第六話 接待者の辛さは誰にも分かってもらえない その一
お疲れ様です。
一万文字を越えてしまったので分けての投稿になります。
西の空が赤く染まり空は一日の終わりに相応しい色に変化する。
普段より千切れ雲が少しだけ多い空の中を鳥達が澄んだ鳴き声を放ちながら巣へと帰り、地上で暮らす者達も明日に備えて今日一日の労を労おうと肩の力を抜く。
今日も変わらない日常の一部を体全体で感じると思わず肩の、体の力を抜きそうになるがそれをグっと堪えて今も閉じられたままの平屋の戸へと視線を送った。
師匠達、まだ作戦会議を続けているのかな??
数時間前にミルフレアさんが戸を開けて以来、あの戸は閉じられたままだし……。
もしかしたら平屋の戸は永遠に閉じられたままなのではなかろうか?? そんな有り得ない妄想を掻き立てる程に微動だにしていない。
それに加えて、時折聞こえて来る師匠やボーさんの怒りが混ざった叫び声が要らぬ杞憂を俺の心に齎すのですよ……。
何んとも言えない気持ちを胸に抱き訓練場から開かずの戸に向かって鋭い視線を向けているとこの場に相応しくない明るい声が耳に届いた。
「よぅ!! レイド!! 怖い顔をしてどうした??」
「あぁ、ユウか。いや、師匠達が中々顔を現さなくて心配しているんだよ」
ちょっとだけ訓練着に汚れが目立つユウと。
「あんたは無駄に心配し過ぎなのよ。ほら、あっちを見てみなさいよ。おふぁ菓子と雑談にふぁなを咲かせている女子ふぁしがいるでふぉ??」
両手一杯に甘い焼き菓子を持ち今もモックモックと羨ましい咀嚼を続けているマイにそう言ってやった。
「気を抜き過ぎだ。この星の命運を別つ会議があの平屋で行われているんだぞ?? そりゃ気もそぞろになるだろうさ」
「んおっ、これ美味そうだな」
マイの右腕の中にスポっと収まる丸く焼かれた菓子をユウが取り出そうとすると。
「ふぉん。まぁそれは分からないでも無いけど……。あぁ!! ユウ!! それは私が今から食べようとしていた奴だから駄目ッ!!!!」
「良いじゃん!! それだけ沢山持っているんだから!!」
覇王の娘さんは体全身を巧みに動かしてそれを阻止した。
もしもし?? お嬢さん達??
その場に合った雰囲気というモノがありますのでも――少し真面目な態度を取って頂ければ幸いで御座います。
「ふぅ――……。疲れた体に甘味が染みますねぇ。あっ、カエデ。もう食べないのですか??」
「これ以上食べたら夜ご飯が食べられなくなる」
「甘い物は別腹ですので大丈夫ですよ。では、この白い焼き菓子は私が……」
「とうっ!! アレクシアちゃんの貰い――!!」
「あぁ!! ルー!! それは私が貰う予定だったのに!!」
「はぁ――……。一体どうなるのやら。もう既に気が重いぞ」
「リューヴ、御安心なさい。お母様達が最善の作戦を練り上げると思われますので」
訓練場の中央で天蓋状に張られた天幕の下には羽を休めているうら若き女性達が甘い菓子と談話に華を咲かせており、その明るさは俺の心の曇天模様とはまるで逆であった。
いや、リューヴは俺とほぼ同じ空模様の様ですね。
皆が甘い菓子と明るい雰囲気に飲まれている中、一人だけ頭を抱えているのだから。
「レイド、安心しろって。父上達が完璧な作戦を考えてくれるからさ」
ユウが普段通りの明るい笑みを浮かべてくれるがその完璧な作戦によって俺の母親は亡き者となってしまうのだ。
素直に喜んでいいのか将又他者から分かり易い様に悲壮感に塗れた顔で愕然とすべきなのか……。
「あ、うん。そうだな」
取り敢えず肯定にも否定にも捉えられる表情を浮かべておいた。
「ユウ、あんたちょっと考え無さ過ぎ。うちのクソババア達が考えている作戦はボケナスの母ちゃんを殺す為なのよ??」
「そんな事分かり切っているさ。あたし達が暗いままだとレイドもどうすればいいのか分からないだろ?? だからあたしは敢えて明るくしているんだよ」
ユウが俺の右肩にそっと手を置いてくれる。その手からは確かに彼女の温かな温もりが流れて来る様に感じた。
それに……。今のユウの表情。
知り合ってから見た事が無い様な顔だった。
無理矢理にも近い形で口角を頑張って上げている。そんな感じだ。
「有難う、ユウ」
右肩に乗せられている彼女の手の上に己の手をそっと添えてそう言ってあげた。
「う、う、うん。分かってくれれば良いんだ」
ははっ、ユウも本当はガッチガチに緊張していたんだな。
俺の肩から錆びた鉄をひん曲げた時の様にぎこちなく手を外すとこれまた私は緊張していますよ――っと大変分かり易い硬い笑みを浮かべたのだから。
「何よ、ユウ。産気付く前の妊婦よりも緊張した顔を浮かべて」
「あたしはお前さんが羨ましいよ……」
「は、はぁっ!? 私だって私なりに色々考えているのよ!?」
「だぁぁああ!! 止めろ!! こっちに向いて口を開けて叫ぶんじゃねぇ!! 何か飛んで来ただろうが!!」
いつものやり取りが心に安寧を齎して曇天模様の心の空に一筋の光が差し込むとそれを見計らったかの様に平屋の戸に本日三度目の変化が現れた。
「ふぅ――……。あぁっ、つっかれたぁ」
「何よ、エルザード。たった数時間の会議でもうヘトヘトなの??」
「あんたと違って私は色々と考えていたからねぇ――」
「むぅ……。やはり残す問題は兵の配置か」
「イスハ、まだ時間はありますわ。我々は時間が許す限り最善の策を見出すべきなのです」
先ずは師匠達が平屋から出て来るとそれを追う形でグシフォスさん達や補佐役を務めた方々が平屋の戸を潜り抜けて来る。
「グシフォス!! 俺は腹が減ったぞ!!」
「五月蠅い。聞こえているからもう少し静かに話せ」
「テスラ!! 今日は寝かさないからな!! 俺達に付き合えよ!?」
「ネイトさん達の飲み会は少々強引過ぎる所がありますからね。僕は分相応に飲みますよ」
「ふぅ――……。何だか肩が凝りましたよ」
「フェリスさんの場合はそれの所為じゃないですか??」
「まぁっ、うふふ。ファールさんったら御冗談が上手いんですから」
「冗談じゃあ無いんですけどね……」
よ、よし!! 会議初日の終わりに相応しいお出迎えをしましょうかね!!
「師匠!! お疲れ様でした!!!!」
訓練場へと続く階段を下りて来る傑物達に向かい、誰よりも先に駆け出して万人がお手本にしたくなる角度のお辞儀で迎えた。
「うむっ、出迎え御苦労じゃ」
「それで……。どうでした?? 話の進捗具合は」
いつもより少しだけ元気が無い笑みを浮かべる師匠に問うた。
「方向性は見出せた。後は細かい所の調整じゃな」
「そうですか。では明日も引き続き会議が行われるのですね」
「まだまだ時間が掛かりそうじゃて。何せ癖が強い連中ばかりじゃからのぉ」
師匠がそう仰ると訓練場の中央へと視線を送る。
「マイちゃん?? 皆の迷惑になる事はしませんでしたか??」
「はぁ!? 開口一番がそれ!? 私は言う事を聞かない餓鬼か!!」
「その餓鬼にも劣る身の振る舞いをしているのでこうして尋ねているのですよ??」
「落ち着け、フィロ。マイはマイなりに与えられた仕事をこなしていたのだろうから」
「さっすが父さん!! 話が分かるぅ!!!!」
「そういう所ですよ。さて!! 今日は親子水入らずで語り合うわよ!!」
「あ、いや。俺はボー達と飲む予定が……」
「私もユウ達と楽しく飯を食べる予定が……」
「あんた達の予定は聞きませ――んっ」
マイはフィロさんとグシフォスさんと楽し気?? に家族の会話を進め。
「ユウ!! イスハ達から聞いたぞ!! しっかりと鍛えて遂に覚醒をモノにしたのだな!!」
「え、えぇ。まぁっ……」
「わはは!! 流石俺の娘だ!! そして……。いつになったら初孫の顔を見せてくれるんだ??」
「そ、それはあたしにはまだ早いかなぁって。あはは……」
「子は早い方が良いと何度も言っているだろう!? 何だ!! レイドじゃ不満なのか!?」
「あなたの声は無駄に大きいので他の種族の方々に迷惑が掛かってしまいますよ」
「俺は気にしない!!!!」
「私は気にするのです。大体、会議の時だって……」
ユウはボーさんとフェリスさんの会話に若干しどろもどろになり。
「カエデ、お疲れ様。どうだい?? 最近は頑張っているのかな」
「普通」
「そ、そっか。エルザードさんから聞いたけど術式の構築に頑張っているんだってね。彼女も舌を巻く勢いだって言っていたよ??」
「そう」
「それよりもあの淫らな格好と姿勢はどうにかなりませんかね。我々海竜の名が穢されたら一大事ですよ。まぁカエデの実力が目に見えて成長しているのは喜ばしい事なのですが……」
「恥ずかしいから向こうで話して」
カエデはテスラさんとフューリンさんの四角四面の態度に難色を示し。
「アオイ様、お疲れ様です。イスハ様から覚醒の力を見事会得したとお聞きしました。アオイ様の日頃の鍛錬が遂に実を結んだとして私は欣快の至りとして感無量の想いを胸に抱いている次第であります」
「も、もう大袈裟ですわ!!」
「そう謙遜しなくて良いのですよ。アオイは我等蜘蛛一族がどの種族よりも優秀であると証明してくれたのですから」
「左様で御座いますか。いや、私も出来ればアオイ様の間近で拝見したかったですね」
アオイはシオンさんとフォレインさんの口撃に四苦八苦しており。
「リューヴ!! ルー!!」
「びゃっ!? お、お父さん。急に大きな声で話し掛けないでよ」
「わはは!! 聞いたぞ――。遂に覚醒の力を会得したとな!!」
「これも父上の指導の賜物です。己の力に奢らぬ様、これからも日々精進を続けますので何卒ご指導ご鞭撻の程を宜しくお願いします」
「リューヴ、お父さん相手にそう硬くならなくても良いのよ?? 今は親子だけの会話だからさ」
「そうそう――。レイドと仲良くしている時みたいに柔らかい笑みを零せばいいのにっ」
「や、喧しいぞ!! 目上の者には礼儀を尽くせと習っただろう!!」
「や――!! 尻尾噛まないでぇぇええ――!!!!」
ルーとリューヴはネイトさんとファールさんの前でいつも通りの明るい様子を見せ。
「それでは失礼する……」
一族の族長であるミルフレアさんが一足先に帰ってしまった為、ライネさんは一人静かに用意された天幕へと向かい。
「ふぅっ……。しかし肩が凝りましたね……。これも全て我が主の粗相が大いに影響しているのでしょう」
そしてエルザードは疲れた顔のグウェネスさんと……、あれ?? エルザードが見当たらないぞ??
横着で自由奔放の淫魔の女王様の姿を探していると。
「――――。私の事、探していたの??」
「どわぁっ!?!?」
真後ろから突如として甘い声と性欲を無駄に刺激してしまう女性の香が発生した為、自分でも正直引いてしまう程の声量を上げてしまった。
「きゅ、急に話し掛けるなよ!!」
キャアキャアと五月蠅く鳴る心臓の頭をヨシヨシと撫でて激しい動悸を収めつつ話す。
「だってぇ無防備な背に性欲を刺激されちゃったんだもんっ」
もんっ、じゃあありません。貴女は一族の代表として此処に居るのでもう少し場に合った態度を保ちなさい。
「はぁ、驚いた……。師匠から伺ったよ。細かい話が決まって無いんだってね」
「これ!! モア!! メア!! 食事の配膳の段取りを説明しろ!!」
「あ、はぁ――い。少々お待ち下さいね――」
「やっべ!! これ重過ぎるだろ!!」
目を疑う大きさの御櫃を訓練場の中央に運ぶ狐さん達に視線を送りながら話す。
いやいや、あれは一体誰用の御櫃なのかしら??
巨人御用達の大きさに思わず目を見開いてしまいますよっと。
「そっ。大まかな流れは決まったんだけどね?? 私を含めて我が強い連中だからさぁ。面子が――とか。俺はもっと激しい戦場に身を置きたい――とか。もう嫌になっちゃうわ」
「我が強いと自覚していたんだ」
「ふふっ、まぁね。本当は貴方も聞くべき……、ううん。聞く権利があるんだけどさ……」
エルザードがそう話すと悲しそうな表情をふっと浮かべて視線を落とす。
「自分の母親を具体的にどう殺そうかと相談しているんだ。実の息子である俺が居たら決まる作戦も決まらないだろうさ」
彼女が言い難そうにしていた部分を完全完璧に補足してあげた。
そう、これから始まる作戦には一部の隙もあってはいけないのだ。
不安分子を除くのは当然の事だろうね。
「ごめんね?? 本当は貴方を支えなきゃいけない立場なのに……。逆に困らせてしまって」
「ははっ、いつもの様子はどうした?? らしくないじゃないか」
「もう!!!! 私だって普通の心を持つ女の子なんだぞ!! そこを汲みなさい!!」
「いてて!! 分かった!! 降参するよ!!」
エルザードが俺の臀部をこれでもかと力を籠めて抓るので軽い笑みを漏らして降参を伝えてあげた。
「ふんっ!! 有難うね……。私達を見限らないでいてくれて」
可愛い怒りの感情は何処へやら。
親しい間柄の異性に向ける本当に温かくて柔らかい笑みを浮かべて俺の目を直視してくれた。
美しい桜色の髪が微風に乗って微かに揺れると彼女の左目に掛かり。
「っと……」
前髪を嫋やかな所作で直すと万人を魅了する綺麗な瞳が再び現れた。
美の女神様が発狂して嫉妬する美麗で端整な顔の女性が浮かべる笑みは破壊力抜群であり、俺は己の動悸を悟られまいとして必死になってぎこちない声で答えた。
「前も言っただろ?? 赤子の頃の記憶は全く無いって。それに今も実感が無いんだよ。これから血の繋がった親を殺そうとする事に対してね」
「辛かったらマイ達と突入しなくても良いんだよ??」
「いや、一度決めた事だから。それにアイツ等を纏めるのはカエデだけじゃあ荷が重いだろうし……」
「マイちゃん?? まだ話の途中だけど何処に行くのかなぁ??」
「あんたらの食事の配膳があるんだよ!! ってな訳であばよぅ!!!!」
「よう!! カエデ!! あたしは何を運べばいい!?」
「カエデちゃん!! これは何処に運べばいいのかな!?」
「カエデ、随分お疲れの様ですが大丈夫ですか??」
「ふぅ――……。空きっ腹にこの匂いは少々酷だぞ」
「あら?? リューヴ、お腹の音が聞こえましたわよ??」
「先ずは各自、自分の種族の族長達にあのふざけた大きさの御櫃から御米を取って配膳して下さい。それから順次運ばれて来るおかずも自分の種族に。足りない所は私が適宜指示を送りますので」
深紅、深緑、灰色、白、薄い桜色。
色とりどりの花達に囲まれて一人汗を流す彼女の姿を見ているとどうしても手を差し伸べたくなるし。
と、言いますかカエデさん?? もう少し眉の角度を直したら如何でしょうか。
可愛い顔が台無しになってしまいますよ??
「むぅ!! 私の生徒ばかり見過ぎ!!」
エルザードが俺の右肩を可愛い拳でポカンと叩く。
「そりゃ見るだろうさ。俺の役目は我が分隊長の補佐なんだからね」
さてと、いつも通りならそろそろこわぁい指示が下る筈だぞ。
『レイド。そこで道草を食っていないで早く此方を手伝って下さい』
ほらね?? 思った通りだ。
「それじゃ仕事に戻るよ」
カエデの念話を受け取るとエルザードに対して軽く右手を上げて訓練場の中央へと向かって駆け始めた。
「うん、いってらっしゃい。今日は残念だけどクソ狐の母屋で寝ているから夜の営みは明日以降ね??」
御免なさい、此処でそんな事をしたら上半身と下半身が永遠のお別れを告げてしまうので出来ません。
寧ろ此処以外でも駄目ですけどね。
お疲れ様でした。
現在、後半部分の編集作業中ですので次の投稿まで今暫くお待ち下さいませ。




