第14話 冷気の砲を断ち
蜘蛛の魔族が放とうとしているものが、どれほど危険な代物なのか。
レンリには理屈として説明できなかった。
だが、それが絶対に受けてはならないものだということだけは、本能で理解できる。
洞窟の空気そのものが悲鳴を上げているようだった。
魔族の口腔に集まった青白い光は膨れ続け、周囲の冷気を巻き込みながら圧縮されていく。そのたびに岩壁は白く凍り付き、天井からは細かな氷片がぱらぱらと降り落ちた。
呼吸をするだけで肺の奥が痛くなる。
冷気はもはや温度ではなく圧力だった。
見えない何かが全身へ圧し掛かり、身体の奥から凍り付かせようとしている。
もしあの光が解き放たれればどうなるのか。
考えるまでもなかった。
防げない。
避けられない。
そして今のレンリには、どうすることもできない。
魔力は尽きている。
障壁術式を展開する余力など残っていなかった。
ただ、その場に立ち尽くすことしかできない。
だからこそ、自然と視線は目の前の少女へ向かっていた。
白銀の髪を揺らしながら、白銀の少女は静かに立っている。
迫り来る極寒の魔力を前にしても、逃げようとする様子はない。
剣を構えるでもなく、身構えるでもなく、ただ真っ直ぐに魔族を見つめていた。
その背中は小さい。
だが、不思議と頼りなくは見えなかった。
むしろ、今この場で最も揺らいでいないのは彼女だけなのではないかと思えるほどだった。
『グガァァァァァァァァァッ!!』
咆哮が洞窟を震わせた。
次の瞬間、魔族の口腔から極寒の奔流が解き放たれる。
青白い光は一直線に迸った。
冷気と氷気を帯びた膨大な魔力が津波のように広がりながら押し寄せ、洞窟そのものを呑み込まんとしていた。
岩壁が凍り付く。
地面が白く染まる。
視界が青白い光に埋め尽くされる。
逃げ場など存在しない。
洞窟いっぱいに広がったその奔流は、まるで極寒そのものが形を持って襲い掛かってきたかのようだった。
レンリは息を呑む。
恐怖すら追いつかなかった。
あまりにも巨大で、あまりにも圧倒的。
世界そのものが青白い光に塗り潰される。
その中心で、白銀の少女だけが動かなかった。
そして。
魔力の奔流が二人を呑み込もうとした、その直前。
白銀の少女はゆっくりと剣を振った。
力みもない。
声もない。
まるで目の前に垂れ下がった糸でも払うかのような、あまりにも自然な一閃だった。
だが。
その瞬間。
世界が裂けた。
「――え?」
レンリは何を見たのか理解できなかった。
青白い奔流が真っ二つに割れている。
押し寄せていた魔力の濁流が、まるで見えない境界線に沿って左右へ押し分けられていた。
避けたのではない。
防いだのでもない。
相殺したわけでもない。
ただ。
斬られていた。
「う、うそでしょ……!?」
震える声が漏れる。
裂かれた魔力砲は二人を避けるように左右へ分かれ、そのまま洞窟の壁面を削り取りながら出口へ向かって突き抜けていった。
轟音とともに洞窟の外へと放たれた冷気は森を白く染め上げ、やがて徐々にその輝きを失っていく。
後に残ったのは、静寂だけだった。
白い霧が洞窟の壁から立ちのぼる。
強烈な、冷気の残滓。
凍てつく靄が漂う幻想的な光景の中で、白銀の少女だけが微動だにせず立っている。
『ば……ばかな……』
蜘蛛の魔族の掠れた声が響く。
先ほどまでレンリを追い詰めていた怪物は、自分の目の前で起きた現象を理解できずにいるようだった。
それはレンリも同じだった。
だが。
次にレンリが目にしたのは、さらに意外な光景だった。
白銀の少女は魔族を見ていなかった。
その紅い瞳が向けられていたのは、自らの手に握られた剣。
無表情のまま。
――いや。
違う。
よく見れば、その瞳には微かな戸惑いの色が浮かんでいる。
何かを思い出そうとしているような。
何かを確かめようとしているような。
そんな眼差しだった。
「この……力……」
小さな呟きが零れる。
白い靄の中へ溶けてしまいそうなほど弱々しい声で。
「まだ……」
少女の指先が僅かに震える。
そして彼女は剣を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「この力……なに……?」
その声には困惑が滲んでいた。
まるで自分自身のことなのに、自分でも分からないと言わんばかりに。
やがて少女は顔を上げる。
そして不意にレンリの方を見た。
真っ直ぐな紅い瞳だった。
問い掛けるような視線だった。
レンリは一瞬だけ言葉を失う。
だが次の瞬間には、驚きも困惑も限界を超えていた。
「いや、こっちが聞きたいよ!!」




