第3話
女型アンドロイドは、見た目は小柄な女だが、重量は少なくとも八〇キロはあった。本多はそれを背中に担いで、ヘトヘトになりながら自分の部屋まで運んだ。
とりあえず女型アンドロイドをベッドの上に下ろす。充電をする必要があるが……
「アンドロイド用の充電器なんて持ちあわせてねえよ」
と、本多はふつうのアダプタをもってきて、アンドロイドの首のうしろにある端子とコンセントをつなげてみた。オレンジ色になっていたこめかみのLEDチップが、青色にもどり点滅をはじめた。充電がはじまったらしい。
「やれやれ、とんだ厄介事を背負いこんじまったな」
と本多は独り言ちた。
ひさしぶりに暴れて、すこし神経が昂っているのかもしれない。こんなときは熱いシャワーを浴びてとっとと寝ちまおう、と本多は決めた。
× × ×
翌朝、本多はソファの上で目覚めた。今朝は夢の中でミンチになる寸前で起きることができたのでラッキーだった。
ベッドのほうを覗きこむとLEDチップはまだ点滅をつづけていた。
「充電はあとどれくらいで終わる?」
本多が尋ねると、アンドロイドが機械的な口調で答えた。
[充電時間はあと八時間二分五十八秒です。Charging in progress. ETR: 08:02:58]
「はあ? アンドロイドってそんな電気喰うのか」
それに、専用のアダプタではないから時間がかかりすぎるのかもしれない。
[充電時間はあと八時間二分五十三秒です。Charging in progress. ETR: 08:02:53]
アンドロイドは繰り返す。本多は深い溜息をついた。
× × ×
夜、仕事からもどると、アンドロイドはソファにすわってテレビをみていた。
「充電してくれてありがとう」アンドロイドがいった。「あと、たすけてくれて、ありがとう」
「お、おう」
──なんか調子狂うな。
ふつうの人工知能なら「充電してくださりありがとうございます」と答えるところだ。昨晩も感じたが、このアンドロイドは妙に人間臭い受け答えをする。
本多は自分を落ち着かせるためにコーヒーを淹れることにした。
「帰っていいんだぞ。お前の持ち主も待ってるんじゃないか」
本多はドリップパックに湯を落としながら言った。
「いないよ、そんなの」
アンドロイドはぶっきらぼうにこたえた。
「いない? お前、捨てアンドロイドか」
「なにそれ。人を捨て犬みたいに言わないでよ」
生意気なやつだ。さすがに本多はむっとした。
「お前、口のききかたがなってないぞ。ったく、どんなチューニングしてんだよ。ほんとにアンドロイドか?」
「アンドロイドじゃないもの、私」
本多は呆れてアンドロイドをみつめた。
「お前がアンドロイドじゃない?」
「ウン。あと、オマエっていうのやめてくんない。さっきからオマエオマエってさ。真城シュリです」
「なにが」
「私の名前は、〝真城シュリ〟です」
これはマズいのでは──本多は考えた。このアンドロイド、自分を人間だと思いこんでいる、ヤバいアンドロイドなのかもしれない、と。
(突然、暴れ出したり、爆発したり、しないよな)
動揺を隠すために、本多は熱いコーヒーを口に運んだ。
「そういえば」女型アンドロイドが口をひらく。「私がスリープ中にエッチなことしなかったでしょうね」
本多は思わずコーヒーを吹き出した。
「するかッ!」手の甲で口を拭いながら、「俺に人形遊びの趣味はねえよ!」と本多は身の潔白を訴えた。
女型アンドロイドは、しばらく疑いの目で本多を見ていたが、ハッとなにかを思い出したようだった。
「あ、そうだった。この機体に〈性器オプション〉付いてなかったんだっけ。はは、残念でしたね。本多ミチロウさん」
「はァ! お前ふざけんなよ。最初っからわかってて言ってたろ。だから……って、ちょっと待て。なんで俺の名前を知ってる? まだ名乗ってないぞ」
「だって、そんなのスキャンすればわかるでしょ。基本的な個人情報くらいなら」
そう言うと、アンドロイドの両目が赤く光った。それは本多自身をスキャンしているサインだ。
「やめろ! 勝手に人のIDを見んじゃねえ!」
「そんなにいやならロックをかければいいのに。本多さん、ダダ漏れだよ」
「くッ……」たしかに面倒臭がってそこらへんの設定を後回しにしていたことは否めない。いかん、このままでは不利だ。形勢逆転しなければ。「お、お前がアンドロイドじゃないって? じゃあ、こめかみのソレ! ソレはなんだよ!」といって、LEDチップを指差した。
「シュリ」
「え」
「真城シュリ」
「え? ……ああ、シュリ……シュリな。シュリのソレはなんなんだ。アンドロイドの識別チップだろ」
シュリはこめかみに触れながら、「たしかに本多さんの言う通り、これはアンドロイドの身体。だけど、中身は私、〝真城シュリ〟なの」と言った。
本多には何を言っているのかさっぱりだった。
「私にもどういうわけか、わかってないんだけど、つまり、肉体を離れた私の〈情報思念体〉が、このアンドロイドの機体に憑依してしまった、ということみたいなの」
「……情報思念体」
「そう。知ってる、情報思念体のこと?」
「いや、あんまり」
「そう。じゃあ説明するわね。まず、量子幾何学とスーパーエンタングルメント理論の融合によって人類の念願だった統一理論が完成したんだけど、その過程で付随的に証明されてしまったの、情報体の存在が。情報体は物質的な実体はもたず、グラフ構造のなかで情報のやりとりをおこなってるんだけど、それがまさに脳のニューロンネットワークと同じだったわけ。つまり、情報体のなかには思考や思索をしているものが存在していて、それはすなわち人類が太古から信じてきた〝霊魂〟や〝神〟の実在を意味していたの!」
急に興奮気味になって饒舌に語りだしたシュリに、本多は気圧されていた。
「お、おう。くわしいんだな」
「うん。大学院で専攻してたからね」
「そうか……つまり、こういうことか。君は幽霊で、いまはそのアンドロイドに取り憑いてると?」
「まあ簡単にいうとそういうことね。うまい具合に電子頭脳をハッキングできてるみたい」
「……」
馬鹿馬鹿しい。とてもじゃないが信じられない。そんな話、信じる奴がいるかってんだ……でも、なにかひっかかる。〈真城シュリ〉という名前、どこかできいたことあるような……えッ、まさか!
「まてまて。〈真城シュリ〉ってアレじゃないか、マシロ・コーポの……でも、あの子はたしか……」
「ああ、あの事件のことね」
シュリはあっけらかんと答えた。
そう──大企業マシロ・コーポレーションの社長令嬢が誘拐された挙句、殺された事件。かなりセンセーショナルな事件だったこともあり、当時世間では相当話題になっていたから覚えている。
「本多さん、私がいまだに現世にとどまっているのには理由があるの」シュリは静かに話しはじめた。「まだ未練があるから……やり残したことがあるからよ」
「やり残したこと、とは?」
「復讐」
「復讐? 犯人に……か?」
「いいえ。復讐したい相手は、私の父親」
本多はゴクリと生唾を飲みこんだ。父親──自分の親に復讐か。それは珍しくもない話だが、真城シュリの父親って、つまり──
「〈真城コウタロウ〉か。マシロ・コーポレーション社長の」
「そう」シュリは頷く。
「なぜ」
「私のママを、殺した奴だから。本多さん、私の復讐を手伝ってくれない」




