第4話
『交信できないとはどういうことですか』
真城コウタロウの声には、丁寧な物言いに反して、あきらかに〝怒り〟の成分が含まれていた。ドクターは真城の恐ろしさを充分に理解していた。目的のためなら身内でも躊躇なく犠牲にする、冷淡さ、残忍さを──その証拠にさっきから冷や汗が止まらない。
「くわしいことは調査中ですが、おそらく受信体に問題が生じたとおもわれます」
『問題とは』
真城の冷淡な問いに、ドクターは狼狽する。
真城とは、専用の暗号回線をつかって電脳間通話をしているから、盗聴の心配がないことはわかっているが、それでもドクターは情報漏洩を怖れて言葉を慎重に選んだ。
「あの、やはり通話ではちょっと……」
『そうですか、わかりました。いまから大事な会議があるので、それが終わったらそちらへ伺います』
通話が切れた。
「……ふうゥ」
ドクターは肺に溜まっていた空気を一気に吐き出すと、額に浮いた汗を拭った。
× × ×
グレゴリー・オオシマは、意気込んでいた。ここが一世一代の大勝負である。充分な根回しもしてきた。この日のために時間と金をいくらつかってきたことか。しかしそれもすべて、今日で成就するのだ。
マシロ・コーポレーション本社ビル・第二会議室──
すでに十一人の取締役が席についている。そこに、真城コウタロウが、「遅くなりまして申し訳ございません」と言って、会議室に入ってきた。遅れてきたわりには急ぐ様子もなく、ゆっくりと指定の席についた。
「それでは早速、先日議題に上がりました件について──」
と切り出した真城の言葉を遮って、
「その前に真城代表にたいして審議したいことがあります」
と、グレゴリーが立ち上がった。会議室に緊張が走る。グレゴリーはつづけた。
「先日、真城代表による使途不明金の存在が発覚いたしました。現状、その件に関して捜査がはいることが決定しております。つきましては、この捜査により真実があきらかになるまで真城代表のすべての業務権限剥奪の動議を提案いたしたいと存じますが、皆様いかがでしょうか」
他の役員から次々と、「異議なし」との声が上がる。真城は無表情でそれらを眺めていた。
(これでマシロ・コーポレーションは俺のものになる)
と確信したグレゴリーは意気揚々となった。
「では、ご異議がないようですので早速採決に入りたいと存じます。真城代表のすべての業務権限剥奪の動議にたいして賛成の方は挙手──」
そこでいきなり、何者かが会議室に入ってきた。グレゴリーは、興を削がれて怒りを覚えたが、見ると民間警察官の制服を着た男たちだった。会議室が騒然となる。警察官は五人、そのうちの一人が標的を確認すると、一直線に歩を進め、グレゴリーの前で立ち止まった。
「グレゴリー・オオシマさんですね」
グレゴリーは状況が吞み込めず、困惑した。
「どういうことだ」
「グレゴリー・オオシマさんですね」
警察官は無感情に繰り返す。
「そうだ。それが──」
今度はグレゴリーが言葉を遮られる番だった。
「あなたに企業スパイ防止法違反の容疑で逮捕状が出ています。わが社の尋問機関までご同行願います。あなたには黙秘権があります。あなたには弁護士を選出して相談する権利が──」
「ま、待て! なにを言っている! なんで私が!」
問答無用で、グレゴリーの腕には手錠、後頭部の端子には電脳拘束具が差し込まれた。
真城は腕時計ばかりを気にしていた。
グレゴリーが連行されていった。グレゴリーに便乗して、利益を得ようとしていた他の役員たちは、驚きと恐怖に震えた。
グレゴリーの逮捕劇のあと、真城は平然とこう発言した。
「それでは会議を続けたいと思います。先日議題に上がりました──」
真城の、何事もなかったかのような振舞いに、その場にいたものは皆、戦慄を覚えた。
× × ×
マシロ・コーポレーションが所有する施設のなかに、社内の人間にも知られていない、隔離施設があった。その隔離施設に、真城コウタロウが、SPをも同行させず、一人であらわれた。
「ドクター、説明を」
真城はドアが開くと同時に、そう言い放った。白衣を着たドクターが真城にかけよる。
「代表、お待ちしておりました。早速ですが、ご覧いただきたいものが」
ドクターはそういうと、ホログラムがある場所まで誘導した。ホログラムは、花弁を何層にも重ね合わせて放射状に咲かせた花のような形をしており、それはゆらゆらと揺れていた。
ドクターは、頭のなかで何遍も繰り返し、練習した台詞を口にした。
「これは、通常時の受信体の精神波です。そして現在の精神波がこれです」
ドクターがキーボードを叩く。すると鮮やかに咲いていた花は萎み、光の円だけが残った。よく見れば光の円はわずかに波打っていた。
「ご覧の通り、ほぼ活動しておりません。つまり、情報集合生命体との交信がいまは不可能な状態になっております」
「原因は」
「精神波のこの反応から推察しますと、おそらく情報思念体が肉体から離脱してしまったものとおもわれます」
真城は、精神波のホログラムから目を離さずに言った。
「死んだ、ということですか」
死んだ? あの状態を〝生きている〟といえるのか、ずっと以前から死んでいた、の間違いでは──と、ドクターはおもったが、口にはせず、
「いえ、肉体はいたって健康な状態です。しかし、いまのままでは中身が空っぽな抜け殻とおなじ。霊媒としての能力は本来、情報思念体に属するものです。これではアンテナを失ったラジオと同じです」
「解決策は」
「情報思念体をみつけて肉体に戻せば、あるいは……。しかしそれこそ砂漠の中からひと粒のダイヤを探すような話で──」
「探してください。代わりの霊媒者はいません」
無理だ。
「しかしそれは、先ほども申しましたように、ほぼ不可能──」
真城は、ドクターに発言を許さず、つづけた。
「ドクター、この研究施設が存在する理由と、あなたがここにいる理由が、わかりますか」
はじめからドクターに選択肢はないのだ。
「……はい。早急に取りかかります」
真城は去った。
ドクターは、椅子に座ると、両手で頭をかかえた。緊張から解放されて身体が震え出した。
なんとかしなければならない、受信体の情報思念体を探し当てて、肉体にもどさなければ。さもないと次は自分が──




