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どうか、この世界を私たちに守らせてください。  作者: 華蘭蕉
Act five 第五幕 lunatic syndrome──『感情の希釈』
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堕落編 17話 アイファズフトの繭5

「そうそう、掌の上なんだよ。全て仕組まれたお前を陥れる為の罠。だから素直に私らに捕まってくれねーかな? 互いにそっちの方がめんどくさくないし、痛い目に遭わずに済むと思うが」

「それで私に何の利があるのよ?」


 私はふみふみの方ではなく、黄依ちゃんの方を見る。すると彼女は嘲笑するように私に笑って返した。


「何もないよね〜」


 黄依ちゃん……というか竜胆《りんどう》柘榴《ざくろ》は味方同士であるはずのふみふみを揶揄うように笑う。


「チッ……言うなよ糞が」


 やはり、私を懐柔するのが目的……。もし、私の身体が傷つくもしくは私を死に至らしめるような事があれば樹教の目的は瓦解する可能性もある。


 いや、『死体操作《マリオネットコープス》』が相手の能力にある時点でそれは違う。私が死ねば相手の思う壺。


『……考える事が多過ぎる! 今は死に直結するような安易な行動も許されない。逃げたところで光速の能力を持つ二人にはどこまでも追いかけてくる。やっぱり殺してでも止めるしか無い』


 もう一度覚悟を決めた瞬間、私は大きく息を吸う。


 幸い、今感情生命体《エスター》となった黄依ちゃん、薔薇ちゃん、ふみふみの三人、各々と戦うのであればまだ勝機はある。特異能力《エゴ》が通用しないのであれば、力動を使えば良いだけ。それに一番厄介なのはやはり竜胆柘榴の意志を宿した黄依ちゃん。


 彼女と目が合った瞬間この部屋全体の空気がピリッとした緊張感で満たされて、身体が震える。


 今、私が一番やらなければいけないのは彼女の間合いに斬り込むこと。


『──筒美流対人術『花影《かえい》』+『速度累加《アクセラレーション》ッ!』


 瞬間、私は黄依ちゃんの死角に入り込み彼女の脚を蹴り体勢を崩させる。


「ッ⁉︎」

「やるね!」


 黄依ちゃんはニヤけながら崩された体勢でこちら側を向き腰の二本のナイフを両手で引き抜こうとする。それを読んでいた私は事前に彼女の手首を押さえて、顎を目掛けて飛び上がり膝で蹴りを入れる。


「──ッ‼︎」

「不味い」

『脳を揺らした! この瞬間なら特異能力《エゴ》発動にタイムラグが出る──『痛覚支配《ペインハッカー》』』


 視界の端で黄依ちゃん諸共私を特異能力《エゴ》で攻撃しようとするふみふみと、薔薇ちゃんが銃を此方に向けているのが分かった。


『痛覚支配《ペインハッカー》』を防げずにその場で脱力する黄依ちゃんの足を踏み、頭を抱えて拘束し、いつでも指を頭に突き刺せるように、薔薇ちゃんからの射線が通らないように、彼女の体を防壁にし私は隠れる。


『痛覚支配《ペインハッカー》』の効力は私の身体が黄依ちゃんの身体から離れない限り失われない。それに触れている間は、神経の遮断を行っているからこの状況を打開する為の特異能力《エゴ》を使うのには相当の集中力がいる。憑依したばかりのその身体で充分に身体を使いこなすことは難しいはずだ。それに発動させたなら、その予兆に熱が放出される。柘榴が引き金を引くのなら私も引き金を引こう』


「人質かよ。油断も隙もねぇ」


 ふみふみはその瞬間、溜息を吐きながら『シャドウ』の発射準備を行う。


「……筒美さん! 黄依さんを離して下さいまし!」

「アナタにとっては人質としての価値は無い。でも、薔薇ちゃんにとっては……?」


 私はふみふみの方へその言葉を問いかける。それ聴き意図を理解した薔薇ちゃんは、攻撃体勢を取ったふみふみの方へと銃を向ける。彼女がそれに気付くと、両手を挙げて攻撃体勢を緩めた。


「なんて事しやがる。それが最善手でも一歩間違えば相棒を殺すことになるのにな。善悪の呵責とかないのな」


 私の行動に唾棄するようにふみふみは言う。


「生憎、人以外にそんな高尚な感情持ち合わせるだけの感性が私には無いの」

「冗談ならもっと面白いのを言えよな。つまんねぇよ声震えてるぞ?」

「何を勘違いしてるの?」


 私はふみふみの煽りを一切聴く耳持たず、どんどん黄依ちゃんの頭に指を近づける。黄依ちゃんは抵抗はできずただ私の拘束の中で強制的に脱力させられていた。だが、触れている肌から熱を帯びているのを感知すると、私は指を黄依ちゃんの頭に当てた。


「どうせ殺しても死喰い(タナトス)の樹のせいで死ぬ事も出来ない、黄依ちゃんとは約束もしていた……なら」

「ッ⁉︎」

「なら……折り合いは付けられるよね?」


 すっとまるでケーキに包丁を入れるかの如く、私の指がズブズブと黄依ちゃんの頭の中に入っていった。そして中の脳を少々破壊して指を引き抜く。流れ出る鮮血と周囲の反応は部屋全体に異様な空気に包み込む。


「脳を破壊すれば特異能力《エゴ》は発動しない。最初からそうしておけば楽だった。思いついても、出来なかった……。あぁ……そっか私に足りなかったのはそれを行う覚悟だったんだ……! ははは……! 人ってこんな簡単に死んじゃうんだね」


 どさり、と重い音を立てて倒れる黄依ちゃんの体。血で濡れ紅葉色に染まった楓の葉の様な私の手。親友を殺したという罪からくる感傷を指先に残る嫌な感触がよりそれを引き立てる。


 だけど、もう泣かない。泣けない。笑えない。笑いたくない。もう何も感じたくない。この失った表情に進むと誓ったから。どれだけ願っても取り返しは付かないから。


 その感情が私を強くする。どれだけ世界から疎まれても、どれだけ人間から憎まれても。


 世界で一番私の事を憎んでいるのは私。何も良い方向に運べない私自身。その手で父を殺し、義兄姉を殺し、親友を殺した。


 あと幾つ罪を抱えて、大切を失えば私は強くなれるの?

 数える事ももう疲れた。この行為達に意味が無い事は分かってる。でもそうしなきゃいけなかった。


 私は人を守って世界を少しでも良い形にしたかっただけなのに。


 私は何の為に、私は何で人を。私が無力だから。

 起きた事が理不尽だから? 


『他責主義は成長しないらしいよ』


 脳に響く声がこれまでのもの全部無駄だった事を教えてくれた。また救えなかった。うまく出来なかった。殺してしまった。どうして?


 わからない。嫌だ。怖い。でも進まなきゃいけない。


 なら……この手を血で染めたなら、この荊の道を全て鮮血で満たすまで。赤く、紅く。緑の葉達が紅葉するまで。枯れて堕ちるまで。


「頑張れ、私! 裏切り者はあと三体だ」

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