第22話
「……やめろ……行くな」
左膝を撃たれた白衣の男が、さっきとおなじ場所にころがっていた。本多とシュリは一瞥もくれず、男の前を通り過ぎる。
「つれていくな……彼女は希少な研究材料──」
その言葉に激昂した本多は、反射的にM45の引鉄を引いた。
「キャッ」シュリの短い悲鳴が響く。「ほ、本多さん」不安そうに本多を見た。
本多が発射した弾丸は、男の右膝と右掌を撃ち抜いていた。男は痛みのせいで嘔吐していた。
本多は男を見下ろし、吐き捨てた。
「楽に死なせはしない。苦しみながら生きろ。奥にあったテメエの大事な機械はもう壊したぜ。シュリが自分でケジメをつけたからな」
二人は隔離区域を出ていった。
取り残された男は一人痛みに耐えていたが、しばらくすると何者かがこちらに近づいてくる気配を感じた。子供のような小さな足がみえた。それも一人じゃない。大勢の子供の足が──
× × ×
隔離施設から出たタイミングでシュリに異変がおきた。フラフラと足取りが不安定になり、ついには片膝をついてしまった。
「シュリ、どうした」
本多が駆け寄る。
「すごく……眠い……」
「眠い? 疲れたのか? でもここで休むわけにはいかないぞ」
シュリは辛そうにつづけた。
「ちがう……なんかおかしい……眠くなるはずないのに」
そうだ。シュリはアンドロイドに憑依してから、睡眠の必要がなくなったと言っていたはずだ。
「本多さん……私……消えちゃうかも」
本多の胸に、心臓を鷲掴みにされたような、激しい痛みが走った。
「なにいってんだ。もうすこしだから」
「本多さん、ごめん──」
本多はシュリを背中に担いだ。そういえば、はじめてシュリに会ったときもこんな風にシュリをおぶったっけ、と本多は思い出した。
地下二階まで昇ってくると、戦闘が終わった痕があった。本多が階下に降りる際に遭遇した〈赤の旅団〉と民間軍事会社の兵士たちの屍だ。死体の身につけている装備から判断するに、おそらく〈赤の旅団〉が民間軍事会社の壁を突破したようだ。
死体に偽装した兵士──いわゆる〝死んだふり〟──に奇襲される危険性があったが、いまはいちいち死体確認をしている余裕はない。
ズドン、ズドン──
不穏な音がきこえてきた。いやな予感がする。
ズドン、ズドン──
音が近づいてくる。これは強化外骨格の足音だ。
こんな一本道の遮蔽物もない場所で外骨格と戦闘になれば勝ち目はない。
「シュリ、すまない」
本多の背中のシュリは意識が朦朧としているなか、
「いいんだよ、本多さん……私をおいていって」
と言った。
「……すまない」
強化外骨格のパイロットは、自身の電脳と外骨格の制御デバイスを接続して、直接、外骨格の四肢やその他機能を操作している。また、遮光ゴーグルと遮音イヤーマフによって視覚と聴覚を遮断する代わりに、外骨格に備わったカメラ、センサー、マイク等の入力信号から外界を把握している。よって、熱検知カメラに切り替えて、生体と死体を見分けることも可能だった。
地下二階でテロリストとの銃撃戦が行われていたとの情報が無線に入った。戦闘はすでに終了し、テロリストがサーバルームに侵入したとの追加情報もあった。
強化外骨格歩兵が、地下二階に到着すると、敵味方の死体が入り乱れて横たわっていた。外骨格歩兵は、熱検知カメラに切り替え、残党がいないか確認しながら歩を進めた。
一部に熱源を発見。不審におもった外骨格歩兵は、外骨格用アサルトライフル──重機関銃相当──をかまえ、前方警戒で熱源に近づいた。ライフルの先で熱源の上に覆いかぶさっている味方の死体をどかす。そこには子供がいた。一般人が迷いこんだのか、と最初はおもったが、熱分布の形状がおかしい。これは人間ではなく、アンドロイドだ。
そのときだ、外骨格の背部の装甲に物がぶつかったような音がしたのは。カメラを切り替えると、何者かが外骨格のコクピット・ハッチを開けようとしていた。テロリストの残党か、どこに隠れていた。後方のハッチを開けられたら致命的だ。歩兵は、機体を振り回して、背中にへばりついているテロリストを引き剝がそうとする。
外骨格の背中にいたのは本多だった。マニピュレータが伸びてきて、本多の身体を掴むと、壁に向かって投げつけられた。激しい衝撃が全身を貫く。
外骨格歩兵がアサルトライフルを向けてきた。この口径で人間が撃たれれば原形をとどめず肉片と化す。
(蜂の巣にする気かよ。あの悪夢が現実になるのか──)
人生の土壇場といえるこんな状況なのに、本多にはそんなことを考える余裕が不思議とあった。
射撃の直前、本多は地面を蹴る。低い姿勢のまま外骨格との距離を詰めた。アサルトライフルをもつ外骨格の右腕部に身体ごとブチ当たる。アサルトライフルは弾き落とされ、床にころがった。
外骨格歩兵はマニピュレータをふりまわし、本多を殴打しようとしてきた。かすっただけで致命傷になり得る打撃を、本多はギリギリで躱しつづけた。
外骨格歩兵は、脚部を踏み出すたびに、床の死体を踏み潰していた。
視界の端にシュリの姿が映る。あの子はたった今、十四年間の人生にみずから決着をつけた。たった十四年間──短過ぎるだろう、そんなの──本多は怒っていた。
外骨格のマニピュレータを掻いくぐり、本多は外骨格の下腹部にしがみついた。
あの子を──シュリを──何度も死なせてたまるかよッ!
本多の両方の義足がミシミシと軋む。顔はドス黒く紅潮し、額に浮き出た血管も切れそうだ。
「ングウゥオォォォ!」
外骨格の片脚が浮く。本多は、身体をひねって外骨格を下手投げに投げる。出力オーバーした本多の左腕の人工筋肉が破裂し、ジョイント部が粉々に飛び散った。
バランスを失った外骨格歩兵は床に叩きつけられ、その拍子に頭部の装甲が剥がれてパイロットの頭が丸出しになる。くわえて、衝撃でカメラが故障し、視界を奪われたパイロットが遮光ゴーグルを外すと、本多が見下ろしていた。
「悪いな」
有無を言わさず、本多はM45でパイロットの頭部を撃ち抜いた。
「シュリ! シュリ!」
本多は残り一本になった右手でシュリの肩を揺すった。左腕はワイヤー一本で辛うじてつながっている状態だ。
「……本多……さん」
「さあ、帰る──」本多は吐血した。鮮血がビチャビチャと床を濡らす。
本多の身体は、腕部の高出力に耐えるため、肋骨や鎖骨の一部が強化骨格になっていたが、それでも、さっきの戦闘で内臓にダメージを受けたのだろう。
「本多さん……私をおいてって」
「だから、そんなことするわけねえだろ」
「でも……その身体じゃ、私を……運べないでしょ」
たしかにシュリの言う通りかもしれない。内臓に損傷の疑いがあり、左義手が全壊し、両脚もオーバーヒート寸前のこの身体で、八〇キロあるシュリを運ぶことができるだろうか。
「あ」とシュリが声を上げた。
「なんだ? どうした?」
「わかっちゃった」
「……なにが?」
「なんで宇宙に……時間が必要なのか……わかっちゃった」
「え」
「あ~あ、残念……せっかく閃いたのに……」
「帰ってから論文でもなんでも書きゃいいだろ」
「うん」
しかしどうやってシュリをつれて帰る。なにか、なにか方法があるはず──本多は周囲を見わたした。本多の視線がとらえたのは、床に倒れて動かなくなった強化外骨格の姿であった。
× × ×
マシロ・コーポレーション本社ビルの前は騒然としていた。
本社ビル前の表通りには、民間警察の車両や、消防車両、救急車両が密集して停まっており、その他にも騒動をききつけたマスコミと野次馬が人垣をつくってごった返していた。
そんななか、爆破された一階スペースがふたたび騒がしくなっていた。まだテロリストがいるのか、と人々は不安と好奇心を抱いた。
だが、破壊された一階正面出入口から飛び出してきたのは、一機の強化外骨格機体だった。
外骨格は、ビル前に停まる車両のあいだを、ホイール走行で縫うように滑走すると、野次馬の群れのなかに突っ込んできた。人々は蜘蛛の子を散らすようにして、外骨格から逃げ惑った。
外骨格はそのまま表通りを走り去っていった。
道路を走行する自動車の横を強化外骨格が並んで走った。
装甲が無くなった外骨格の頭部から本多の顔が覗いている。壊れた左腕の代わりに、電脳を接続して動かしている左腕マニピュレータが、シュリを注意深く抱きかかえている。
シュリの髪が風に乱れる。外骨格の腕のなかの彼女は、口元にうっすらと笑みを浮かべ、穏やかな顔で眠っているようにみえた。




