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#2 納得

いつも通りの、いや、ちょっと特別な一日になるはずであった。

美保基地で非日常をしゃぶり尽くさんとしていた。

結局、ちょっとどころじゃない特別が、待ち受けていた。


「うあ…?」

目を開けるとそこには、真っ白い天井があった。窓から差し込む柔らかな木漏れ日が、純白の平面に黄金の彩を与えている。

不破は数秒フリーズして、思い出した。


「そうだよ…畜生、どこだよ、ここ…」

得体のしれない場所に突然連れていかれて、挙句、人生初めての死体を目にして。

普通なら発狂しているところだろうが、いま、不破は奇妙な落ち着きを感じていた。


(これが一周回ったってやつか…?)

覚醒しつつある頭をぶんぶんと振りながら、そんなことを考える。

その時だった。


「目が覚めたか」

頭上から低い声が聞こえた。不破は視線を上げる。


そこには、少々長めの黒髪を軽く結んだ、冷たい眼光の男がいた。

その声を聴いて、不破の頭に記憶がよみがえる。

「お前は…さっき僕に話しかけた....?」


先ほど、不破に向かって「蜂見じゃないのか」と言ってきた男であった。


「混乱しているだろうから、今この状況を説明してやる。手短にか、ロングバージョンか。どっちがいい」

割とその質問には、不破は迷わなかった。

「ロングバージョンで」


その男は、少し面倒くさげな素振りを見せたが、語り始めた。

この世界がなんなのか。


「まずは俺のことから知ってもらおうか。【対魔三翼】所属の蔵馬 夜政(くらま よるまさ)だ。【対魔三翼】っていうのは、この世界の…まぁ、役職といったモンだ。ここでは聞き流してくれて構わない。本題。単刀直入に言う。ここは、剣と魔法の世界。いわゆる異世界、といったところだ。」


「異世界…」不破は、呆然とその言葉を反復した。いせかい。異世界。異世界…

「異世界!?」脳の回路がようやく繋がったようである。


「ああ。そして今日、お前は俺と同じように、ここに召喚された。召喚魔法でな。」

「「俺と同じように」?君はいつ…その、召喚されたの?」

蔵馬は冷ややかな目を保ったままぼそりと告げた。

「大体一年前くらいだ」


沈黙が落ちる。蔵馬が話題を変えるように、ごほんと咳払いを一つする。

「そこでだ。なぜ俺たちが召喚されたのか。それはズバリ、魔族との戦争に、勝つためだ。」

不破は目を大きく開く。戦争。およそ現代では、過去のことだと。あるとしても、どこか遠い国の話だと。そう思ってきた、戦争。

それに勝つために召喚された、と。


「戦争って…僕は現代人だぞ!?戦争なんて、急に言われても…意味わかんねぇよ!」

強い口調で反論する。

「理解が及ばないのは分かる。俺も最初はそうだった。だけど、変化はお前を待ってはくれない。

ここでは元の世界の常識は通じない。」

「でも…急に言われて、いざ戦争しろなんて…馬鹿げてる!僕に人を殺せっていうのかよ!」

その問いに、蔵馬はゆるゆると首を横に振った。

「お前が…もとい、俺たちが殺すのは人間じゃない」

「じゃあ…」

「魔族だ」

言葉が出ない不破をよそに、蔵馬は話を続ける。

「この世界で使われている言語は日本語ではない。そして俺の知る限りでは、元の世界のどの言語にも当てはまらない。お前はきっと、この世界の言葉を理解できないだろう」

先ほど謎の言語で話しかけられたばかりの不破には分る。聞きなれない言語。


「実際、すでに戦端は開かれている。この国の沿岸部には、すでに飛行型魔族の空襲が始まっている。」

飛行型魔族という、またも聞きなれない単語に眉をしかめる。

「とはいえ、まだ魔族が人類領土に本土侵攻するまでには時間がある。大体一年といったところかな。

だからその間に、お前には「この世界の言語」と「魔族情報誌」と「人類歴史解剖書」を読みこんでもらう。むろん、日常生活で使えるようになるまでな」

「ちょ、ちょっと待てよ!言語?誰が教えてくれるんだよ!歴史?魔族?だ、誰に僕は教わればいいんだよ!」

そう叫ぶ不破を、蔵馬は一蹴した。

「必要な教材は用意する。言語くらいは誰かに教えてもらうといい。それ以外は自分でやれ」


そう言うと、蔵馬はくるりと背を向けて、木製のドアに向かって歩き始めた。

慌てて呼び止める。

「ちょ、ちょっと!まだ話は…!!」

振り返らずに、蔵馬は続ける。

「あと一時間ほどしたら呼びに来る。その時にジュリ…あー、この国の第二王女から使う諸々の教材を渡してもらうからな。」

そこまで一息にいうと、そのまま部屋から出て行った。


「なんだよあいつ…戦争?魔族?意味わかんないよ…」

脳を可能な限りフル稼働させ、情報を整理する。

(この世界では戦争は当たり前…だ(・)か(・)ら(・)僕はここに召喚された…たぶん蔵馬(あいつ)も…となると、この世界の人間と僕らには何か違いがあるはず。わざわざ呼ぶくらいだもんな?

ここが異世界っていうのは…取りあえず受け入れるしかない。)

完全に納得したわけではない。が、納得できないわけではない。ならば納得したほうがいい。

納得はすべてに優先すると、どこぞの奇妙な冒険に登場するどこぞのパウパウおじさんが言っていたように。


(何かがある。隠されている何かが…元来、僕はここに来る予定の人間じゃないはずだ。明らかにあの召喚陣は、蜂見さんを目標としていた。そして蔵馬のあの発言…十中八九、ここに来るはずだったのは蜂見さんで、僕が来たのは完全な予定外、ってことだよ…ね)

あの人込みに押されたせいで、今、取返しのつかないことになっている。

そのことに思い当たった不破は、ひとしきり悶絶した。


きっかり一時間後、ノックもせずに再び蔵馬が部屋に入ってきた。

「どうだ。整理できたか」

「まあね。大体は」

蔵馬はたいして驚かずにうなずく。

「それでいい。物事を整理できる人間は貴重だ。前の世界でも。…ここの世界でも」

咳払いを一つして、蔵馬はあの聞きなれない言語でドアのほうに向かって声を上げた。


「(7*<LJ'DML(&$%#、<>)&」

木製のドアが大きな音を立ててバギッと開く。

大きな音に、不破がビクッと体を縮める。

(デカっ…!いろいろと…!!)

確かに第二王女が来るとは聞いていた。さて。王女というとなんだか、清楚でお淑やかなイメージだ。事実、不破も長年そのイメージを「王女」という言葉に持っていた。おそらく世間一般のイメージはそうであろう。そして、不破赳太郎は生まれて初めて、「百聞は一見に如かず」という言葉の意味を真に理解した。


(こ、こぇえ~…なんだコイツ)

そこにいたのは、確かに女だった。ただ、デカい。

不破は比較的、自身の身長が低いほうではないと自覚している。百七十八センチ。それが不破の身長である。

しかし目の前の女は、そんな不破より五センチは背が高かった。

何よりも目を引くのは、ショートヘアーとして短く切られたその銀髪と、石榴を彷彿とさせる深紅の瞳。

あとなぜか衣服の腹部を切り裂いているため、その腹筋を惜しげもなく露呈している。


「この人が俺たちの国、【アンドルド王国】の第二王女。ジュリエット・アンドルドだ。」


「ジュリエット・アンドルド…」

ジュリエットは、そのまま止まらずつかつかと不破のほうへと歩み寄る。

鼻先二センチほどの距離までずんずんと迫りくると、不破をじっと見つめ、低い声で、一言。

「D)8’6%$#)」

「今のは、不細工な野郎だぜ、と言ったんだ」

「はぁっ?!」 思わず憤慨の声を上げる。初対面の女性に容姿を貶されるとは思っていなかったようだ。

「冗談だ。初めまして、と言ったんだ。」

不破は、二度と蔵馬の翻訳は参考にしない、と心の中で誓うのであった。


ジュリエットは、無言で不破に何かを手渡した。

「ん…?」

それは本であった。ご丁寧に三冊。残念ながら表紙の文字は例の言語であるため読めないが、おそらくそれが先ほど蔵馬が言っていた、

「この世界の言語」と、「魔族情報誌」と、「人類歴史解剖書」であることは想像に難くなかった。


「あ、ありがとう…ございます?」ぎこちないお礼を、蔵馬が素早く翻訳してジュリエットに伝える。

ジュリエットは驚いたように目を見開く。

何か失礼なことを言っただろうかと、不破は狼狽した。

「あっ、えっと…ごめんなさい、変でしたか??」

蔵馬はふっと笑い、不破に告げる。

「安心しろ。この世界では、男性が女性に礼を言うのは珍しいんだ」

「なんとも前時代的な…」

よくない風潮である。

「でも、女性も実力があるものは積極的に政治や戦いに起用されるぞ。近衛師団や王属五師団だって女性が何人もいるんだ。」

またも知らない単語である。…まあ、今は知らなくてもいいだろう。すでに情報過多で頭がパンク寸前なのだ。


夕方。せめて今日一日はゆっくりしろと蔵馬とジュリエットが出て行った部屋の中は、橙色の夕日にライトアップされている。


猶予は一年。一年で言語を習得し、歴史書を読みこみ、魔族についての知識を深めなければならない。

重い溜息をついて、言語書を開いてみる。ぱらりと、一枚の紙がページとページの間から落ちてくる。

見ると、流麗な達筆で短い文書が書かれてあった。日本語で書いてあるところを見るに、蔵馬が書いたものだと分かる。

『言語書にはちゃんと、すべての単語に日本語訳をつけてやった。あとはお前がやれ』


物事には、やらねばならないことと、やるもやらないも自由なことがある。

自分一人だけの問題であるならばどちらでも選択可能だが、そこに他者の期待といった材料が加わると、そこには「責任」が生じる。

やらなければならないことになってしまう。


自分の頬をバチバチと叩く。気合を入れるために。あるいは、すべてを受け入れるために。


不破赳太郎の物語は、今ようやく始動した。



不定期

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