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第1話

 大陸内地──

 三六〇度、見渡すかぎりの荒野。乾燥した空気と照りつける太陽の熱で、地面は干上がり、亀裂が走っている。

 遮蔽物はない──こんな場所で襲撃にあったら成す術なく殺されるな、と本多ミチロウは諦めていた。兵士の命は安いのだ。

 第四次世界大戦(第一次企業間戦争)真っ只中、四年が経過し、戦線は膠着、現在泥沼化して両陣営とも着地点を見失っている状態だ。

 本多がこの戦争に参加したのは、特段信念があるわけではなく、単純に──ほかの兵士たちとおなじく──〝金〟のためだ。こっち側(﹅﹅﹅﹅)の陣営に付いて戦っているのも、本多が所属している民間軍事会社(P M C)がたまたま契約していたから、という理由にすぎない。

 本多らの分隊は、なにやら特別な物資──中身は知らされていない──の運搬護衛任務に就いていた。物資を載せたトラックは時速五キロメートルくらいでノロノロと走り、本多たち歩兵部隊がその周囲を徒歩で護衛している、というなんとも非合理的な光景がひろがっていた──トラックを爆走させて前後左右を軽装甲車両で護衛するほうが何倍もリスクが低いのに。だが、雇われ兵士には、会社の命令に従わない、という選択肢はない。それが極めて不条理な命令だとしても、だ。

 はじめのうちは、ほかの兵士らも「っざけんな、なんで歩きなんだよ」とブーブー文句を垂れる元気があったが、いまでは渇きと暑さと、いつ終わるかわからない行軍のせいで、文句を言う体力すら残されていなかった。

 トラックの荷台に載せられた物資は、全体を厚いカバーで覆われて中身が見えなかったが、そのシルエットから本多は、「強化外骨格なのでは? しかも最新型の次世代機だろう」と踏んでいた。

 ここでいう強化外骨格とは、歩兵の機動力を維持したまま、火力と防御力を増強させ、生存率を上げるために開発された汎用人型機械兵器である。本体は、子供がマッチ棒でつくる人形のような見た目で、丁字型の体幹部分に四肢がついているだけ──頭部は後付けで標準ではついていない──のシンプルなインナーフレーム構造だ。そこに、コクピット、装甲、光学機器、各種センサーなどを搭載する。高さは二メートル強。操縦者は、マッチ棒人形に〝おんぶ〟されるような恰好でコクピットに乗り込み、電脳をつなげて視覚を光学機器とリンクさせ、自分の手足をうごかすように脳から直接マニピュレータと脚機構を制御する。武器は、生身の人間には到底もてないような巨大で重い火器が装備される。

 しかしなぜ、人間が搭乗しなければならないのか──生存率を上げたいのなら人工知能(A I )を積めばいいではないか。そうすれば、完全無欠のロボット歩兵になる。そもそも人間が戦う必要があるのか。ドローンやロボットでいいのでは? しかしそうはしない。なぜなら、この戦争は営利目的の戦争(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だからだ。脳神経模倣(ニューロモルフィック)コンピュータは、人間より高価なのだ。脳神経模倣(ニューロモルフィック)コンピュータの代わりに人間を乗せたほうがいいにきまっている。

 ならば、遠隔操作はどうか。それもだめだ。遠隔ではジャミングやハッキングの危険性がある。やはり、兵器に人間が直に乗り込み操縦するのが、確実で安上がりだ。兵器は消耗品。消耗品にはコストパフォーマンスがもとめられる。

 本多は横目でちらちらとトラックの荷台を見た。じつは、本多には強化外骨格へのひそかな憧れがあった。〝外骨格に乗ってみたい〟という願望があった。昔から銃器や兵器が好きだったことも、民間軍事会社(P M C)に入社した動機のひとつだった。だが、彼の兵士ランクでは強化外骨格に搭乗することは許されない。実際、兵員輸送車以外の軍事車両に乗ったこともない。本多の兵士ランクは、底辺の中の底辺──使い捨て要員であると同時に、もっともコストパフォーマンスにすぐれた兵士だった。

 長時間の行軍のせいで、さすがの本多も意識が朦朧としてきた。もはや機械的に足を前に出しているにすぎない。

 ぼんやりと前方を見る。かすむ視界の先に、かすかに砂塵が見えたような気がした。

(……アレは、なんだろうか)

 と、本多はおもった。目を凝らして見てみると、何者かがまるで氷上のスケート選手のように荒野を滑走しながらこちらへ向かってくる隊列が、陽炎(かげろう)に揺れて見えた。

(あの砂塵は、まさか外骨格の脚部ホイールが巻き上げた砂埃か? ……フッ、なわけないよな。俺もとうとう幻覚が見えるようになっちまったか)

 本多は自嘲して鼻で笑った。

 そのときであった、分隊長の怒号が飛んだ。

「前方から敵襲!」

 え? あれは──幻覚じゃ、ない! 外骨格重歩兵部隊だ!

「トラックを死守しろ! 壁になれ!」

 一瞬耳を疑ったが、言い間違いではなかった──そう、物資を搭載したトラックを遮蔽につかって自分の身を守るのではなく、本多たちが遮蔽となって(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)トラックを守るのだ(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)。トラックの積荷は、兵士たちの命よりも、価値がある。

 護衛部隊は一斉射撃をはじめた。本多も片膝をつき、小銃をかまえ、射撃した。硝煙の匂いがあたりを包む。

 もちろん小銃ごときの弾丸で強化外骨格の装甲は破れない。逆に、敵機の二〇ミリ弾による反撃の雨に晒される。一発の着弾で身体がふたつに弾け飛ぶほどの威力だ。護衛部隊の兵士たちが次々と肉片になっていく。

 気がつけば、本多の左腕も、肩から先が消えていた。右脚、右前腕、左脚、と次々に吹き飛ばされ、本多は自分の身体がミンチになっていくのを見ていた──


   ×   ×   ×


 自分の叫び声で目覚めた。

「う、う……」

 鼓動が異常なほど速く、強く、打って心臓が痛い。上体を起こし胸をおさえる。汗で濡れたシャツが身体に張りついて不快だった。

(……また、この夢か)

 本多はベッドを出て、服を脱ぎ捨てると、シャワールームへ向かった。

 頭から熱いシャワーを浴びて汗を洗い流す。湯が筋肉の溝に沿って幾筋にも分かれてしたたる。下っ腹に若干脂肪がついているが、それでも中年とはおもえないほど、胸や背中、尻の筋肉がひき締まっている。さらに目を引くのは、サイボーグ化された四肢だ。右腕の肘から先の前腕部、左腕は肩から末端まで、両脚も大腿部の途中から末端まで、が機械化されていた。そのほかにも、外からはわからないが、両眼と、ふたつの内臓、骨格の一部、が人工物に置き換えられていた。本多の全身の四割ちかくが機械だった。そして、生身である部分には、銃創、切創、縫合の痕がみえる。

 蛇口を閉めると、濡れた身体のまま、洗面台の鏡にうつる顔をみた。血色がわるく、目の下が黒ずんでいて、疲れがこびりついて取れない、中年男の顔があった。

 そろそろ出勤の時間だ──本多は、新しい服を着てナップサックを背負うと、朝食も摂らず部屋を出た。

 ここは、低所得者層向けの巨大集合住宅──刑務所よりすこしマシな程度──の十三階。壁の至るところに落書きがあり、床には酔っ払いだか死体だか区別のつかない人間が複数人ころがっている。

 ボロいエレベーターで一階まで降りる。一階は商業スペースになっているが、そこにいるのはチンピラかジャンキーくらいで、まともな人間はいない。それは建物の外に出てもたいして変わらない。酔いつぶれた男か、ヨタカ──野外で客をとる最底辺の娼婦──しかいない。ここらへんはまともな区域ではないのだ。

 上空を見上げると、超超高層巨大建造物(メガストラクチャー)とそれらをつなぐプレートに遮られて、空はすこししか見えない。

 本多は、最寄りの駅からモノレールに乗り、NEOTOKYO の最下層から上層へ向かった。

 第三次世界大戦時の核攻撃で焦土となった旧東京に代わり、東京湾の八割を埋め立てて巨大人工島を建造した。そこを〝新たな東京── NEOTOKYO〟とし、いまでは世界有数の〈多層構造都市〉にかぞえられるまでになった。

 多層構造都市とは、林立する一〇〇〇メートル級の超超高層巨大建造物(メガストラクチャー)同士をつなげる連絡路(プレート)自体が〝ひとつの街〟を形成しており、それがミルフィーユ状に重なり合って階層構造になっている都市のことをいう。

 本多の乗ったモノレールの窓から見えるのは、下層の都市構造がいかに無計画で欲望の赴くままに拡張、増殖していったか、というのがよくわかる光景だった── 超超高層巨大建造物(メガストラクチャー)の麓にフジツボのように密集している建物群、縦横にのびる無数の架線、街角に不法投棄されたゴミの山、煽情的なネオンサイン、内燃機関の排気ガスで濁る大気、積み木のように重なり合って建つ雑居ビル、などなど。

 モノレールが中層を過ぎ上層に近づくにつれ、その様相は変化していった。街並みに秩序がうまれ、調和が整い、洗練されていった。

 本多は上層の駅で降りた。上を見上げると空が見えた。上空には、反重力場機関リパルサーフィールド・エンジンを積んだ空飛ぶ車(A V)が、列をなして走っていた。

 上層は、下層とちがって、まともな人間しかいなかった(すくなくとも表面上は)。下層の住民である本多は、なんとなく肩身の狭いおもいを抱きながら、職場へとむかう。

 ここはいわゆるビジネス街であり、歩いている人間はほとんどが企業に所属するビジネスマンだ。この地域の商工団体が雇った民間警察が街のところどころに立っていて地域の治安維持に努めている。しばらくいくと、現代的な都市空間のなかに、突然、ぽつんと自然の景色があらわれた。神社だ。

 本多は、民間軍事会社(P M C)を辞めてから、職を転々としたあと、この神社の清掃員として働いていた。

 最近、巷は〈スピリチュアルブーム〉だ。原因は、物理学のある分野で〈情報思念体〉──ざっくりいうと霊的存在──が証明だか観測だかされたからだ。そのため、〝死後の世界〟や〝輪廻転生〟といったものが〈オカルト〉から〈科学〉になり、神や仏が実在するかもしれない、という噂や憶測がひろまり、人々は急に信心深くなった。

 そういうわけで、この神社もたいへん繁盛しており、富裕層の参詣者から高額の玉串料を得ているようだ。今日も朝から神社の駐車場には高級車やら空飛ぶ車(A V)やらが何台もならんでいる。

「地獄の沙汰も金次第、か」本多はボソッとつぶやいた。

 本多は、金持ち連中を横目でみながら、敷地内の落ち葉を箒で掃いてまわる。ここの収益があれば清掃ロボットなんてすぐに買えそうだが、ここの宮司(ぐうじ)は強欲の守銭奴だった。清掃ロボットの購入を渋って、かわりに本多を雇ったのだ。本多の賃金が機械より安いのは、都市も戦場も変わらない。

 境内のなかに一本の巨木がある。クスノキの御神木だ。話によると、元々由緒ある場所の御神木だったものを、ここの宮司が根っこごと引っこ抜いて、自分の神社の境内に植え替えたそうだ。なんとバチ当たりな行為だろうか。

 そのせいだろうか、本来なら季節的に青々とした葉が生い茂っているはずなのに、葉はすべて枯れ落ちて枝が剥き出しになり、こころなしか生気がないようにみえる。

 本多は御神木に手を合わせて、祈った。

(あの拝金主義者の宮司にいつか天罰がくだりますように)

 と。

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