#5 決闘
異世界に転移して、初めて直に浴びる陽の光は、陰鬱な気分をちょっとだけ晴らしてくれた。
「お前はよぉ。オレに一発でも当てることができたなら勝ちな?約束通り、オレが負けたら第二師団長の座を譲ってやるからよ」
王城の敷地内にある広い庭のような場所で、不破とバラク・ヒストレイ二世は向き合っていた。
それを見守るものが、先ほどまで王卓についていた人々。
十何人もの人が居てもなお広さをもてあますその庭の真ん中にある噴水を境にして、バラクは不破を睨みながら、腰に差していた剣を抜いた。
「えっ?ええっ!?け、剣?そ、それって真剣…ですか?」
バラクは、
(こいつは何当然のことを言っているんだ…)と思いながら、剣先を不破の方に突きつけた。
「当たり前だろ。これは決闘だ。オレと、お前の。オレが剣を使って何が悪い?」
不破はさすがに反論する。このままだと間違いなく死んでしまう。
「い、いや…そもそもですね、僕の元いた世界ではですね、剣はあまり一般的ではないというか…日常生活で使わないというか…」
「嘘を言え。ヨルマサは、始めからここにいる誰よりも剣技は卓越していたぞ」
(それは蔵馬が化け物なだけだと思うけどなぁ!?)
見かねた蔵馬が、バラクを諌める。
「不破の言うとおりだ。俺たちの世界では、剣技を使うことは、まずない。武道の一環として、競技上使う環境に俺がいただけだ」
バラクは納得はしていないだろうがとりあえず理解はした様子で、剣を鞘に納めた。
「チッ…しょーがねぇな。だったらステゴロでいいか?」
拳をパキパキと鳴らす。
不破の背筋に冷たいものが走る。
(いやいやいや…死ぬて!もう充分それでも戦力差あると思うよ?…でも、これ以上譲歩は望めないかな…だったらやるしかない、か)
そもそもだ。
こういう異世界系の話だと、明らかに強大な敵との戦いのときに眠っていたスキルが覚醒するものだと、相場は決まっている。
(ほいで第二師団長の座を有り難くいただくっていう寸法よ)
半ば諦めの境地にありながら、腹をくくる。
やるしかないのだ。
「準備はいいか?」
バラクが拳を構え、戦闘態勢に入る。
それは洗練されており、無駄のない構えであると、その道の話に詳しくない不破でもわかった。
「来い」
不破は、地面と接地している足になけなしの筋肉を集中させる。
心臓が高鳴り、拳は自然に固まる。
「うおおおおおっ!」
力強い雄叫びをあげながら、バラクに向かって走り出す。
おおっ、と観客たちから声が上がる。
「でやぁぁあぁぁあぁあぁああああぁぁ!!」
グォン、と大きく拳を振り上げる。
刹那、バラクの拳が動いた。
「ぶぎゃっ」
戦闘開始からおよそ一秒と弱。
不破赳太郎、普通に敗北。
「あぁあ…」
異世界に転移してからすでに二度目となる昏倒状態から目を覚ました時、不破のぼやける視界には美しい銀髪をした、赫眼の女性がいた。
「ジュリ…エット…さん…?」
ジュリエットは無表情で不破を見下ろしている。
「起きたか」
低い声でそう問われた不破は、苦笑いを浮かべながらよっこいしょと起き上がる。
「決闘はどうなったんですか?」
ジュリエットは指をパチンと鳴らして呟いた。
「もちろん。お前の負けだ。なんなら完敗だ。」
己に失望はしなかった。
ただ、ああ、やっぱりか、と思うだけだった。
「そうですか…意識を失ったときに隠された人格が暴走した、とかでもないですか?」
「…すまない。どういう意味なのか、よく分からない」
「…すみませんでした」
不破はぱちぱちとまばたきをする。
どんどん視界がクリアになっていく。
ジュリエットは、ベッドに座っている不破のとなりに
腰を下ろし、話を続ける。
「後日改めて、この王国にとって有用かどうかを判断する実技テストを行う。だから剣くらいは扱えるようになっておくんだな」
(剣くらい、と言われても…)
「不服そうな顔だな」
ズバリ言い当てられ、不破の身体がピキッと硬直する。
「嫌ならしなければいい。そのときはお前を王国から追放するだけだ」
それだけいい、さっさと部屋から出ていってしまう。
(怒らせちゃったかな…)
まあ、やるべきことへのアドバイスをしたのに嫌そうな顔をされたら不機嫌にもなるだろう。
同時に、ジュリエットの機嫌を損ねることを恐れている自分にも驚く。
頼れるものが少ないからだろうか?
その日は誰も部屋に来ることなく、夜にジュリエットが食事を運んできてくれただけで終わった。
三日間の時が過ぎた。
「おい、不破。起きろ。」
蔵馬の呼ぶ声に、不破は布団にくるまったままうんうんと唸り声をあげる。
「起きろ。おーきーろ!」
しかし、不破の耳には届かない。
未だ夢の中である。
「チッ…」
蔵馬は不愉快そうに舌打ちをし、なんと腰の日本刀に手をかけた。
「起きないと首を斬り落とすぞ」
その言葉が不破の生存本能を刺激したのか、不破はガバッと起き上がった。
「目覚ましソードはよくないと思うよ!?」
「知るか。起きないやつが悪い」
蔵馬は無理矢理不破の薄い布団を引っ剥がし、こう言った。
「すぐにこの間の大庭園に来い。今日、お前の実技テストを行う。」
「…えっ!?」
正直、不破は(後日ってことはもうちょっとあとかも知れないし、剣の練習はまた今度しよっと)と考えていた。
蔵馬と共に大庭園に行くと、すでにいろいろな設備が整っていた。
粗末な造りをした石剣が、地面に置かれた木の板に突き刺さっている。
そしてその横には、藁だろうか、なにかの植物を束ねた、等身大の人形のようなものが無機質に立っていた。
そこに同席するのは、現アンドルド国王ヴェイン・アンドルド、アンドルド王国第一王女シャイロネ・アンドルド、アンドルド王国第一王子ジークアッシュ・アンドルド。
「では本刻より、転移者キュータロー・フワに関する王国適正技能実技試験を執り行う」
重く腹によく響く声で、ヴェインが試験の始まりを宣誓する。
定例の面倒くさがり症候群が発症したせいで、試験の内容をまったくほかの人に聞いていなかった不破は、もちろん指示を待つしかない。
「これより三分間の間に、その石剣で藁人形の適切な箇所を攻撃してみせよ!はじめぃっ!」
急に開始が宣告されて、不破は慌てふためく。
(適切な箇所?一体そりゃどこだ…?)
不破はミリオタである。
軍事とは戦車や戦闘機のみにあらず、すべての戦力は元を辿れば剣により派生する。
すべてのミリオタに当てはまるかどうかは分からないが、不破は剣術の「型」において、ある程度の知識は持っていた。
(片手剣の基本は、「相手と自分で最も近く、さらに露出している部位を切り裂く」だ。そして3分という時間は充分なほど。きっと国王とかは一撃で終わらせることは望んでない。それで…片手剣が流行していた時代では、主に最初の攻撃目標として手腕が定められていた…気がする。この人形がガントレットを付けていないと仮定すると、おそらく初手は手首を斬るのが正解。)
この間、じつに二秒。
不破の思考はさらに加速していく。
(この距離感は、充分に「至近距離」だろう。となると二手目は、初手と同じ理由で脚部を斬ったほうがいいな。実戦でも、相手の機動力を無力化するために脚部を集中的に攻撃するっていう戦法もあったくらいだし。問題は三手目だ。ここで決めるなら、迷わず頭部への打撃が最優先。特に、脚部を損傷してから人間はバランス感覚を失い、大きく平衡が崩れる。ガードか崩れた時のみ、頭部への打撃は…)
不破の推測は、ほとんど当たっている。
腕部、脚部への攻撃から頭部への打撃につなげる一連の流れは、もはや兵法のテンプレートと化している。
相手のバランス感覚を破壊したうえでの、石剣が叩き出せる理論上の最大火力である「垂直斬り」を叩き込むと…
(合格間違いなしだ!)
ここまで四秒。時間は有り余る。
不破は今、自信に満ちていた。
最適解を導き出した確信による自信。
異世界でも己の知識が通用することに対する自信。
そして不破は忘れていた。
この世界はそこまで甘くない、ということを。
「ぬっ、ぬぬぬぬ…ぬ?…うーーん!」
机上の空論とはよく言ったものである。
(ぬっ…抜けねぇ〜〜〜!)
そもそも石剣が抜けなかった。
三分後、若干引いている様子のアンドルド家の面々から試験終了を言い渡され、不破は自室に帰る最中にいた。
(マジかよ…これはさすがに終わったって)
絶望一色の胸中であった。
また、ジュリエットが見に来ていなくてよかった、とも思っていた。
今日の醜態をみられるとなると、不破としては死ぬしかなかった。
去り際に、ジュリエットの兄であるジークアッシュにかけられた言葉が頭に蘇る。
「沙汰は追って下す。まあ結果は大抵予想がついてるだろう?…明日朝、結果を渡すと同時にスキルも鑑定することになっている。一応、ユニークスキルだと試験の結果は免除される仕組みになっているのだ」
不破の命運は、明日のスキル鑑定に懸けられているのだ。
「こればっかりは…運、だよな」
不破の不安な夜が、刻々と過ぎていった。




