第2話
夜になると、NEOTOKYO の様相は逆転する。昼間は活気立っていた上層は、夜には落ち着きをとりもどし、眠ったように静かになる。対照的に、下層は目を覚まし、動き出す。ネオンサインが点灯し、ストリートの雑踏を照らす。巨大な海獣が深海を潜水遊泳するように、熱気と喧騒がうねりとなって街中に伝播していく。
モノレールは、NEOTOKYO の階層の変転を車窓に映しながら、ミルフィーユの最下層へ沈んでいく。本多が最下層の駅で降りると、下層とはまた異なる混沌がひろがっていた。電灯が点々と散らばっているせいで通りは薄暗く、下水道の害獣のように、ヤクザやジャンキーや娼婦や酔っ払いの影が蠢いていた。
本多は足早に、あの刑務所のような集合住宅へ急いだ。しかし帰路の途中、
「あっち行け! こっち来んな!」
という女の叫び声がきこえた。
みると、女が暴漢たちに追いかけられている。ここいらでは珍しくない光景だ。本多も本来なら無視して通り過ぎただろう。しかし、反射的に身体がうごいてしまったのは、女がまだ十代の少女にみえたからだった。本多が身体の向きを変え、二、三歩足を進めたとき、少女のこめかみに〝青い光〟が点灯していることに気づいた。
──あれはアンドロイドの識別マークだ。
つまり追いかけられているあの少女はアンドロイドだった。
(……アンドロイド狩りか)
本多は足を止めた。
〈アンドロイド狩り〉は、「自分のみじめな人生は、機械やアンドロイドに仕事を奪われたせいだ」と考える連中が、その腹いせにアンドロイドを集団リンチにかける行為のことだ。
そんな連中とは関わらないに越したことはない。本多はふたたび集合住宅のほうへむかって歩きはじめた。
「いやあ!」
その声におもわず振り向くと、女型アンドロイドが男たちに捕まっていた。
(人を殺したり犯したりするわけじゃない、ただの器物損壊だ)
と本多は自分に言いきかせるが、それでも後ろめたい気持ちになるのは何故だろう。それは、あのアンドロイドが妙に人間臭い反応をするからだ。通常のアンドロイドなら、もっと事務的に、理路整然と「あなたの行為は○○法第○条に抵触します。ただちにやめてください」などと宣うところだ。
そのときだった。ふと気づくと、運の悪いことに、女型アンドロイドと目が合ってしまっていた。女型アンドロイドが本多の目を凝視しながら叫んだ。
「たすけて!」
その声に本多は戸惑った。
(くッ、アイツ、ほんとにアンドロイドか)
暴漢は四人いた。そのうちの一人の意識が、アンドロイドが助けをもとめた本多の方にむいた。
「おい、おっさん。んだよ、テメエは」
若い男は、多人数であることに気を大きくして、本多に突っかかってきた。本多が無言でいると、怯えているとおもったのか、さらに増長して本多を小突いた。
本多は、トラブルや危険な状況に追いこまれたとき、視界が広がって鮮明になり、頭が冷たくなる感覚になる。困難な状況であればあるほど、不思議と冷静にまわりがみえて、心も平然と落ち着いて、適切に判断し、行動にうつすことができた。それは民間軍事会社時代から、そうだった。
それと並行して、自分の奥からドス黒い感情が湧き上がってくるのもわかった。
「やめとけ」と本多が警告する。
「ああ? きこえねえよ。ビビってんのか」ニヤついた顔がすぐそこまで近づいてくる。
「お前のために言ってるんだ」
「はあ? こいつなに言っ──」
言い終わらないうちに若い男の顎が砕ける。
本多の義体は軍用だったため、標準的な義体より出力が高い。とくに左腕は、その土台となる鎖骨や肋骨も強化骨格に置き換えられているので、ゴリラ並のパンチ力が出せた。
顎を砕かれた男はガクンと膝をつき、だらしなく垂れ下がる下顎が零れ落ちないように、両手で大事にささえていた。
他の三人の男らはわずかに怯んだが、ひそませていたナイフを持つと、ふたたびイキがった。
本多はまず、最初に飛びこんできた男の脚を蹴り、膝関節を逆方向に曲げた。
次の男は、突き刺してきたナイフを払ってから身体を掴み、柔道でいう〝内股〟で投げ飛ばした。
三人目は固まって動けなくなっていたので、前蹴りを鳩尾にいれて悶絶させた。
さっき投げ飛ばした男が逃げようとしたので、落ちていたナイフを拾って投げ、背中に命中させた。
──こういう連中はプライドだけは高いから、恨みにおもってあとで仕返しにくるかもしれない。それも面倒だから、ここで殺しておくか──
本多は、地面でうめいている男の背中に突き刺さったナイフの柄に足を置き、体重をのせた。
「死んじゃうよ、そんなことしたら」
女型アンドロイドが言った。
(……お前が助けてって言ったんだろうがよ)と本多はいささか心外だった。
「お前を壊そうとした連中だぞ。いいのか」
「いやあ、そうだけど……なにも殺さなくても」
「そっか。なら、あとは勝手にしろ」
本多は立ち去ることにした。
「待って」
アンドロイドが本多を呼び止める。本多はうんざりしながらふりかえる。
「まだなんか用か? お前、こんな場所をうろついてないで、はやく持ち主のところへもどれ」
「いや……ちがう……充電が」
「え」
「充電が……切れそ……」
ビープ音が鳴る。それから、「充電残り1%です。スリープ状態に入ります」と機械的に告げると、アンドロイドは完全に停止した。
「……はァ?」




