第47話 遊戯の第二幕
ヴァグラゲルの姿を追って、レンリとリセナは暗い通路を駆け抜けていた。
足音が、細長い廊下の奥へ吸い込まれていく。
船体の軋む音が、低く廊下へ響いている。
潮の匂いが、肌にまとわりつくほど濃くなっていた。
先を走るリセナの白銀の髪が、照明の切れ目に沈んでは、また淡い光の中へ浮かび上がる。
その少し先を、男の背中が横切った。
「――いた!」
レンリが声を上げる。
男は振り返らなかった。
通路の先にある扉へ手をかけ、そのまま中へ姿を消していく。
レンリとリセナも、その後を追った。
扉を抜けた先は、先ほどの大広間とは違う、こぢんまりとした部屋だった。
天井は低く、壁際に並ぶ照明も心もとない。
レンリは足を止めた。
ヴァグラゲルの姿がない。
背後で、扉が静かに閉じる。
その音が、妙に大きく響いた。
レンリは魔力感知を行う。
けれど、ヴァグラゲルの気配はどこにも捉えられなかった。
代わりに、部屋の中央で何かが舞っている。
白い紙片。
目を凝らすと、数字の描かれたカードだと分かった。
空中でゆるやかに上下しながら、不規則に動き続けている。
だが、数が多すぎて一枚一枚の絵柄までは追いきれない。
声が響いた。
「予定外だが、遊戯の第二幕を始めるとしましょう」
声の主の姿は見えない。
だが、この声と言い回しは、ヴァグラゲルのものに違いなかった。
そう思った直後、また声が続いた。
今度は、ヴァグラゲルの声ではなかった。
「先程の遊戯を生き残った皆さんには、次なる遊戯に挑んでいただきます」
人の声を真似ているようではあるものの、抑揚が不自然に均一な声。
魔術で編まれた音声だと、レンリはすぐに気づいた。
「生き残った……?」
リセナが小首を傾げる。
「たぶん、最初から……こうなるように仕組んでたんでしょ」
レンリは舞うカードを見上げた。
「さっきの大広間で、遊戯と称して乗客同士に殺し合いをさせて、生き残った人たちには、ここで次の遊戯に巻き込もうとしていたってこと」
不愉快そうに眉を顰めて、レンリは吐き捨てるように呟く。
「まったく、悪趣味にも程があるね」
部屋に響く声はなおも、平坦な調子で続く。
「この部屋には、一から五十二までの番号が記されたカードと、道化師の絵柄のカードが二枚。計五十四枚が舞っています」
レンリは空中を勢いよく回っているカードへと視線を向ける。
「道化師のカードを手にした場合は、無条件でクリアです」
声が続く。
「それ以外は、数字の大きいカードを持つ方から優先的にクリアとなります。
クリアできる人数の上限は、参加者の半数――クリアできなかった方には――、ペナルティとして死を与えます」
レンリは息を呑んだ。
「なお、制限時間は五分。制限時間内であれば、他の参加者からカードを奪っても構いません。
その手段にも制限はありません。拘束、傷害、殺人――あらゆる手を用いて、生き残ってください」
レンリは額に手を当てた。
「くっだらない……乗客同士で殺し合いをさせた挙句、今度は生存権の奪い合い、殺し合いって。
人間をゲームの駒みたいに扱って、どこまで下劣で趣味が悪いんだって」
その隣で、リセナは何も答えなかった。
ただ、舞うカードを見ている。
レンリが声をかけるより早く、リセナが床を蹴った。
次の瞬間、白銀の髪だけが視界を横切った。
「えっ……」
伸ばされた手が、舞い続けるカードの中から、二枚をほとんど同時に掴み取った。
リセナはそのまま床へ着地した。
レンリへ歩み寄り、リセナは手を差し出した。
「あ、え……リセナ……?」
手の中にあったのは二枚のカード。
その二枚にはいずれも、道化師の絵柄が描かれていた。
「こんな茶番に付き合っている暇は……ない」
リセナは短く言うと、レンリに札の一枚を握らせた。
レンリは呆れたように苦笑し、呟いた。
「いや、まったくだ」
その時だった。
「――あ、あああ――!」
合成音声が、不自然に途切れた。
「ありえな――い、不正、不正行為、を、確認――」
音の高さが揺れ、言葉の継ぎ目がずれる。
まるで、想定していない事態に処理が追いついていないかのようだった。
「は? 何が不正行為だ。リセナもあたしも、あんたらの提示したルールに違反していない。
まあ、そもそも、そんなものに従う必要も理由もないけどねっ!」
レンリは叫ぶが、合成音声にはまったく届いていない。
「参加者すべてを――失格――ペナルティとして――死を――死を! 与えます!」
途端、天井の一部が、音を立てて開いた。
暗い穴から、大量の水が一気に流れ込んでくる。濁った水流が床へ叩きつけられ、瞬く間に部屋を満たしていく。
「なっ!? リセナ――!」
レンリは反射的に手を伸ばした。水位は、すでに足首を越えている。
舞っていたカードが水流に巻き込まれ、白い紙片が水面を跳ねて散らばった。
リセナもレンリへと視線を向け、手を伸ばす。
レンリは、差し出された手を強く握り直した。




