堕落編 15話 アイファズフトの繭3
『先生は衿華ちゃんの対処に瑠璃くん一人で充分だと言った。衿華ちゃんの『衝動』があったこの状況下で先生が動けていたのはおそらく瑠璃くんの特異能力のお陰。私のせいで瑠璃くんの様子はおかしくなったから、特異能力を使えなくなったのは聴いていたけど、今は治ったのだろう。良かった……』
私は技の溜めの時間に様々な事を思考する。
『衿華ちゃんのことは瑠璃くんに任せよう。それでどんな結果になったとしても瑠璃くんなら大丈夫。特異能力を全開放すれば取り返しの付かないことには絶対にならない。だから二人にはちゃんと後で謝る。そこの筋を通すのはやるべきことをやってから……』
身体の向きを変え、私は寮の方へ突っ切る体勢を取る。
『私が、今やるべきことは黄依ちゃんと薔薇ちゃんの危機を救うこと。二人の気配は寮のほうだ』
そして私は、まるで短距離走者のランナーがスタートする時ような前傾姿勢となる。専門用語で『クラウチングスタート』というものだ。より水平に力を加え前に進む為の姿勢。
…………『力動』では主に自身の感情コントロールによる"歪み"を現実に放出することに重きを置いている為、それだけをマスターしたとしても実践として使うには余程の出力が必要となる。
それを"武術"として昇華させたのが『筒美流』だ。竜胆柘榴のように"殺し合いの才覚"があるものは、特段必要としない技術ではあるが、人体力学の考えを基礎とし、いかに効率よく戦闘に於いて上手く立ち回れるか、戦場という環境下に於いてどれだけ感情を燃やしつつも、冷徹でいる事に重きに置いた技術で有る為、習得には"才覚"が必要不可欠で有る。
私は葉書お姉ちゃんの模倣を肉体レベルで行う。舞を真似し、武へと至る。私がやっている事は所詮猿真似だ。だが、喩え猿真似だとしてもそれを体系化させた祖父とお姉ちゃんは計り知れない程の天才だ。
「──急ノ項『瞬花』」
筒美流対人術、急ノ項『瞬花』は遠距離から目標へと接近する為の技だ。『蒲公英』の時、祖父が行った発信機でマーキングした相手への超長距離跳躍、アレの短距離バージョンだと思えば良い。
『瞬花』はマーキングする必要はないが、射程範囲が縮む。いけておおよそ、1キロメートルが限界だろう。それに私の場合は溜めが必要になる。欠点は、方向転換できない事。もし、跳躍先が想定していた事態と異なっていた場合、私はそれに対処できないし、ここから私の探知能力で索敵したとしても、私は彼女達の位置情報しか認識できない。
『どうなっているかわからない……怖い』
溜めが始まった瞬間、脳裏に浮かぶ恐怖の感情。止めが効かない跳躍が始まり私は焦って『思考加速』を使う。
索敵に引っかかったのは四人。黄依ちゃん、薔薇ちゃん、朝柊ちゃん、そしてふみふみ……。全員まだ生きてる。
『良かった。生きてるならまだ取り返しが……』
方向転換を繰り返し、そして私は寮の中へ玄関をぶち破り突入する。
「お待たせ! みんな大丈……ぶ?」
周囲を見渡した瞬間、杞憂だと思っていた筈の先程感じた恐怖がより強く、その光景を見た私が吐き気を催してしまうほど、絶望的な状況だった。
「よう……丁度良い所に来たなぁ! モミジ。来る事も勿論想定済みだぞ。……クハハ、残念だったなあ」
「……あ」
ふみふみは眼帯を取ったまま片目を押さえ乾いた声で笑っていた。彼女の影は気絶した朝柊を優しく持ち上げていたが、ふみふみ自身、とてもじゃないがもはや人間が出せる程の『衝動』を放っていなかった。
「エリカはルリの方に行ったのか? そうなるわな、……めんどくさいなぁ。後で説教かぁ……意味ないだろうなぁ……」
そして、その対面にはDRAGを使ったであろう、黄依ちゃんと薔薇ちゃんの姿があった。
「ぁ……」
人は絶望すると声すらままならないくらいになる。私はそれが人間に備わっている気持ちを守る為の防衛機構だと、自身の父親を殺してしまった時を思い出す程だった。
『なんで黄依ちゃんから『自死欲』が……違う、これはまた別の……『殺人衝動』。竜胆柘榴と同質のもの……』
思わず口を塞ぎ、その場で嗚咽を漏らすが。やはり何も出ない。私はここ最近碌に何も口に通してないこと思い出すとぶわりと全体に油汗が滲み出る。
『感情生命体化……黄依ちゃんと薔薇ちゃんが……⁉︎ どうしよう、どうしよう、どうしよう……。なんでその可能性を考えなかった……!』
私の反応を見て申し訳なさそうに笑うふみふみは何かを思いついたように笑うのを止め、上目遣いで昔のように言葉足らずの幼い女の子の様な声で私に語りかけた。
「予想通りの反応だな、ごめんな! コレが一番効くと思ったから! なぁ、今どんな気持ちだ?」
その声を聴いた瞬間、私の中で何かがキレたと同時に昔、黄依ちゃんと衿華ちゃんと私から約束したあの言葉を思い出す。
『じゃあさ、万が一私が『感情生命体』になったら殺してくれる?』
次の瞬間、私は特異能力と『同調』と『自死欲の翼』を全開にしていた。
「えぇ……そうね。じゃあ、今すぐに全員楽にしてやるわ──下衆畜生共」
能力の全開放と共に放たれた爆音の下でも、小さく放った私の感情的なその台詞がこの異常な空間に響いていた。




