#13 占拠
「はぁ…ホントに行くんですか…?」
アケビは、朝から鏡の前であーでもないこーでもないと着ていくダッフルコートの色について悶々と悩んでいるリベルトを冷めた目で見つめた。
「当然。久々に王都を占拠しに行くんだ、身だしなみくらい整えさせてくれ。」
そう。ジツは、エレキハウディア派は何度か王都を占拠しようとしている。
しかしいつも、とある理由によって占拠そのものがとりやめになるのだ。
それはそれとして。
「むむ…着ていく服が決まらん。アケビ、黒か白か、どちらのコートがよいかな」
「さあ。黒でいいんじゃないすかね」
半ば適当に答える。
「なるほど、ならば白にしよう」
もとより、この男と真面目に会話しようとするその試み自体が素晴らしく愚かであることを、アケビは知っていた。
着ていく服は結局いつもの白のダッフルコートに決まったらしく、満足げに頷く。
次はメガネをかけるのだが、今日はメガネではなくサングラスをつける。
最後にコートの襟を整えて、ガラス瓶にある専用の液体に浸けられている鋏を取り出し、じゃきじゃきと切れ味を確かめるように空を切った。
「よし、アケビ。行くぞ」
「わかりました。…って、なんで今日はサングラスなんですか」
リベルトは、サングラスを得意げに押し上げて、弾んだ声で言った。まるで、久々に会う親戚によく見られようと身だしなみを整える叔父のように。
「分かってないな。我々は正義のために征くのではない。ディッナウティア様の御神託のもとに征くのだ」
酒場の二階が、彼らの居住スペースとなっている。
一階に降り、酒場のドアをばたんと開ける。
するとそこには、百人ほどの裏社会の住人…元の世界の言葉でいうところのヤクザさんたちがいた。
「お供します!リベルト・エレキハウディア様の征くもとに!」
リベルトは、ダッフルコートをばさりとはためかせてにやりと笑った。
「邪悪に行こうか。我々はこの世界の、悪役だからな。」
アケビの持つユニークスキル、局所的瞬間移動が発動し、地面に光の円があらわれる。
そしてその刹那、リベルトとアケビ、加えて百人ほどの屈強な男たちの身体が、跡形もなく消滅した。
つい先日から、T-34は量産体制に入った。
昼時、ぐううと情けない音を鳴らす腹をさすりながら、不破は工場から出る。
かなりこの街にも慣れてきた。
手頃な飯屋を探しに歩きながらも、思考を巡らせる。
実際に見たリッツ・カーロリックのスキル、自動作業は、かなり高性能なものだった。
気だるげな雰囲気とともに現れた彼は、ポケットの中に十体ほどの人形を収納していた。
ミニゴーレム、といったところだろうか。
そこから三日かけて、リッツは完全なる手作業でT-34を一両作り上げた。
そして、彼が持っていた十体の人形はそのリッツの手作業を学習し、スキル『自動作業』が発動。今もなお、疲れを知らぬ怪力人形たちによる大量生産は続いている。
しかし、課題は山積みである。
人類本土は、地図を見る限り周囲を海で覆われている。日本と同じく、島国という位置づけだ。
当たり前だが、T-34に水上を滑走するような先進的な技術はもたらされていない。
水たまりが関の山である。
つまり、次不破が作るべきなのは、航空機でも、さらに強力な戦車でもない。
戦車を敵国へと死の香りを以てお届けするためにかならず必要となる、輸送艦である。
となれば、直ちに輸送艦の図面を作成する必要がある。が、腹が減っては戦はできぬという言葉もある。
不破は、若干行きつけとなっている異世界の定食屋、
「ブランバートンの食堂」に向かうべく歩みを進めた。
そのときであった。
「あっ、おい、そこの君」
何者かに呼ばれた気がして、不破はくるりと振り返る。不破の目に入ったのは、長身の若い男。
長い金髪がさらさらと風に揺られており、かけているサングラスがきらりと太陽の光を反射する。
不破を呼び止めた男は、にこりと人のよい笑顔を浮かべ、こう続けた。
「すまないが、連れとはぐれてしまった。あいにくだが、私は今酷く空腹なのだ。奢ってくれとは言わん、この辺りにある飯屋でも紹介してくれんか」
不破は、男のことを一目見て、信用できると判断した。
「全然構いませんよ。僕も飯屋に行くところですし」
2人は連れ立って、「ブランバートンの食堂」へと再び歩き始めた。
簡素酒場、という出で立ちの食堂にたどり着く。
迷わずのれんをくぐると、野菜からとれた濃厚で新鮮かつ軽さを含んだ出汁の香りが鼻腔をくすぐる。
不破がこの店を気に入っている理由としては、元の世界にあった料理、おでんとここの料理が似通っているからである。
「ほう。なかなかいい雰囲気の店じゃないか。君、いい店を知っているな」
褒められ、不破は長身を見上げるようにして返す。
「味もいいですよ。雰囲気だけじゃなく」
席につき、迷わずいつものおでんのような煮物を二つ注文する。料理を待つ間、二人の席に沈黙が落ちた。
「君は」
ふと、男が口を開いた。
「君は、異世界というものを信じるか?」
不破は、その問いに全身が硬直するのを感じた。
「…異世界?ですか」
絞り出すように問うたその声は、震えていた。
「そうだ。この世界とは何もかもが違う、もしかしたら魔法というものが存在しない世界。そんなのがあると、思うか?」
昼時、店の喧騒。
それらすべてが不破の耳から遠のき、聞こえるのは激しく鼓動する自らの心臓だけ。
「あったら…おもしろいですね」
そんな、当たり障りのない答え。
男は頷き、弁解した。
「唐突にすまない、議論が大好物なもので。私の名前はリベルト・エレキハウディア。北部から来た。」
男…もとい、リベルト・エレキハウディアのサングラスの奥の瞳が、すうっと細まった。
「次の質問だ。何、気楽に答えてくれて構わない。何しろ議論だ。私と違う答えが出ることなど、百も承知だからな」
不破は、ごくりと鍔を飲んだ。
おでんはまだか?
「この世界が、ある一つの物語だとしよう」
あまりにも急な、スケールの大きい話に一時的に不破の脳がフリーズする。
「たった一つの、壮大な物語だ。もし、そうだとして。…悪役は、必要だと思うか?」
気楽に。そうだ、気楽にだ。
しかし、不破はある種の恐怖を感じていた。
目の前の男が、何をどこまで知っているか分からない。理解し難いものへの本能的な厭悪。
「エンタメという意味では…必要だと思います。悪役がいるからこそ、ヒーローはきっと輝くでしょうし。」
光と影、のような理論。
強烈な存在同士が刺激し合う、理想的な関係。対照に見えて、ジツは非常に密接に濃密に結ばれ合っている関係。
光と影。罪と罰。
「…なるほど」
おでんのような煮物が、二人分運ばれてくる。
テーブルに流れる異様な雰囲気を感じ取ったのか、店員がそそくさと退散していった。
そのまま、どちらともなく熱々のおでんを口にした。
異世界の野菜は、どれも身が詰まっていて美味しい。
大根もどきも、よく出汁が染みていて美味い。
しかし、不破はそんな味など一切感じている暇など無かった。
二十分ほど、経っただろうか。
二人の皿の中は空になり、リベルトは椅子の背もたれに寄りかかっていた。
「…そうか。やはり、悪役は必要か。…どちらにしても」
リベルトはサングラスをかちゃりと指で押し上げ、店の戸をくいっと指で指し示した。
不破は、不安を胸にしまってリベルトに続いて店を出た。
そのとき、店の脇、ちょうど店に入ろうとしていたのであろう男が声を上げた。
「おい…キュータロー」
その声に振り向くと、そこにいたのは深紅の髪色をした若い男。メイキョウであった。
「メイキョウさ」
「なぜお前が…ここにいる?」
その問いを投げかけられたのは、不破ではなかった。
「おお。さすがに手厳しいのではないか、メイキョウ」
メイキョウは、少しも表情を緩めなかった。
メラッ、とメイキョウの輪郭がぼやける。
「おいおい。ここは一般人も多くいるんだ。ここでおっぱじめるつもりか?」
「まさか。だがお前がここにいるとなると話は別だ」
「あ、あの、メイキョウさん。この人は何か…やったんですか?」
そこで初めてメイキョウは、不破のことに気づいたかのようにはっと目を向けた。
「っ…!」
そのとき、ジャキンという音が響いた。不破の首元に、冷たい金属の感触が走る。
「少し落ち着け。私たちはお前たちに用事があってここに来たのだ。」
ぞろぞろと、路地から、裏路地から、たくさんの屈強な男たちが出てくる。
あっという間に、食堂を背にした状態で不破とメイキョウは包囲されてしまった。
ゴロツキたちのリーダーだろうか、青髪の女性的な顔立ちをした男が先頭に立っている。
「腹ごしらえは済んだ。王城の大広間に瞬間移動するぞ。アケビ、用意をしろ」
青髪の男―アケビは、再びスキル、局所的瞬間移動を使用し、メイキョウと不破の前からリベルト、そしてゴロツキたちもろとも姿を消した。
「マズい…またやつらか!」
「奴らって…なんですか?」
メイキョウは、烈火に燃える瞳で王城を睨みながら言葉を吐き捨てる。
「狂信者の集団だ。…過去幾度か、我々王城は占拠未遂に晒されている」
そう言うやいなや、メイキョウは王城へと走り去っていった。
取り残された不破は、しばし呆然としていたが、しばらくして気を取り直したようにメイキョウを追って走っていった。
「お久しぶりです、アンドルド国王陛下。誠に不躾ながら、ここ王城を占拠させていただきたく存じます」
実に礼儀正しい、占拠宣言であった。
当然、王座に座するアンドルド国王と、その両脇を守るジークアッシュ・アンドルドとヴェニス・アンドルドはそのさまを冷厳な瞳で見下ろしている。
それに怯んだ様子もなく、リベルトは口を開く。
リベルトの後ろに控えているアケビ以下ゴロツキたちが、ごきりと拳を鳴らす。
「戦争を、やめていただくことはできないか?」
「それはできん」
アンドルド国王は、即答した。
「なぜですか。このままでは敵味方双方の損害は計り知れない。勝てるかどうか以前に、人間が死に絶えてしまいますよ」
「貴様の理論は正しい。ただし、理論だけだ。そして理論で何とかなるほど戦争というものは単純ではない。」
「では」
その答えは想定済みであるかのように。
すべてが手のひらであるとでも言うように。
リベルトは笑った。
心の底から怖気を誘う、邪悪極まりない笑顔。
その様子を後方で見ながら、アケビはリベルトという人間に心底恐怖を感じた。
アケビは知っている。
リベルト・エレキハウディアは、神なんて信じていない。この男は、やりたいことをしている。殺人も、議論も、占拠も。神のお告げなど微塵も信じていない。
助けを求め膝にすがる人々を見ても、心には波一つ起きない。ただ、下等生物を見ることによる儀礼的な不快感を感じているだけ。
「自らは神を信じている」と自分に言い聞かせている、ただの狂心者。
それが、アケビが見たリベルト・エレキハウディアという人間の本質だ。
「戦争は悪である。陛下はそう思っているのですか?」
ジークアッシュの眼光が、さらに鋭くなった。手のひらにバチバチと電流が走る。
雷魔法を撃とうとしているのを察し、国王は息子を手で制した。
「ねぇ、陛下。私は思うのですよ」
国王は、続きを促すかのようにリベルトの目を見下ろす。
「戦争を悪だと断じる人には、ある共通点があるのですよ。「戦争には正義、悪なんてない」という持論があるんですよ。笑わせてくれますね。先に攻撃した方が悪に決まってるのに。なんだって反撃に転じた国も、仕掛けた国と共に正義悪の天秤にかけられなきゃならんのでしょうか」
リベルトは、サングラスの奥から、鋭い目つきで国王を睥睨した。
「武力を以てこの戦争を終わらせようとする人間、魔族が正義と仮定するならば、交渉を以てこの戦争を終わらせようとする我々は悪だ。だから、悪役として我々は今日この場に、取引をしに来ている」
「取引だと?」
ジークアッシュが腰に差してある剣を抜く。
「巫山戯るのも大概にすることだ、リベルト・エレキハウディア。ここは善悪論を展開する場所じゃない。勝つための場所だ。」
「まぁ落ち着けよ、ジークアッシュ・アンドルド。今すぐにでも、君に罪を暴露させることだってできるんだ」
「そうはさせないさ」
バァン、とけたたましい音を立てて扉が開く。
今日も金ロールが絶好調な、コズミック・レイが大広間に入ってくる。
「君が何かを口にする前に、私が君の舌をきり落とす。いいね?」
コズミックのスキルは、「光撃刃」。光の速度ならば、声として発せられる音が空気に乗る前に、リベルトの舌など簡単に斬り落とすことができるだろう。
「…まぁ、いい。そして取引というのは…我々を人類側として参戦させるというのはどうだ?というものだ」
あまりに予想外な発言に、大広間の空気が凍った。
「…なに。」
「つまり、一時的な軍事同盟ということになる。我々が居住している本土北部は、知っての通り軍備が行き届いていない。いつ魔族が侵攻してくるのか、怖くて夜も眠れないくらいだ」
最後の方は冗談だろうが、リベルトの瞳に嘘はない。
本気で、アンドルド王国と軍事同盟を結びたいと言っているのだ。
「…ふん。先ほどまで我らを悪と断じていた集団が、我らと協定を結びたいと?矛盾極まれりだな。悪役の名が泣いておるぞ」
リベルトはそれにも動じず、淡々と返す。
「我々北部の人間は、平和を望んでいる。できれば、話し合いによる平和を。極力、武力行使は望んでいないが」
アケビは、またも感じた。ディッナウティアが言っていたことであると、この男はしょっちゅう主に責任を転嫁する。
「主がそう仰せられた。逆らう理由はあるまい」
「…ほう?貴様らの信ずる神とやらが、暴力を以て戦争を終結させようとしている我々の仲間に入り給えと、そう言ったのか?」
「…色よい返事ではないようだな」
そう、ぽつりとリベルトは呟く。
「なら、特に強いることはしない。気ままに勝ち馬に乗ることにするさ」
そう言い捨て、後ろに控えたままのアケビに声をかける。
「帰るぞ。占拠はやめだ。飽きた。」
聖ディッナウティア教団のエレキハウディア派は、過去幾度となく王都を占拠しようとしている―
そして、尽くしてそのすべてが、リベルトの「飽き」によって中止される。
ちょうどその時、ようやく王城にたどり着いた不破とメイキョウが勢いよく扉を開けた。
白けた目でメイキョウを見遣ったリベルトは、口だけでにやりと笑う。
「遅かったな。」
そしてそれきり、背を向ける。
「っ…!リベルト…!」
そしてそのまま、アケビの描く光円に飲まれ、彼らは姿を消した。
去り際に、メイキョウに向かって言葉を残す。
「また会おう、メイキョウ」
嵐のように現れ、嵐のように去っていったエレキハウディア派。
しかしその短時間の出会いは、確かにここにいるすべての人間の心に影響をもたらした。
そして、リベルトの出した交渉の内容については王家のお歴々が吟味するようで。
不破には再び、軍備拡張の仕事命令が下された。
次作るべきは、もちろん輸送艦。
息を深く吸い、昼下がりの街道に足を踏み入れた。




