殺人鬼編 38話 タナトスからの幣物1
旧霊園の明け方、太陽が地平線から完全に顔を出した。木漏れ日が程よく眩しく、木陰がまちまちと存在するこの森の中。
旧霊園という肩書きさえ無ければ近くの池と相まって良い感じの自然公園などになったであろうに、それを勿体無いと残念に感じてしまう私がいた。
それ程までここは何故だか居心地が良く、安心に近い感情を抱いていたのだ。私にも自然を慈しむ心が残っていたのは安心だった。
私──筒美紅葉が眼前の少女──竜胆柘榴と戦うことによって、その感情は心の中からは消えてしまった。だけど、私がここまで怒りの感情を露わにしても頭の中で何処か冷静でいられたのはここがやはり落ち着く場所だからなのだろう。
「ふふっ〜二人きりだなんて少しドキドキします〜さて、これから何を語り合って、何をして、どうやって私達はわかり合っていくんでしょうね〜?」
落ち着いたトーンで逆に浮ついたような甘ったるい声が妙に私の癇に障る。別に彼女の声質が嫌いだとかそういう訳ではない。所謂、生理的に無理というやつだ。これまでも男に対して何度も感じてきた感情ではあったが、女の子に、それもまた私が知る美しい顔を持つ少女と並べても遜色の無い程に彼女の顔は美しかった。特にシトリンのような黄色の宝石を細かく砕いて散りばめられたような瞳のハイライトが美しく見えた。片目の髑髏模様がそれを台無しにしていたけど、正直言って護衛軍の仲間の過去背景が無ければ改心させ口説き落とす事も選択肢に入れたくらいにはタイプではある。
が、ここまで見た目が整っている女の子に対して生理的嫌悪感……特にここまで薄気味悪く歪んだ殺人欲求を感じたのは初めてだったので、驚きと共に彼女のペースに乗せられてはいけないと感じながら、私は彼女に聴きたかったことを思い出す。
「語り合い……? そうだ、貴女に聞かなければいけないことが有るわね」
「なんですか〜? 私を口説いてくれるんですか〜? 貴女なら喜んで誘いに乗りますよ〜」
ウィンクをしながら嬉しそうに顔を赤らめてこちらを見つめる彼女。なんだその酷いアピールは。顔がタイプなだけマシなのか、寧ろだからこそ怒りが沸いてくるのかよく分からない。
「……残念だけどそれは此方からお断りするわ。だって貴女、私が世界で一番嫌いな女の下僕なのでしょう?」
「…………成程〜。それは本当に残念ですね〜」
「そうは見えないけれど」
「バレちゃいましたか」
笑顔で彼女が言うものだから、一応聞いてみたのだがどうやら本当に嘘らしい。コイツにとってあの女は私よりも総合的に人間性が勝っているから私には靡かないということだろうか。
「……あら、誤解させましたね〜。別に死神さま達同士を比べている訳ではないんですよ〜。そもそも二人は価値観の相違がかなりある"他人"だから貴女が劣っているなんて考えたことないんですよ〜」
「……」
やはり、特異能力の複合により、他者の心を読めるのか。情報通り察しが良すぎる。私達の作戦は私ですら知らないから分からそこは問題無いとして、私にとって一番嫌なタイプの敵だ。
「分かりやすく言うと死神様には性欲とかそういうもので使えているんですけど〜、貴女に求めてるのは自死欲に踠いて苦しんでいる姿なんですよ〜ふふふ、他人の願いで苦しめられる貴女の姿〜本当に最高です〜」
「……あ?」
「お姉さんは貴女に最高の恵投をしましたね〜」
──ああ、理解した。コイツは私を怒らせたいんだ。
なら、後悔させてやる。私と葉書お姉ちゃんを怒らせた事。私たちの在り方を生き方を見せ物みたいに見てきて馬鹿にした事。
そして、今ので私が聴きたかった質問の答えが分かった。コイツは屑で自死欲の下僕でどうしようもないほどに人でなしなんだ。
どいつもコイツも碌でなししか居ない。
「はは……人生楽しそうで何よりだわ!」
「えぇ〜! "一度きり"の人生ですから〜。やれる事はやらないと損じゃないですか〜!」
「屑ね。じゃあ、罪を償ってもらおうかしら」
私が翠ちゃんに合図を出そうと手を挙げようとした瞬間、そいつは目を輝かせながらまるで夢が叶った瞬間の人間のように笑っていた。
「もちろんです〜! やっぱり、貴女と私はとても似ているみたいですねぇ〜怒らせて正解でした〜」
「どこがよ、貴女なんかに似てないわ」
「自分では死んでも死にきれないから〜人に殺してほしいって嘆願するのは、流石に私と同類では〜?」
「…………ッ!」
私が動揺したその瞬間、樹教の幹部の特異能力を使ったのか、原理は分からないが私へ触れられる距離まで瞬間移動して、私に耳打ちした。敵意が無かった為、そして殺意を直前まで消していたため力動では探知できなかった。
「殺して欲しかったらいつでも言って下さいね〜」
私はまた一瞬で間合いを取る。と同時に翠ちゃんの狙撃銃による牽制が飛んできた。柘榴は音速以上で飛んできた銃弾を易々と陰で弾く。
一瞬出力を全力にしたため、冷や汗と共に脂汗が出た。
「はぁ……はぁ……」
「ふふふ……少しからかっただけですよ〜」
「今ので私を攻撃しなかった事、後悔するわよ」
「……はぁ、分かってないですねぇ〜。元々貴女を殺す気はないので別に何も思いませんよ〜」
「……そう。なら貴女に私は殺せない。そうね……殺されるなら、あの子がいい」
私は脳内に瑠璃くんの顔を浮かべる。私にとっての唯一の救い。同じ事を薔薇ちゃんにも出来るとは思うけどそれを私の事を好きでもない人に頼むのは嫌だし、迷惑をかけるだろうから無理だった。
だって私は善意で大好きな人に命を終わらせられたいから。
「……ふふふ〜。なら、頑張って私を殺してみてくださいよ〜」
「言われなくてもそのつもりよ」




