堕落編 16話 アイファズフトの繭4
歪。その一言で表現できる私の背中から生える翼。黒く濁り部屋全体を不定型な形で覆うソレは畝り、壁を穿ち、この場の全てを威圧していた。
「一瞬で感情を切り替えたか。褒めてやる、私の予想以上だ」
この圧に気圧されたふみふみは顔から冷や汗を垂らし、『陰影舞踏』を構えながら後退りをする。その他、黄依ちゃんの反応は嬉しそうに、薔薇ちゃんはずっとぼっーとしていた。
「褒めれば手を緩めるとでも?」
「思ってねーよ」
私が翼でふみふみを攻撃した瞬間、何かに弾かれ翼が仰け反らされ攻撃が失敗する。
「蘇芳ちゃんを傷つけられるのは私としては困るんだよねぇ。相手は私がするよ。私を殺せば黄依ちゃんは戻るかもよ?」
「ッ⁉︎ 黄依ちゃん……! やっぱり、竜胆柘榴に身体を乗っ取られて……」
黄依ちゃんの感情生命体化は確実に進行している。おそらくDRAG使用がキッカケで起きた現象だが、そこに竜胆柘榴が介在している方法がわからない。
人の身体に憑依する特異能力の存在、というよりかは肉体操作という点に於いて白夜くんの『死体操作』が黄依ちゃんの身体の状況に一番近い。
『白夜くんの特異能力が死体ではなく生者に適応されるのは、『調律』による特異能力の強化が原因? いや、きっとそれもだけど、他にも憑依を成り立たせた条件が他にもある。考えられるのは竜胆柘榴から作られたDRAGの使用。その上で『通過儀礼』を"柘榴を黄依ちゃんに殺害させる"という下準備で済ませた。他に考えられる要因は二つ……黄依ちゃんは人を殺した経験や白夜くんへの好意も持ち合わせていたこと。もしそれら全ての条件が合致したことで、この能力を発動させたというのであればこの能力が現実に現れるのも頷くことはできる。だが、竜胆柘榴の意思体の殺害だけが憑依の鍵となりうるのであればこちらは手出しは不可能。むしろ、奴が無敵である事が証明される。流石にそれは無いと信じたいが……そんな不確かな可能性で黄依ちゃんを殺せるか? ……今はそれを考えるな。目の前の"化け物"を殺すことだけを考えろ』
黄依ちゃんはナイフを両手に構えながら、私に応戦しようとする。それを迎え打つかのように私もギアを上げる。
『──『過負加速』』
「ふふっ……『過負加速』」
奇しくも黄依ちゃんも同タイミングでの荷重加速を行う。私がそれを認識した次の瞬間には、両手のナイフから『僻遠斬撃』が飛んできているのが分かった。
私はそれを翼で防ぎ、こちらも打撃の『僻遠斬撃』を使う。手数では翼の分こちらが上。
音速を超える衝撃波を防ぎ、衝突し合い、轟音が響く。黄依ちゃんの顔は歓喜に満ちこの闘いを楽しんでいる様子であった。彼女は感情生命体化によって特異能力の乱発も可能になっている。それも相まって今まで抑圧してきたものを解放してしまっているのだろう。
『どちらの体力が先に尽きるか……。人数差の問題も埋められない!』
そもそも、黄依ちゃんの身体を乗っ取っているであろう竜胆柘榴の存在。彼女の奪ってきた特異能力が全て黄依ちゃんの身体でも健在なら、全ての前提が狂う。時間稼ぎが手一杯だろう。
『既に何千と拳を打ち込んだことか。やるなら速攻、短期決戦。もしくは搦手を……せめて心を読まれる前に……』
『痛覚支配』を『僻遠斬撃』に乗せれば、相手の動きを止められる。
特異能力の3つ同時使用……翼を使ったこの状態なら出来る。
「……来る」
瞬間、今まで私の攻撃を危うくも全て捌いていた柘榴はナイフを腰に戻し、衝撃を身体で受けた後、特異能力を発動時特有の熱を放出させた。
『──瞬間移動……? でも、『過負加速』状態なら光速で動こうとも対応可能。カウンターか……?』
瞬間、私の攻撃を防いだ『自死欲』……教祖と時と似たような感覚がする。
「……⁉︎」
「──『不和』」
特異能力を三つ同時に使った、初見殺しの私の切り札。
それを黄依ちゃんはたった一手で防ぐ。
「『特異能力を無力化する特異能力』。正確には旋律を乱し、拡散させ、超能力という事象を無に帰す力。『調律』に対する『不和』……朝柊ちゃんの反転はこうなるのよ」
「ッ……!」
私が放った衝撃波は霧散し意味をなくした。
この時の為に先の闘いで手札を隠していたのだろう。
「『欲を強くする』正に『強欲』の願いの反対。『無欲』……他者の欲を、願いを、無に帰す願いの力。美徳と定められた人として生きるには大きすぎる欠陥。そう思うだろう? モミジ」
「全て掌の上ということね」
ふみふみは渇いた笑い声と一緒に手を叩きながら紅葉に語る。




