殺人鬼編 5話 特異兵仗5
筒美さんは朝柊さんからそう言われるとナイフを霧咲さんに投げ渡し、今度は『速度累加』を使うように促した。
「『速度累加』か……。元々、コスパが良い特異能力だから、黄依ちゃんが特異兵仗を持った時は能力の質が上がったんだよね」
「ええ、そうね」
ここで一つ、霧咲さんの『速度累加』と『花間』や『花影』、『徒花』等の相手との間合いを図るいわゆる筒美流対人術の違いおさらいしておこう。
これらに該当する筒美流対人術は結論からすれば、脚に負担をかけ脚力を強くする事で自身の移動速度をコントロールしているに過ぎない。謂わば、肉体強化の上で成り立っている高速移動なのである。
その為、『花間』等を使うのであれば同時に自身の足を防御術による強化が必要になってくる。これは元々、筒美流の『四方技術』と呼ばれる『攻戦術』・『防御術』・『対人術』・『舞空術』4つの基礎を全て満遍なく理解していなければそれぞれの応用技が使いにくいという特徴からくるものであるが、裏を返せば戦闘においての応用性の高さが窺えるものである。
というのも、習得難易度が難しい代わりに筒美流奥義というのは『四方技術』を組み合わせることによって臨機応変且つ多種多様な攻撃・防衛の組み合わせが可能という性質も持つ。何か一つの作用を引き起こす特異能力とはそもそも使用する場面というものが違うのである。
そして、『花間』等の欠点を挙げるとすれば速度を上げれば上げるほどそのコントロールが難しくなり、同時に展開する防御術もかなりの練度を要求されることとなる。
つまりは、筒美流対人術では高速移動にかなりの負荷をかけなければ発動が出来ないという話に落ち着く。
余談ではあるが、自身の身体をエネルギー体であるERGに換装すれば際限無く速度を上げることが出来ると、技の開発者である筒美封藤氏は仰っているらしい。理由はERG体となり速度を上げたとしてもERGは自身の持つスピードが速くなれば早くなるほど軽くなるという性質を持っているからだ。その為、周りに多大なる影響を及ぼさなくても光速で技を仕掛ける事が可能となる。
だが、そうなればERGは高速になればなるほど質量が極限に小さくなり、物理的に影響を及ぼす為の質量エネルギーが無くなる。流石に質量がマイナスになる事が無いにせよ、ERGが光速に達すればその質量はやはり光の粒子並みの質量となる。結論、光速で動けたとしても実質、その速さに力を乗せる事が出来ないのである。
この弱点をカバーするような技は筒美封藤氏を始めとした師範級の以上の人間なら使うことはできるであろうが、そもそも自身の身体をERG体に換装するという技術自体、私達からすれば意味の分からないレベルのものである。例えるとするなら、数字という概念をはじめて知り足し算等の計算ができる子供というのが私達であるならば、彼らは一生かけて研究しても辿り着かないような概念を数字として取り扱い呼吸をするようにその問題を解いているのである。
それくらい圧倒的な差が私達にはあるのだ。
一方で、霧咲さんが持つ特異能力である『速度累加』は様々な物理法則を無視して生物、非生物問わずそのものの動きを加速させるものとなる。だから、筒美流のように加速のために防御術を纏ったり、空気抵抗による衝撃波の発生を恐れる必要は無い。勿論、加速させそのまま力を敵にぶつけるのであれば霧咲さん自身の身体にもその力がかかる為上手く使わなければいけない能力ではある。その弱点をカバーするのに『僻遠斬撃』はかなり相性の良い能力となる。その為、『速度累加』と『僻遠斬撃』を組み合わせた『加速斬撃』は強烈な技となる。
通常、特異能力は『支配域』を超えるような能力の発動の仕方はできない。『支配域』というのは文字通り、特異能力が作用できる範囲の広さのことである。
『速度累加』の『支配域』は生物や非生物だけでなく、重力などの物理的な力の作用から自身の思考能力といったかなり広い範囲の概念までその効果を作用することが出来る為、汎用性の高い特異能力となるわけだ。
特異兵仗が今まで与えられた特異能力者は基本的に特異能力に使われる体力を減らし尚且つ、この『支配域』を広げるという変化を遂げることが多い。
だが、霧咲さんの『速度累加』はこの両方においてはなんのサポートも無く、充分に発揮できる。だから、霧咲さんが特異兵仗を得て、強化されたものは……
「『速度累加』──閃光」
加速できる上限であった。
目で追うにはもはや理論上不可能である亜光速を彼女は初速の時点で放ち、私達を追い抜かす。あの筒美さんでさえも霧咲さんの行動が全て終わった後に振り返っていた。




