第20話
(まるで核シェルターだな)
誇大妄想的に大袈裟な超合金の扉がゆっくり開く様を見て、本多はそうおもった。実際、核シェルターの役割も担っているのかもしれない。
シュリの不思議な誘導によって、本多は迷わず最短距離で隔離区域までたどり着いた。ここまでの道のりの間にいくつかの閉鎖扉があったが、それもすべてシュリがハッキングによって解除してくれた。
本多が施設内に入ると、白衣を着た老齢の男が一人いた。
「な、何者だ!」
白衣の男は怯えていた。それはそうだろう。目出し帽で顔を隠し、武装した男があらわれたのだ、怯えるのも無理はない。
本多は銃口を男に向け、
「手を挙げて、跪け」
と命じた。
「貴様こそ、ここから出て──」
白衣の男が言いかけたところで、本多は男の左膝を撃ち抜いた。
「ひぎゃッ!」
男は床に倒れた。左膝をおさえ、痛みで痙攣していた。
奥に、シュリが椅子に拘束されている姿がみえた。本多は目出し帽を脱ぎ捨て、駆け寄った。
「シュリ!」
シュリの身体の至るところからケーブルやコードがのびていた。本多はそれらをすべて外すと、シュリの肩をゆすった。
「シュリ! シュリ!」
シュリは、突然パチッと両目を開くと、ガバッと上体を起こし、本多をじっとみつめた。
「……シ、シュリ?」
シュリは本多の腕のなかに飛びこんだ。
「本多さん!」
本多もしっかりとシュリを受け止めて、抱きしめた。
「やっぱり来てくれたァ」
「ああ、シュリもがんばったな」
「うん。だから、よしよしして」
「は? な、なに言ってんだ。ふざけてないで早く行くぞ」
「よしよしして」
「……」
本多は、自分の胸に顔を埋めているシュリの頭にそっと手を置くと、やさしく撫でた。
「……よしよし」
「抱っこ」
「は?」
「お姫様抱っこでおろして」
「お前、いいかげんに──」
「ちょっと、オマエって呼ばないでよ。いいから抱っこしなさいよ」
「く……」
本多はシュリを抱きかかえると、電脳ユニットから降ろした。
「歩けるか?」
本多が訊いた。
「大丈夫」
「ここにもすぐセキュリティーが来る。はやく脱出するぞ」
「待って」シュリが本多を引きとめる。「やらないといけないことがあるの」
シュリは本多を隔離区域の奥へつれていった。
「これは……」
それはあまりにもグロテスクだった。
施設の最奥には巨大な機械群があり、その要塞のような機械の中央には筒状の水槽があった。水槽の中は青い液体で満たされており、生きているのか死んでいるのかわからない人間が一人、その中にいた。身体中からケーブルが伸び、顔の下半分を隠すマスクは人工呼吸器だろうか。長い髪の毛が海藻のように揺れている。また下腹部から下は機械のなかに埋もれていた。その未発達の乳房──水槽の人間は全裸だった──からみても、成人女性というより少女のようにみえる。つまり、水槽の人間は、シュリの母親というには、若過ぎた。
「私なの」
とシュリはいった。
「嘘をついててごめんなさい」
本多は、頭が混乱して、状況が呑み込めない。
「……どういうことなんだ」
シュリは、言葉にまよいながら、話しはじめた。
「本多さんには、私のママが〈機械の部品〉にされてるって話をしたけど、あれは本当。以前はこの水槽にママがいたの」
シュリは水槽のガラスにそっとふれた。
「でも死んでしまった。去年のことね。まだ三十三歳だったそうよ。それで、経年劣化した部品を交換するみたいに、ママに代わって私が〈機械の部品〉にされたってわけ。扱いがひどすぎて笑っちゃうでしょ」
そういってシュリは無理矢理笑顔をつくってみせた。本多は笑えなかった。かわりに動悸と息苦しさにおそわれていた。
「ごめんね、本多さん。なんか言いにくくて」
「そんな……」首をふった。「でも、だったら君の誘拐事件はなんだったんだ」
「あの事件は捏造されたもの。私を死んだことにして、大々的に宣伝したほうが、父にとって都合がよかったみたい。殺された子は、孤児の女の子だった。ただ、私と年恰好が似てたばかりに。犯人にされた人も同じ。なんの罪もない人。私のせいで関係ない人間が二人も殺され──」
「君のせいじゃない」本多は静かに、諭すように、言った。「シュリのせいじゃ、ないだろ」
「本多さん……」
「まさか、やらないといけないことって」本多はおそるおそる訊いた。
「うん。生命維持装置を切るわ」シュリは淡々とつづける。「私はいま、肉体に縛られてどこにもいけない状態なの。いま生命維持装置を切らないと、私は、いつまでも解放されることなく彷徨うことになる」
これは悪夢か、脂汗が止まらない。焦燥感は酷くなる一方だ。
「ほかに方法はないのか。身体に戻れば、生きることだってできるんじゃないのか」
シュリは哀しそうな顔になった。
「それはできない。私の身体はもう、あの培養液から出て、生きることができないの。もし身体に戻ったとしても、私は一生培養液のなかで、意識もなく、生きつづけなきゃならない」
「そんな……」
シュリは、コントロールパネルのある場所まで行くと、生命維持装置を操作した。あとは〈実行〉ボタンを押すだけだ。
〝止めたい〟という衝動にかられた。本多自身、過呼吸になり、〝自分が先に死ぬのでは〟という予感さえあった。その前に止めるんだ、震えているシュリのその指が、ボタンを押してしまう前に──
「……こわい。こわいよ、本多さん」
シュリの囁くような小さな声がきこえた。本多は、シュリの腕を引っ張り、抱き寄せた。その肩はガタガタと震えていた。我慢していたシュリの感情が決壊する。
「こわい! こわい! 死にたくない! 本当は死にたくないよ、本多さん! 生きたかった、もっと生きたかった! 本当はもっと生きたかったよ、本多さん! うわああああん!」
泣き崩れるシュリを本多が支える。アンドロイドに涙を流す機能はない。シュリの震える身体を本多はただ、強く強く抱きしめた。




