殺人鬼編 43話 タナトスからの幣物6
柘榴の脚はもはや少しの衝撃で取れそうなほど皮一枚で繋がった状態となった。
これで彼女は四肢の内、二つ……左右一つずつ手足を失った。さらに今奪ったのは柘榴が発動させる特異能力の威力上昇を司る、朝柊ちゃんの脚。
先程思考したとおり、彼女が自身の身体に移植した部位は言わば『特異兵仗』と同じような役割を果たす。その為、部位破壊したところで他者から得た能力自体を失うわけでは無いが、それでも特異能力の威力の減衰が期待される。朝柊ちゃんの特異能力の効果から考えればその減衰効果は柘榴が万全に放つ事のできる効果の三分の一程になるだろう。
そして、私も全力を出してしまった。この後来る『自死欲』の反動は想像するだけで鳥肌は立つ。今は、脳内麻薬が分泌されているお陰で立てているのに過ぎない。
なので、油断は出来ない。
だが、柘榴にとっては左脚のそれは大きな負傷だ。機動力も奪ったのだ。この状況をひっくり返すには感情生命体特有の肉体の再生能力があればできるが、その様子はない。再起不能は確実だ。
「……ふふふ〜的確に……適切に……弱点を突いてきますね〜段々と意識が朦朧となってきました〜」
ぶつぶつとどこか恍惚とした表情で虚空を眺め、柘榴は呟く。もはやこちらの思考を読むことすら難しい状態なのだろう。私ももう限界は近い。
このまま、最後はふみふみに……。
瞬きをし、もう一度柘榴の方を確認しようとした瞬間、突然それが起きた。
目の前が真っ赤な血に染められると同時に柘榴の叫び声に近い笑い声が聞こえた。
「うふふふ! あははははは! 痛い……、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!でも嬉しい……満たされる! 痛いのは辛い事なのに! ……この感情! 色々な人の混ざり合ったこの感情! この感情にどんな名前をつければ私はもっと満たされるのでしょう〜!」
柘榴は自身の足を自ら残った左手でちぎったのだ。
その、あまりにも不可解で妥当性のない行動に私は咄嗟に防御の姿勢を取る。それが誤りだった事に気付いたのは私が完全な体勢で防御術を展開し、コチラの機動力が下がった後だった。
「……『中継地点』!」
柘榴は右手と左脚に陰を生やしながら地面に触れるとその場から一瞬で消える。
理屈は解せないが、消えた瞬間、私は悪い予感がし柘榴の狙いが私ではない事に気付いた。
もし、柘榴は他の特異能力者の力の効果と居場所を知ることができるのなら……
もし、瞬間移動の能力を強化して距離を自由に伸ばせるのなら……
彼女が今狙うべきは、肉体の修復する事ができる特異能力者!
私は咄嗟に通信機を付けて名前を叫ぶ。
「翠ちゃんッ!」
「……どうしたの⁉︎ 紅葉ねーさん、今蟲達の対処に追われてる! できれば手短に……ッ!」
「瑠璃くんが危ないッ! 目標を手負いの状態で逃した! 今、あの子の居場所は……」
瑠璃くんはこの作戦に参加していない。今、居るとしたら護衛軍本部か寮の中……。
ここから、直線距離でおおよそ5km程だろう。私が全力でその後動けなくなっても良いという条件なら20秒以内……流石に無理があるな……。あそこは病院で最短距離で突っ込んだら周りに与える被害で患者さんたちへ被害が……。
「……は⁉︎ いや…………そうか……そういう事。じゃあ全力で送る! 酔いだけ気をつけて! それで、絶対今の状態の瑠璃くんにだけは闘わせないで!」
私は翠ちゃんからもらった弾丸を手に握り目を瞑る。
翠ちゃんなら瑠璃くんの為にいつでもマーカーとなる弾丸を持たせているはずだ。居場所が分からなくてもすぐに彼の元へ辿り着ける。
そして銃弾を握った瞬間、何度か自分が移動させられた感覚がし、それが止まる。瞬間移動が終わったのだ。
私はすぐに目を開けて、状況を確認する。
ここは病室……それも特別待遇の……萵苣ちゃんの病室だった。状況は萵苣ちゃんが瑠璃くんを柘榴から守るように立っている。予想とは逆の光景だ。瑠璃くんが萵苣ちゃんを守っているものだと思っていた。
それ程までにこの前の私とのやり取りが……
いや今はその事を考えている暇は無い!
不味い、不味い、不味い!
萵苣ちゃんじゃあ柘榴は退けられない……!
「…………⁉︎」
「久しぶりだね、殺人鬼さん。君もまたこの輪廻の理に従ってこの現代に再現されたんだね」
その言葉を呟く萵苣ちゃんはまるで瑠璃くんの特異能力──『絶対領域』のような領域を解き放っていた。
自身の危機を察知したのか柘榴は足をとめ、瞬間移動して来た私の方も振り返った後、再び萵苣ちゃんの方を注視した。
「……まだ、瑠璃のようにはいかないけど私達の身を守ることくらいなら出来るよ」
「貴女……誰ですかぁ〜?」
柘榴は今まで見せなかった苛立った表情を見せながら、低い声を出して萵苣ちゃんを睨んだ。
「女王だよ。この世界を作った」
萵苣ちゃんが声を発した瞬間、柘榴は重力に逆らえなくなったかのように、押しつぶされるように床へと跪く。しかし、それに反して柘榴はこれまで人に対して見せた事のなかったかのような怨みを持つような表情で萵苣ちゃんをじっと睨んだ。
「…………やっぱり存在しましたかぁ〜。夢の為に一番殺すべき『人間』──『理不尽』……!」
「『機械仕掛けの神』──その名前は好きじゃないんだ。演出技法としてもね。まるで私が、つまらないって言われてるみたいじゃん。だから、私のことは萵苣って呼んでよ」