殺人鬼編 37話 賊害に於ける呵責5
その瞬間、色の無かった世界に鮮血の赤が広がる。そして、その赤が世界を色づかせる絵の具のように広がっていくと止まっていた筈の時が動き出し、僕へとその反動が疲労として返ってきた。
僕は膝を突き、竜胆は痛みに苦むように、無くなった右腕の生え際を左手で添えていた。
「右腕は取った……! だが……」
「題先輩の特異能力……僕にすら疲労が来るなんて……。戦闘続行は不可能なようだね。でも、良くやったよ、白夜くん」
「……」
無くなった右腕を見て沈黙する竜胆。
ここまで彼女の対策をしておいてこれを感じてしまうのも不思議だが、何か違和感を感じる。
この違和感の正体は恐らく俺が彼女に対して抱いていたイメージが現実のものと違うことだろう。
もっと竜胆柘榴という人間は狂っていなければ納得がいかない。誰がどう見ても裁かれなければいけない人でなしでなければいけないのだ。だのに、現実で見た彼女は自身の罪を認めながらそれでも尚此方へ刃を突き立てながら後ろを振り返る事なく突き進んでくる人間にしか見えない。
もし、竜胆の人格を根本的な部分で僕達護衛軍が履き違えていたら……? 認識的には既に彼女は樹教の手の中の筈だ。利害が一致しての共闘、もしくは教祖による洗脳どちらか分からない。現在に於ける竜胆の立ち振る舞い自体元来のものなのか、それすら分からない。
だが、クソ……。それを確かめるにはもう身体が動かない。
そう思った瞬間、所要が僕に向かって叫んでいる様子が見えた。
「白夜くんッ! 何でもいい防御を!」
「……?」
油断したのか僕は竜胆の接近に反応が出来なかった。攻撃を避けようとしても脚が縺れて動けない。父さんや題先輩は僕の能力の限界の為動かない。
「……くッ!」
彼女の左手が僕に触れそうだった。
「……?」
その瞬間、竜胆の左手の掌には穴が空いていた。その事実に気づいた彼女は瞬時に顔を歪ませて笑い恍惚な表情となった。わざと攻撃を喰らったのだろうか。
音で感知出来なかった事からも弾を放つ際に起こるエネルギーを力動による強化付与で誰かが彼女へ銃撃を行ったのだろう。そんな芸当をするのは一人くらいしか思い当たらないが……
そして、遅れて銃声が聴こえるとともに、貫通した銃弾があるであろう場所に少女が現れた。
「──筒美流攻戦術序ノ頁『花紋』」
「ふふ〜来ましたねぇ〜。私達の死神さま」
大きく振りかぶった拳を竜胆は片方だけの前腕で受ける。決して弱い筈の無い打撃ではあるが、流石に防御術の結界を多重化させダメージを受け流していた。
「チッ……死神は貴女を操っているあの阿婆擦れ女の方でしょうが……」
「あらあらあらあらぁ〜! 最早言葉を取り繕う余裕すら無くなってきましたかぁ〜」
赤色の目をした無表情の少女と竜胆は間合いを取り、そう言葉を交わした。
「筒美さんか……助かった……が、本当にいいのか?」
「……えぇ、まぁ。最近は調子がいいから。だから、ここからは私達に任せて引いてほしい。コレ、受け取って」
そういうと彼女は銃弾を僕と所要に投げ渡した。色絵翠さんの特異能力によりテレポーターの役割を果たす銃弾だろう。
「一人でやる気か?」
月並みな評価であるが、物凄くイヤな予感がする。筒美さんを本当に一人で戦わせても良いのか……?
「大丈夫。あの子がカバーしてくれる。全てはもうふみふみの術中だから、『収集家』を逃す事はないよ」
そう言いながら彼女はそのボブに揃えたサラサラな髪を手首につけていたリボンで結び、ポニーテールのような髪型にする。
「……同調」
急激な熱の放出と筒美さん自身の雰囲気がガラッと大人びる。姉である葉書さんの臓器を使用し同調させる荒技。これを行なっている間は、達人とも称されるレベルの筒美流の使い手の技術力を得ることができるらしい。
「ふふふふふ〜やっぱり私と同じで愛している人の身体を自分の中に入れているのですねぇ〜」
それでも余裕そうに竜胆は甘ったるい口調で筒美さんを煽る。その瞬間、筒美さんが滾れせていたERGが怒り模様に変わった。だが、いつも通りの無表情。それがより一層彼女の怒りを引き立たせていた。
「私達は貴女のとは違う」
「いいえ〜この世界でその愛の形を共有出来る唯一の存在ですよぉ〜貴女は『幣物』を、私は『恵投』を。なので借りているに過ぎないんです〜。そこには何も違いはないんです〜」
「……『借りている』ね。奪い取ったの間違いじゃない? 泥棒の常套句よそれ」
「あらあらあら〜。だって本当に借りているだけですよぉ〜?」
「……は?」
そのような事を言った瞬間、竜胆は僕に取られた右腕を地面から拾いまるで大切なものを愛でるかのようにして此方を見てくる。
「白夜くん〜あなたが良ければ返しますよ〜」
「……ッ!」
「この顔は流石に返せませんけどねぇ〜」
それを聴いた所要は竜胆に対して怒りの表情で睨みつける。
本当に彼女の台詞と行動が一致しない。
一体何なんだ、コイツは。何が目的なんだ?
「耳を傾けないで、白夜くん。時間を稼ぐからあなた達は早く離脱して」
「あぁ……」
「あら〜残念。私としては全員からリンチにされるのでも良かったのですけどねぇ〜」
竜胆がその言葉を吐いた瞬間、筒美さんは先程とは比べ物にならないくらいの速度で距離を詰めた。恐らくは『速度累加』と『力動』の組み合わせ。
竜胆の方もそれが分かっていたのか、失った腕を埋めるように陰を生やし腕を作ってそれで防御していた。
「『陰影舞踏』……百合ちゃんの能力です〜」
「……甘くは無いわね。流石、光速の能力といったところかしら。さてと、ここからね。翠ちゃんお願い」
「頼んだぞ……筒美さん」
「無茶だけは駄目だからね、紅葉ちゃん」
竜胆が筒美さんに気を取られている内に僕ら二人は離脱に成功した。
果たしてこの離脱という選択は間違いだったのか、それは今の力を使い切った僕等には分からなかった。
…………
……
否、もし竜胆柘榴という『生物』の正体が分かっていたとしても正しい行動を取れたかどうか分からない。
そう、僕らはどうあっても分かり合え無かったのだ。根本的なところが特異能力者として似通っているといっても、そこまでやるなんて誰も想像出来なかったのだ。
『──無垢な少女を絶望させるのには罪悪感で事足りる』
いつしか"仮面の男"が言ったであろう言葉は本当になり、全てが終わった後なら最早この時点で取り返しのつかない状態に近い事であったことは明白だし、納得できる。
『賊害に於ける呵責』を僕よりも誰よりも理解していたのは竜胆の方だったのだ。




