#4 英傑共
まさに火急であった。
不破は、本日会議があることを知らなかった。否、知らされていなかった。というかこの世界の会議とは何たるかすら知り得なかった。
その情報伝達不足の元凶たる蔵馬をじとついた目つきで睨むも、蔵馬はそれに見向きもせずに両腕を組んでじっと眼を瞑っている。
まるで不破の不満など知ったこっちゃない、といった様子だ。
改めてあたりを見回してみると、なるほど異世界の軍人といった出で立ちだ。
(ここにいるところを見るに、結構重要な役職を預かっている人たちなのかな)
総勢十人とそこら。空席が若干目立つところを見るに、本来はもうちょっといるのだろう。
先ほど会議の始まりを告げた男が、再度口を開く。
「本日、第四師団、及び第五師団の団長、副団長はボカベル半島遠征のため不在である。
…初めてこの会議に参加するものもおると聞いている。どうだ、まずはこの余所者のために、自己紹介から始めてみないか?」
返事はない。代わりに、全員がしっかとうなずいた。
「では吾輩から…」
自分が口火を切るといわんばかりに、再度男は口を開いた。
(ありがてぇ~…こういうところで黙っちゃうのって空気地獄になるから嫌なんだよねー…こういう習性は日本人だけ、かもな)
男は、特別豪華な椅子からゆっくりと腰を気遣うように立ち上がった。
「アンドルド王国現国王、ヴェイン・アンドルドである。歳は四十と七である。吾輩のスキルは、『剛健体』である。スキルが何たるかを学習しておらん余所者には分かるまいが、由緒正しきアンドルドの血統の遺伝スキルだ。余所者といえど、国家の急務に召喚された者だ、むげに扱うわけにもいくまい。」
余所者、余所者とうるさい爺である。
(こっちだって来たくて来たわけじゃねーんですけどぉーー??いてこましたろうかこの老いぼれぇェェェ)
不破の胸中は悪口雑言で氾濫を起こしていた。
不破ダム決壊寸前である。
そこで男…アンドルド国王が椅子に腰を落としたことで、なんとか不破もクールダウンする。
その次に立ったのは、アンドルド国王の横に座っていた赤髪の青年。
分かりづらいが、両目の色が違う。どちらかが義眼なのか、はたまた趣味なのか、あるいはこの世界の常識か。
「ジークアッシュ・アンドルド。歳は二十二。スキルは『天気予報』。よろしく。」
(アンドルド…国王の息子か?)
さっさと座ってしまう。父親(疑惑)と違って簡潔な挨拶であった。ありがたいことである。
次に立った人物を、不破は知っていた。
(ジュリエットだ…あ、そういや蔵馬がジュリエットは第二王女だとかなんとか言ってたな)
「ジュリエット・アンドルドだ。歳は今年で二十一歳。スキルは『超体力』。不破赳太郎の世話役を頼まれている。よろしく頼む。」
「んっ?」
新情報である。この屈強な女性が世話役とは。
(ここまでいくと、いよいよ第二王女暇人説が濃厚になってくるな…)
次に立ったのは、ふんわりとした雰囲気を持った女性である。
ジュリエットと似たような雰囲気を持っている。
かと思ったが、やはり違うと思った。この女の雰囲気は、あんなにトゲトゲしていない。
「シャイロネ・アンドルドよ~。年齢は、えーと、たぶん二十ニね。ジュリちゃんの、姉です。よろしくね?…あ、スキルは『話術』!」
となるとこの人が第一王女ということになる。
なんかすごく天然というか、言葉を選ばなければ馬鹿みたいというか。
まぁ見た目はバッチグーである。
古い表現かもしれないが、まさにボンキュッボンだ。
(雰囲気もなんか優しそうな人だな…どっかの短髪暇人王女様とは大違いだ)
失礼なことを考えていると、王卓の向こう側から絶対零度が襲ってきた。
(なにっ…!まさか読まれたというのか!?命中三十のはずなのにその絶対零度は僕にクリティカルヒットしてるぞ!)
吹き荒れるブリザードに震えていると、次の人物が立ち上がった。
ツンドラみたいに冷たくて鋭そうな女の人だ。マダムみたいな雰囲気である。
(絶対アンドルドの人だよ…絶対怖い人だよ!)
高い声で、しかし不思議な抑揚を伴った声で彼女は口を開いた。
「アンドルド王国王妃、ヴェニス・アンドルド。スキルはシャイロネと同じ。....ここに来たからには、余所者でもそれなりの役割と結果を出してもらうわよ。」
(絶対効率厨だよ)
ド偏見である。
次からはどうやら、そのなんたら師団の団長と副団長の自己紹介らしかった。
(喉乾いたななんか。麦茶とか出ないのかな....)
勢いよくガタッと立ち上がったのは、先ほど不破の意識を図らずも飛ばしてくれた男。
コズミック・レイであった。
「王都直属近衛兵団団長、コズミック・レイ!歳はハタチだ!好きな食べ物は肉!好きな飲み物は水!そしてスキルは『光撃刃』!よろしく頼もう、ともに強くなろう!」
熱量に圧されてしまう。この男とだけはどうにも嚙み合わないだろうと、不破は薄々思っていた。
次に立ったのは全身を臙脂色の布に包んだ女。腰のあたりに物騒な暗器を吊り下げているその女は、短く自己紹介をした。
「近衛師団副団長、キシトキ・アスカ。スキルは『朱毒』。主に潜入任務や暗殺を得意としているわ。よろしく。」
(キシトキ....あの、龍族領土に潜伏して、情報盗み取ったヤツか。まさか女だったとは思わなかった)
そのまま自己紹介が続いていく。
「同じく近衛師団副団長、コスモ・ユーステッド三世。歳は十九。スキルは『偽装技巧』。よろしく。」
ぼさっとした黒髪だ。
やる気のなさそうなオーラを全身にまとっている。
ほかの人たちの自己紹介もあるのかと思ったが、アンドルド国王が手を振って止めさせた。長くなると面倒くさいと思ったのかもしれない。
(爺のくせに気が回るな。そこだけには同感する。)
アンドルド国王が本題に移ろうと口を開く。
「本日の議題だが、大きく分けて二つある。
一つ、此度新しくこの世界に召喚されたキュータロー・フワについて。
二つ、どちらかというとこちらのほうが本題だ。『帝魔六天将』について。」
(なんか僕の名前のイントネーションが外人みたいになってない?この世界ではそうなのかな…あぁ、蔵馬もヨルマサ・クラマって呼ばれてたもんな)
「本人が素性を明らかにせねば伝わるまいて。立て。」
命令され、不破はおずおずと立ち上がる。10余人の視線は様々である。
好奇心を目に浮かべるもの、警戒心丸出しなもの、興味なさそうに見遣るもの。
人の目を気にしようと思ったことはない。
しかし、気にしようと思ってなくとも、情報は無慈悲に目に入る。
自分という存在が相手の視界にあると、相手がありもしないことを思い浮かべているような、そんな真っ黒い不安を感じる。
被害妄想と言うだろうが、当事者にとってはそんなもの知ったこっちゃない。
当事者の目に映るものがすべてと錯覚している、いや、錯覚せざるを得ないからだ。
そして不破も、数ある「気にしようとしたことはない、しかし、気にしてしまう」人間のうちの一人である。
悲しいかな、異世界に行ったとしても、現代で刷り込まれた豚脂のようなもったりとした価値観は簡単には変わらないようだ。
しかし不破は息を吸う。思えば、今日が言語を習得して初めて実践するときだ。
「えっ…と、不破赳太郎です。十九歳です、えっと、趣味は」
「趣味など関係ない。座れ」
一蹴されてしまった。
しかしやっちまった感はない。
通じた。言語が通じたのだ。
喜びをかみ殺す不破のことを知ってか知らずか、国王は続ける。
「この者は、本来、チューベーと呼ばれる男が召喚されるはずだったところを、不手際と偶然が重なったのか、間違えて召喚されてしまった。…しかし、この者を元居た世界に戻すことはできない。そして新たにチューベーを呼ぶことも、召喚士規定によって不可能である。」
そこまで言うと国王は、やれやれと首を振り、さも不満そうに告げた。
「よって、転移者規定に基づき、適正な実力を技能実技試験で判断し、この男が王国に対し有用な存在であると確定した場合にのみ、吾輩の名において、キュータロー・フワをアンドルド王国の庇護下に置くことをここに確定する。」
転移者規定。蔵馬から不破は聞いたことがある。
この世界には、今まで三人の転移者がやってきた。一人目はもっと昔の人間で、今はもういない。死んだとされている男と、蔵馬、そして不破だ。
そして最初の転移者が現れた際、かつてのアンドルド国王は規定を定めた。
1,転移者は必ず技能実技試験を受験し、王国にとって有用な存在であると判断したときにのみ、王国庇護下に置き、いかなる場合も守護と絶対の信頼を注がなければならない。
2,転移者は転移後二年以内に、『スキル鑑定水晶』を使用し、自らの保有するスキルを明確に認識したうえで生活しなければならない。
3,転移者の居住、経済活動、結婚は自由とする。しかし技能実技試験に基づき有用でないと判断した場合にはこれは機能しない。
これら三つの原則が転移者規定として正式に定められているそうだ。
「この案でよいと思うものは挙手をせよ」
手がぞろぞろと上がる。
一人、手を挙げていない男がいた。黄色がかった黒髪を四方八方にぼさぼさと遊ばせた、若い男だ。
もしかしたら不破よりも年下かもしれない。
「何か納得いかぬことがあるのか、バラク・ヒストレイ二世」
バラク・ヒストレイ二世と呼ばれたその男は、ダルそうに立ち上がり、いまだ椅子に座ったままの不破を見据えて、こう言った。
「別によ。サルでも受かるような試験受けても、こいつが使えるかどうかわかんねーだろ。クラマの時もそうだっただろうが、簡単も簡単。乳離れしてねーガキでも合格できる試験なんて意味ないだろうが。」
王は、瞳に威光をたたえて、じっとバラク・ヒストレイ二世を見据えた。
「我々はもとからここにいる人間だ。余所者のことなどわからん。難易度に易さを感じるのは、貴様がこの国で生まれ、この国で育ったからだ。」
王の言葉にもフンと鼻を鳴らし、バラクはさらに反論する。
「だから。こいつはこれからこの世界で過ごすんだろ?だったら余所者用の試験なんて意味ないって言ってんだ。…おい。キュータローだったか?」
周りの緊張感が高まる。不破は急に名指しされたことに驚き、
「あっ、え、ぼ、僕?」
思いっきりテンパってしまった。
「てめぇ以外誰がいんだよ。…ちょっと表出ろや」
不良のような脅し文句に、ひゅっと委縮してしまう。
元の世界から争いごととは無縁だったため、場数を踏んでいないのだ。
「おい。バラク、何をするつもりだ」
王が諫めるような声で問う。
「決まってるでしょ。キュータロー、表でオレと戦え。ちゃっちい試験なんかより、もっと単純な話だ。オレとタイマンして…勝ったらオレが下についてやる。…お前が勝ったら、王国に入るどころか、第二師団師団長の座を譲ってやるよ」
降ってわいた好条件。バラクは王に確認をとるような視線を送る。
「…仕方ない、お前の好きにしろ」
「う、嘘だろ…さ、さすがに殺しはしないです…よ…ね?」
バラクからの返事はない。
不破赳太郎。異世界最初の戦闘。そして断言できるのは、命がけの戦闘に慣れっこな異世界人と、ひ弱な現代人が戦うとなると、九分九厘勝利の女神は異世界人に微笑む。
「や、やるしかないのか…くそぅ…」
不破は、表に出ようと歩き出すバラクに続いて、一歩、踏み出した。




