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#3 会議


 不破赳太郎が異世界に転移させられてから、およそ一年が経過した。

 

「そろそろ一年、かぁ…長かったぁ…!」

朝起きて、与えられた机とベッドだけの狭い個室でそうつぶやく。


そう感じるのも当然だ。ここに来て一年といえど、その間彼は王城より外に出ていない。

何より、戦時体制のため時間に余裕がなく、不破に余暇を与えるほどの暇などなかったからだ。

つまり、不破は一年間、箱詰め状態でずっと言語と歴史を学び続けていたのである。


「そろそろ一年だな。どうだ、そろそろ言葉はマスターしたか?」

ノックもなしに、蔵馬が部屋に入り、そう聞いてくる。いくら親しき中にも礼儀ありだと、不破は思う。


「蔵馬さぁ…親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないのかよ」

そう苦言を呈すと、彼はたいして面白くもなさそうに答えた。

「別に俺とお前は仲がいいわけじゃない」

仲が良くなかったら無礼でよし、なんてわけでもないだろうに。


何はともあれ、一年は一年である。

「顔洗って着替えたら『間』に来い。…あ、お前が最初に目覚めた場所だ。」

そういい、不破の返事を待たずに部屋を出ていく。


「まったく…彼には愛想ってもんがないよ。近代日本教育の欠陥だね。効率を求めるがあまり人間らしい感情を失ってら。」

ぶつぶつと独り言ちながら、支度を進める。


この世界には、とりあえず水不足という問題はないようだ。

贅沢に水をたっぷりと使い顔を洗い流す。この水が井戸からくみ上げたものなのか、水魔法による産物かどうかはわからない。

次に衣服を着替える。

少しガサついている。

絹の服だろうか。この世界の民衆がどのような服を着ているかはわからないが、ちらっと見たところ、王族は立派な服を着ていた。


蔵馬もいい服を着ていた。あまり納得ができない。


次は朝食である。

この城に籠り続けた一年間、常に不破とともにあったのが食糧問題である。

まず、飯は部屋に届かない。

それはいいのだ。何でもかんでもやってもらおうとは、不破はもとより思っていない。

そして、食材はこの城の食堂にあるらしい。


問題は、食堂がどこか分からないことだ。


なにせこの城、広すぎる。恐らく、三階建てと思われるこの王城には、恐ろしいほど警備員のような存在がいない。

今は戦争、警備員のような少しでも護身術を心得ている存在は重宝され、アンドルド国防学校の講師になるか、あるいは戦地に駆り出される。


そのような歴史書にのっていない豆知識は、蔵馬が時々教えてくれたのだ。

そんな蔵馬に、「頼むから食堂の場所を教えてくれ」と不破は泣きついたことがある。

ところが、蔵馬は「俺にもわからんハッハー」と返すだけであった。

なんてことはない、蔵馬も方向音痴であっただけである。いや、実際にはそんな愛想がいいはずがないが。


というわけで、次に不破が頼ったのはジュリエット・アンドルドである。

「どうか食堂への行き方を教えてください」

と実にみっともない声で懇願したのである。

ところが、その頼み事をした時期は不破が異世界(ここ)に来てから三か月と弱のころ。

当然というべきか、不破の言語は不完全である。


案の定その真意はジュリエットには伝わらず、なぜか「食料をこっちに運んできてくれ」と受け取られてしまった。

そしてその日から、毎日不破の部屋にジュリエットが食べ物を届けるようになったのだ。

第二王女をこき使う罪悪感もなくはなかったが、ぶっちゃけ不破はそれを好都合だと思っていたのだ。

なんなら、「第二王女って案外暇なのかなー」とか思っちゃったりしてた。


不破は基本的に、面倒くさがりである。


ありがたいことに、今朝も朝食が運ばれてきた。

この世界の主食は、パンのようなものである。厳密に言うとパンではない。小麦の食感がないため、原材料はなにか別のものだろうと、密かに不破はそう思っている。


パン(仮称)とスープ(多分)だけという、簡素な朝食。

ありがたくそれらをいただく。成人男性の胃袋を満たすには若干少量な気がするが、文句は言わない。

もとい文句を言える立場ではないということを、重々承知している。

なぜか。蔵馬もジュリエットも、腰に刀ないし剣をかけているからだ。


さすがに十九歳という若さを享年にしたくないのが本当のところである。


蔵馬は、「王城の間に来い」と言っていた。

そう。不破には、王城の間がどこか分からないのである。

実のところ、あの時は死体のインパクトが強すぎたせいで自分がいた場所を覚えていない。

おそらく、いや、限りなく高確率で、不破は王城の間にたどり着けない。


十分後。

不破は自らの現在地すらもわからなくなっていた。

「もう…どこだよここ!広すぎるんだよこの城!」

イライラしながらその辺を歩き回る。

どうやら人間、日の光を長い間浴びていないと短気になるらしい。


(もうこれ無理じゃない?もうこれ行けんくない?)

不破の心中は、若干諦めの方向に傾いていた。


すると。


目の端に、なにかがキラリと瞬くのを感じた。

まぶしさに、つい目を閉じる。

(何…!?)


次の瞬間、不破はなにかに首根っこを掴まれた。

「な、なんだよ!?誰だ!」

不破の首根っこを掴んでいる人物は、今現在人をひっつかんでいるということを思わせないようなすがすがしい声でこう答えた。


「君が不破くんかい!?私はコズミック・レイ!王都直属軍、近衛師団の団長だ!」

「あ、え、はい。ど、どうも」


うんうんとうなずき、彼はこう続ける。

「ヨルマサが「あいつは絶対に迷っているから拾ってやったほうがいい」と言っていたからね!私が来たのだよ!」

蔵馬の差し金と聞いて、ちょっと複雑な気分になる。


(それにしても…)

随分とキラキラしい恰好をした男である。まずは身長。不破と同じくらいなのに、ガタイが異常だ。室内なのになぜか着込んでいる鎧の上からでもわかるように、筋肉量が半端ない。

長い金髪を縦ロールにして、翠色の瞳を輝かせるその姿は、まさ勝ち組王子様(いけ好かないやつ)を彷彿とさせる。


「君が例の転移者だね?わからないこともあるだろうが、なんでも私に聞いてくれ!ともに研鑽を積もうではないか!うん!」

加えてこの人当たりのよさ。

(なんだこいつ最強かよ)

不破は心からそう思った。


「王を待たせるわけにはいかん、飛ばすからしっかりと捕まっていてくれ給え!」

不破が何か言葉を発する前に、身体はすでに廊下を抜けていた。


ギューーーンと耳鳴りのするほど早いスピードで、廊下を駆け、階段を飛び越え、そしてついぞ地に足をつけることすらやめ、まさに光のように城内を縦横無尽に駆け巡る。まるでドッグファイト(人間版)だ。

「あぁちょっと待って人間が出していい速度じゃあばばばばばばばば」


体感として二秒にも満たないくらいだろうが、コズミック・レイの体が加速を止めたことに続いて不破の加速も止まった。

「さぁ、王城の間に着いたぞ!入ろう!」

そうはつらつと不破に声をかけるが、返ってくる反応は、ない。

「む…?な、なんとッ!」


不破は目を回し、絶賛気絶中であった。

一年ここにいるとはいえ、中身は現代人である。


「う~…ん…」

うっすらと意識が覚醒してくる。

ぼんやりとした視界には煌びやかなシャンデリアが映り、ああ、今見ているのは天井であるな、と理解する。

「はっ!」

そこで完全に覚醒する。

(そうだ、僕はあの金髪ロールに意識刈り取られて…) 冤罪である。コズミック・レイも、まさかこんな簡単に不破がくたばるとは思っていなかったのだ。


身体を起こそうとして、すでに自分が何(・)ら(・)か(・)の(・)体(・)勢(・)にあることを感じる。

自分は今、椅子に座っているのだ。


ザ・円卓が、そこにはあった。しかも超特大の。

不破以外二十二個の席が円卓を囲んでおり、その中で十五席くらいの席が埋まっている。

その中で、特に上等な椅子に腰かけている五十歳くらいの男が、厳かな声でこう告げた。


「時間だ。これより、第二十五回『王卓軍事会議』を執り行う。」


状況に対応できていない不破以外、全員がその声に従い礼をした。



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