第19話
マシロ・コーポレーション本社ビルの一階は広いスペースになっていて、社員のほかにも、顧客や営業職の社外の者、警備やメンテナンス業者など、さまざまな人間が出入りしていた。
そんななか、配送業者を装った男が小包をもって、一階ロビーにあらわれた。
「お届け物です」
男は受付のアンドロイドに小包をわたした。
「申しわけありません、お客様。配達物はこちらではお預かりしておりません。お客様。あの、お客様……」
男は、アンドロイドの言葉を無視して、屋外に出ていってしまった。
次の瞬間、受付に置かれた小包が爆発した。爆風が近くにいたアンドロイドの頭部を吹っ飛ばしたが、この時点ではまだ人的被害は出ていなかった。
ただ、大きな破裂音と立ちこめる黒煙に、人々の注目があつまった。出入口を守っていた警備員らの注意が受付のほうに向いたとき、一台の乗用車が背後から突っ込んできた。乗用車は警備員一人をボンネットに乗せたまま、入口の自動ドアを破壊して一階ロビーに侵入したあと、ロビー内の支柱に衝突して止まった。乗用車は遠隔操作されており、運転手は乗っていなかった。乗用車の燃料タンクには手榴弾が複数仕掛けられており、停車すると同時にピンが抜けるカラクリが施された。乗用車は、支柱に衝突すると同時に、激しく爆発した。ボンネットにいた警備員と近くにいたマシロ社員二人が死亡、負傷者が多数出た。爆風は、本社ビル三階までの窓ガラスをすべて割り、飛び散った破片により屋外にいた人間にも被害があった。
その混乱に乗じて、表通りに停めてあったトラックの荷台のなかで待機していた〈赤の旅団〉のメンバー二十二人が、一斉に本社ビル内に突入した。
その直後に、本多が乗った空中浮遊車両が、マシロ・コーポレーション本社ビル前の表通りに着陸した。宮司に借りた空中浮遊車両には、凹みや擦り傷が至るところにできていた。
本多は、目の前の騒ぎが〈赤の旅団〉によるものだと察した。本多は、目出し棒をかぶると、武器屋の店主から借りたブルパップ式カービン銃を携帯して車から降り、騒ぎに便乗してビル内に侵入した。一階スペースは破壊されてロビーは大破しており、血だらけの怪我人が大勢横たわっていた。
本多は端末を出してシュリの居場所を確認した。本多の古い端末にはホログラム機能がついてないため、液晶画面のなかでビル構造を3D展開して、シュリの機体の位置情報を取得する。どうやら地下最深部にいるようだ。エレベーターは爆発の影響で停止していた。本多は階段をみつけると地下にむかって駆け下りた。
× × ×
「なにごとですか」
研究室の扉の前で待機していたSPに、真城コウタロウが訊く。SPは慌てた様子で言った。
「代表、爆破テロです。テロリストが建物内に侵入した可能性があります。我々が安全な場所まで先導します。こちらへ」
SPに誘導されて、真城は進んだ。
(企業テロ……共産主義者たちか)
第四次世界大戦以後、国家復興を謳う過激派左翼が企業の施設や社員を狙うテロが増えていた。
真城は隔離区域から出ると、緊急システムを起動し、核攻撃にも耐え得る特殊合金製の防爆扉で、隔離区域を閉鎖した。これで、キーをもっている真城とドクター以外は、だれも隔離区域に入ることができない。
真城はふたたび、SPのあとを進んだ。
× × ×
地下二階に降りたところで銃声がきこえてきた。本多が慎重に様子をうかがうと、ふたつの集団による銃撃戦がおこなわれていた。おそらくあれは、〈赤の旅団〉と、ビルに常駐している民間軍事会社だろう。
(ここを通るのは無理か)
本多は来た道を引き返した。が、運悪く加勢にきた警備隊と鉢合わせしてしまった。
警備隊は、本多を視認すると、警告もなくいきなり、短機関銃で九ミリ弾をバラ撒いてきた。遮蔽に身体を隠し、本多もブルパップ式カービンで応戦するも、あちらには数的アドバンテージがある。ゴリ押されたら負ける。
──本多さん──
頭のなかで声がした。シュリの声だ。
「シュリ! 無事か!」
おもわず声が出た。しかし冷静に考えてみれば、おかしなことだ。なぜなら、本多の簡易型電脳には、電脳間通話機能がついていないのだ。
──本多さん、助けにきて──
ふたたび頭のなかでシュリの声がする。
「えーと、俺もそうしたいところなんだが……」
──その通路をまっすぐ進んで──
「いや、その通路には今、警備隊がいてだな……」
──突き当たりを左にいくと階段があるから、地下五階まで降りて。はやくきてね、本多さん──
「別の道はないのか、シュリ」
返事はない。
「シュリ。おい、シュリ!」
声は消えてしまった。
「ったく、勝手なヤツだな」
本多はそうボヤキつつも、シュリがひと先ず無事なようで安心していた。
本多はスタングレネードのピンを抜き、通路にむかって投げる。グレネードは壁に当たって方向を変えると、警備隊の目の前に落ちた。閃光と大音量が警備隊員らの目と耳の機能を奪う。その機を逃さず、本多はスライディングで飛び出すと、一気に警備隊の制圧にかかった。
× × ×
混乱した社員たちが我先にと非常口に殺到したせいで、本社ビル内の通路はどこも人で溢れかえっていた。こんな状態では避難経路の確保などできず、真城は、人の波に呑まれ、その激流に抗うことができず、SPとはぐれてしまっていた。
社員のだれもが自分のことで精一杯で、真城の存在に気づかない。真城は何度も、小突かれ、押しのけられた。自制心の欠片もない社員らに、真城は怒りと蔑みの念を抱いた。真城は社員たちを殴り倒し、突き飛ばして、群衆から脱出して別の通路へと出た。
その通路は、不思議なほど、人影がなかった。
(とりあえず建物の外に出なければ)
しんと鎮まりかえった通路を真城は進んだ。どこまで進んでも、人の姿が見えず、さすがに不気味さを感じた。
真城は先をいそいだ。
なんの前触れもなく、自分の真後ろに──うなじに吐いた息を感じられるほどすぐ近くに──人の気配を感じた。
真城は、不快感をおぼえ、振り向く──だれもいない。ただ無人の廊下がつづくばかりだ。
不審におもいつつ、先へ進む。
遠近感が歪み、延々とつづく通路が遠のいていくような錯覚に陥る。真城は、眩暈をおぼえ、ふらついた。壁に手をつき、目を抑えて、眩暈がおさまるのを待った。
眩暈がおさまり、ふたたび、目を開けると、遠くに人影らしきものが見えた。女だ。
真城は女に近づき、声をかけた。
「君、出口はどこか──」
女の顔に見覚えがあった。記憶の奥から立ち昇る煙のように女の名前をおもいだす。
「……カヲリ」
その女は、死んだはずの、真城の妻だった。




