言いたそうだし??」
狼の姿のルーが出発の準備を整えた彼女の右肩を前足でポフポフと叩く。
「仕方がありませんね。ほら、話していいですよ」
「あ、有難う御座います。大蜥蜴の連中なんだけどさ、アイツ等は俺達の誘いに乗ると思う??」
「恐らく、いえ。先生は十中八九お金で釣ると思いますよ。傭兵と同じ要領ですよ」
大蜥蜴達は人間達と言葉を交わす事は出来ないが現金と物の交換は身振り手振りで可能となる。それに加え南のリーネン大陸に帰ったとしてもお金は使用出来るものね。
「お金か。じゃああたし達はどういった誘い文句を伝えれば良いんだ?? 後、そこであたしの太腿を枕代わりにしている食いしん坊。そろそろ退け、足が痺れて来たんだよ」
海竜様に俺の処遇を任せると判断したユウとマイが仁王立ちの姿勢から大変ゆるりとした姿勢へと移行。
足を投げ出して休んでいる己の太腿の上に頭を乗せて休んでいるマイの体を邪険に取っ払うが。
「ヤダッ!!!!」
「だ――!! 鬱陶しい!! 秒で戻ってくんな!!」
彼女は隼の鋭い切り返しの飛翔速度よりも素早い所作と速度で世界最高峰の効用を与えてくれるユウの太腿へと舞い戻ってしまった。
「移動中に考えますので御安心下さい」
「ん――!! 分かったわ!! ユウ、おやつ持って来た??」
「知らん」
「ちゅ、ちゅめた!! 冬の朝一の洗顔よりも冷たい態度じゃん!!」
あっちの班は相変わらず五月蠅いけどカエデが居れば大丈夫か。
そして今が立ち上がれる好機だな。
カエデの視線がユウ達へと向いた瞬間を狙いよっこいしょっと、ちょっとだけ格好悪い声を上げて立ち上がるとカエデと共に肩を並べて今も禍々しい圧を放つ平屋へと視線を向けた。
「今日も相変わらず酷く重たい空気だよな」
「えぇ、私も同意します」
「師匠達は兵力不足に苛まれているのは大体察したんだけどさ。大蜥蜴とシシリョウさんだけの増援で足りると思う??」
「全く思いませんね。居ないよりも居た方がマシという計算で先生は動いている筈です」
だろうねぇ……。言い方は悪いけども師匠達の力と大蜥蜴の連中達じゃあ天と地程の差があるし。シシリョウさんはあの大きな骸骨を使って後方支援に回ればある程度の戦力となると考えられる。
師匠達だけの戦力じゃあ足りず他種族に頼らざるを得ない状況か……。
あのオークの大軍勢を目の当たりにした当事者としては物凄くシックリ来る危機的状況に陥っていると理解出来てしまった。
師匠達は絶望的な戦力差を覆す為の一手を四六時中考えていらっしゃる。俺達はそれを信じて待つのみ。
師匠、本日もお疲れ様です。
多大なる労力を割いていると思われますが乾坤一擲となる策を構築して頂ければ幸いです。
姿の見えぬ我が師に対して温かな想いを向けると淫魔の女王様が大変機嫌が良さそうな歩き方で此方へと向かって来た。
「やっほ――!! お待たせっ」
師匠達が苦しんでいる状況だというのにあの無駄に明るい態度と笑み。
「あのね?? 師匠達が頑張っているんだからも――少し態度ってもんがあるでしょう??」
右手をヒラヒラと動かしつつ手の届く距離に身を置いた淫魔の女王様に苦言を呈してあげた。
「息抜きよ、息抜き。レイドは知らないと思うけどあの中の空気にずぅ――っと当てられていたら大天才である私でも気が滅入っちゃうのよ」
これから待ち構えている状況を加味すれば我慢の一択だと思いません??
まぁ言いませんよ?? 眉を鋭角にして叱ったとしても彼女の耳には説教としての単語は一切残りませんので。
「じゃ、早速行きましょうか。カエデ、そっちは任せたわよ??」
「承りました。レイド、分かっていると思いますが……」
「勿論です。制限時間は三時間、そして通常あるべき男女間の距離に努めて身を置きます」
「「「「努める??」」」」
淫魔の女王様を除くこの場に居る女性達が俺の言葉に対して顔を顰めた。
「確実に!! 一部の隙も無く!! 清く正しい距離感を保ちます!!」
「あはは!! レイドも大変ねっ。それじゃ行ってきま――すっ」
エルザードが右手を宙に掲げると目を開けていられない程の光量を放つ魔法陣が地上に出現。
それと同時に己の指先さえも見えない白い霧に包まれてしまった。
常軌を逸した魔力が体を穿ち一切の視覚が遮断されてしまうこの感覚は慣れる気がしないよ。
森の上空から捜索を開始してそれからカエデ達と合流を果たし、それから各種族の族長達の世話に取り掛かる。
目を開けても閉じても変わらない状況に陥りこれからの予定を頭の中で簡単に纏めていると徐々に白い霧が薄れ始めた。
おっ、到着かな。相変わらず便利な魔法だよなぁ。
何十日も掛かる距離をたった数十秒程度で移動出来てしまうのだから。視覚が遮断されてしまう濃い霧が晴れて北の大森林の冷たい大地に足を乗せているかと思いきや……。
「ウギャァァアアアアアア――――――ッ!?!?!?」
俺の足は地を踏む事は無く何も無い大空の中、地上に向かって一直線に落下しているではありませんか!!!!
な、何!? 何で俺の体は自由落下してんの!?
まさか空間転移が失敗したとか!?
慌てて地面に視線を向けると美しい森の緑と東西に聳え立つ山々を捉える事に成功した。
大陸の距離感は見事に当たっているけど上下の高低差を多大に間違えて空間転移をしたのか!?
体の異常事態を察知した心臓が有り得ない程の拍動を打ち、これから襲い来る死に至る激痛に対して恐れ戦いていると。
「やっほ――。自由落下の感覚は如何かしら??」
俺とほぼ同じ態勢で自由落下している淫魔の女王様の姿を捉えた。
「エルザード!! 洒落にならないって!! 早く助けてくれ!!!!」
途轍もない暴風を受けて髪がしっちゃかめっちゃかに乱れている彼女に向かって叫ぶ。
「私が子供の頃。マリル先生に叱られてさ――。上空一万メートルから自由落下の刑を何度も味わってね??」
それは貴女の私生活が目に余るから俺の母親は罰を与えたのです!!
「その頃は空を飛ぶ魔法も空間転移を唱える事も出来なかったから物凄く怖かったのよ。ほら、地面がど――んどん近付いて来るのが見えるわよね??」
彼女が己の頭の天辺に向かって指を差す。
「分かっているよ!! 後何十秒後には地面に激突するってね!!」
「そうそう。私達もそうやって目を白黒させていたんだっ」
きゃはっ!! と可愛く笑う姿がまぁ――肝が冷える事で。
「知らないよ!! 頼むから早くしてくれ!!」
「どうしよっかな――。最近レイドは私に冷たい態度を取るし?? その態度を改めて今のいざこざが終わってから私とお出掛けしてくれるって言うのなら助けてあげるよ??」
こ、この横着な淫魔の女王様め!! この状況にかこつけて無理難題を吹っ掛けて来たな!?
普段の状況下なら顔を顰めて丁寧に御断りさせて頂くのですが、状況が状況だ。これは飲まざるを得ないでしょう!!
「わ、分かった!! 飯でも何でも奢ってあげるから何とかしてくれ!!」
「んふっ、言質取ったからね。言い逃れは出来ないわよ――??」
エルザードが俺に向かって右目をパチンと瞑ると俺の体が淡い水色の光に包まれた。
「あ、あれっ!? 浮いてる!?」
自由落下による急激な速度が停止し俺の体は水面に浮かんでいる葉の様に、何も無い宙にプカプカとのんびりと浮かんでいた。
「重力操作によって貴方の体を重力の鎖から解き放ったの。そしてぇこれからは風の力を使って移動を開始しま――っす」
「おわっ!?」
彼女が俺の右手を手に取ると東方向に向かって勢い良く飛翔し始めた。
強風が頬を打つ心地良い感覚と耳を聾する激しい音圧、そして足元を流れ行く緑の景色が心に陽性な感情を齎してくれる。
精神世界で凶姫さんの体と己の体を交換して空を飛んだ事はあるが現実世界での飛翔は初めての出来事だ。
向こうと違ってこっちの飛翔は当たり前だけど現実味があり、落下という普遍的な物理現象がほんの僅かに恐怖心を抱かせるものの陽性な感情はそれを上回っていた。
「どう?? 空を飛ぶ行為は??」
「ちょっとだけ怖いけど……。うん、凄く楽しいと思うぞ」
「そっか、良かった。あ、でもちょっと残念じゃない??」
「残念?? 何が??」
「ほら、今日履いているのはズボンじゃない?? スカートだったら全部見えたのにね」
俺の右腕を持つエルザードが悪戯っぽく右目をパチンと瞑る。
「あのね?? 今俺達はこれから始まる大事に備えての行動をしているの。ふざけた態度は控えなさい」
無駄に強力な色気を放つ彼女から地面へと向かって視線を落としてそう言ってやった。
もしも彼女が言った通りにスカートを下から覗く形になったのなら恐ろしい速度で首を明後日方向に捩じり視界の外にソレを置くだろうさ。
俺が発情期の犬様に厭らしい涎を垂らしてエルザードの下着を覗いていたとカエデ達にバレてみろ。
俺の体はきっとバラバラに引き裂かれ海の藻屑となり魚達と甲殻類の美味しい餌になってしまうだろう。
たった一度の過ちで俺は輝かしい命を枯らしたくないのでね。そっち方面に傾きそうになる未熟な心を必死に御して耐えるべきなのです。
『おいおい、良いのかよ?? もしかしたら厭らしい下着を見せてくれるかも知れねぇぜ??』
心の奥底に封印してある悪しき心の声が刹那に脳裏に過るがそれを無視して引き続き何ら変わり映えの無い緑の森の木々を見下ろし続けていた。
「も――。意気地なし。じゃあ無理矢理見せちゃうゾ」
エルザードが空いている左手で上半身の厚手の服の隙間に手を入れてたくし上げて行く。
「結構です!! 大体!! カエデ達も頑張っているんだから俺達も頑張らなきゃいけないでしょう!?」
もう間も無く上半身の下着が見えてしまいそうになる瞬間に首を明後日の方向へと捩じってやった。
「は?? 何で私の生徒の名前を出すのよ」
彼女の名を聞くとエルザードが眉を顰めて俺を見下ろす。
「何でって……。カエデ達は俺達同様、増援要請に向かっているだろ?? だから俺達も彼女に負けない様にこうして大蜥蜴の連中を捜索しているんじゃないか」
微妙に憤怒の雰囲気を纏うエルザードに対して冷静な声色で俺達が置かれている現在状況を説明してやった。
「またカエデの名前を出した!! 淫魔史上最強最美麗である私を目の前にして有り得ないんだけど!?」
「機嫌を損ねたのなら謝るよ。御免な??」
「プイっ!! 知らない!!」
じゃあどうしろというのかね。君は……。
「普通――の謝罪じゃあ足りないもん!!」
「あのな?? エルザードは三百年以上生きている言わば酸いも甘いも嚙み分ける大人だろ?? だったら普通立場は逆だろ??」
「普通の謝罪よりももっと簡単に私の機嫌を直す方法が一つだけあるけどぉ……。聞く??」
聞かなかったらもっと機嫌が悪くなるだろうし此処は一つ、ものすごぉく嫌な予感がするけども聞くだけ聞いてみましょうかね。
「それは何?? 俺で出来る範囲ならするけど」
「本当!? えへへ、私の機嫌が直る簡単な方法は一つ……」
エルザードがそう話すと空の中で一時停止。俺を真正面に捉えるととんでもない言葉を放ってしまった。
「私の唇に……。レイドの唇を重ね合わせるだけよ??」
「出来る訳ないだろ!? 謝罪よりも更に難易度跳ね上がってんじゃん!!」
俺の体を抱き寄せようとする横着な淫魔の女性の体を両腕で押し返してやる。
「いいじゃん別に!! この機会を逃したら絶対後悔するわよ!?」
こ、こいつ!! 意外と力持ちだな!!
かなりの力を籠めて押し返そうとしても徐々に距離が削られちまう!!
押し返そうとする俺の力と抱き寄せようとする厭らしい力。
二つの力は一見拮抗している様に見えるが現状は僅かばかりにエルザードが勝っている様だ。
俺達の空いた距離は秒速数センチという遅々足る速度でその空間を零にしようとしていた。
「後悔よりも俺は生を取ります!! この事がバレたら洒落にならないんだから!!!!」
鼻頭に怒りの皺を寄せている深紅の髪の女性は俺の胸倉を掴み、無駄に上腕二頭筋の筋力を膨らませてその時に備える深緑の髪の女性が拳を強く握る。
一見冷静沈着な様子を醸し出しているがその実、滅茶苦茶怒っている藍色の髪の女性とその脇でおよよと涙を流す白髪の女性。
更に更に陽気な灰色の髪の女性はケラケラと笑いながら俺の悲劇を傍観し、戦士の血を色濃く受け継いだ灰色の髪の女性は黒き雷で俺の体を穿つ。
そして薄い桜色の髪の女性の背に白き翼が生えてほぼ死体となった俺を空の果てまで誘拐して未開の地に置き去りにするのでしょう……。
恐ろしい力を持って生まれた女性達から齎される拷問など生温い暴力の数々を想像すると軽率な行動は憚れる。
つまり!! 俺は彼女の誘いを確実に断らなければならない義務が生じるのです!!
「あっそ。この期に及んでも私以外の女の事を考えているのね」
「わ、分かってくれたか??」
「レイドの考えはよぉ――く理解出来たわ」
それは何よりです。
それではこのまま捜索行動を続けましょうと口を開こうとしたのですが、どうやら彼女は俺と全く正反対の事を考えていたようですね。
「レイド、貴方は女性を怒らせると怖いって事をその身を以て思い知るべきね」
「へっ!?」
彼女が俺の体からパッと腕を離した刹那。
「ウ、ウ、ウワァァアアアアアアアア――――ッ!?!?」
俺の体は緑が鬱蒼と生える大地へと向かって二度目の自由落下を始めてしまった。
な、何で落ちちゃっているの!? エルザードの魔法で浮遊していたんじゃないのか!?!?
落下し始めた時は俺の体に襲い掛かる風は春先に吹く程度の勢いだったのだが、秒を追う毎にそれは勢いを増して行き今となっては夏の嵐なんてメじゃない強烈な風へと変貌を遂げる。
重力による落下によって徐々に速度を増して行くと視界が狭まり心臓が有り得ない程の鳴動を始めてしまった。




