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#12 第三勢力

アンドルド王国。

即ち人類の最終防衛領域であり、人類の領土のほとんど全てがアンドルド王国の下に統治されている。

工業、商業ともに栄え、表向きは平和な都市だと考えられている。

しかし。


「あ…ぎゃあああああああ!」

深夜、アンドルド北部にある荒れ果てた農村にひっそりと佇む礼拝堂から、夜の静けさをつんざく悲鳴が轟いた。

しかしその悲鳴も、じきに聞こえなくなる。

しばらくすると、礼拝堂から一人の男が出てきた。


かなりの長身だ。もしかしたら百九十センチメートルくらいあるかもしれない。その白いダッフルコートには、先ほどの悲鳴の主だろうか、何者かの返り血がついている。

長く生やしたその茶色がかった金髪が、夜風に揺れる。

そしてその手は、漆黒の鋏を掴んでいた。

ぽたぽたと、深紅の人血が鋏から滴り落ちている。


アンドルド王国は、確かに表(・)向(・)き(・)に(・)は(・)平和で通っている。

しかし、主に政治が行き届いていない北部の地域は、裏社会の動きが活発である。

そこに礼拝堂を構えるのは、一体なにを目的とする集団か。

男は、荒廃した村を散策したあと、地を這うトカゲを見つけた。

「哀れな生物だ…蜥蜴などに生まれることがなければ…せめて人間に生まれていれば、こんな惨めな生物にならなかったのになぁ…」

そう呟き、手にした鋏でトカゲを両断した。

なおもぴくぴくと動く、胴体泣き別れとなったトカゲ。

そのさまを見下ろし、足で砂をかけたあと、またどこかへ立ち去っていった。


というのも、ここは北部にしてもかなりはずれの位置にある。

人口が多い場所に行くには、少し歩かなければならない。徒歩10分といったところだろうか。

ざっ、ざっと砂を蹴り歩く音だけが聞こえる。

北部のはずれも、かつては村があった。

なぜ滅びたのか、そしてなぜこの男が滅んだはずの村にいるのか。

この男が、その村の滅亡に関与していたことは明白であろう。


北部にある唯一の都市、ドライト市。

この都市はアンドルド王国でもかなり異質な都市で、この都市の経済は十割闇の勢力によって回っている。

マフィア、闇商人、奴隷商、そして法から逃れた死刑囚まで。

ありとあらゆる闇の世界に生きる人間たちが、ここには集う。

完璧な法による整備が唯一と言っていいほどなされていない都市であるため、必然的にここが闇勢力の中心地となる。


そして、その裏組織をまとめて統括している、一つの組織がある。

その名も、『聖ディッナウティア教団』。

唯一神ディッナウティアを信仰する宗教であり、その中でも「ディッナウティア以外の神を信仰する宗教を排除する」という過激派が存在する。実際的には、その過激派が裏社会を統括しているといっていいのかもしれない。

それが、『エレキハウディア派』と呼ばれる一派である。

聖ディッナウティア教団に所属する思想家、リベルト・エレキハウディアによって結成された一派で、他宗教の信者を拷問して改宗させる、といった荒事も容赦なく行う残虐な集団として裏表問わず社会から恐れられている。


そして、先ほどトカゲを両断した男こそがリベルト・エレキハウディアである。

リベルトがドライト市に足を踏み入れると、その瞬間辺りの酒場からガラの悪い男たちが出てきた。

そして、地面にひざまずく。

「お勤めご苦労さまです!我らが主の代理人、リベルト・エレキハウディア様!」

リベルトはそれらを一瞥すると、辺り一面に展開している酒場の中でもひときわ輝いている酒場に入っていった。

「あっ、エレキハウディア様。本日の獲物はどうでしたか?」

この、問いを投げた銀髪を結んでいる男こそが、実質的な教団のナンバーツーである、アケビ・ジベルディックである。

「殺した。吐かなかったのでな」

端的な答えを聞いたアケビは、それでも満足そうに酒場の真ん中の席をリベルトに勧める。


「ここの湾岸に、魔物の到達情報は?」

ここ北部は、死霊の海と面している。つまり、アンドルド王国領土で一番不死魔族の領土に近いのがここなのだ。ここに魔物が上陸してくると、かなり厄介なことになる。経済を回すための本拠地が潰されるかもしれないからだ。リベルトとしては、それだけは何としても避けたかった。

「ないですね。…しかし、今日の獲物も馬鹿でしたね。なぜディッナウティア神を信じないような不浄者が、この世に湧いて出てきてしまったのでしょう。」

「あの男は他信教であったことに加えて、魔族を根絶やしにするという野蛮な思想を持っていた。…まあ、死んで特に影響のない人間だったから、殺しても構わんのだろう。主はお赦しになった。」

そう言い、酒の入ったグラスを傾ける。簡素なシャンデリアに照らされたグラスに、リベルトの琥珀色の瞳がきらりと反射した。

「戦争は…罪深い蛮行だ。だから、きっと主は我々にこの戦争を終わらせる使命をお与えになったのだろう、な…」


夜の静けさと、氷がグラスにぶつかるカチンという音しか聞こえない。

そんな夜だった。


心地よい静寂は、突然にして破られた。

蹴破るようにして、酒場のドアが開く。

「エレキハウディア!エレキハウディアはいるか!」

ずかずかと酒場に入ってきたのは中年で小太りの男。身なりが北部のなかではかなりいいところを見るに、没落した貴族だろうか。

そのまま座っているリベルトに近づくと、胸ぐらをつかんで怒鳴った。

「おい!儂は先月、ノルマ通りに新たな入信者を百人増やしたぞ!なぜ儂を、約束通り教団の幹部に昇格させないんだ!」

唾を飛ばして、顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


リベルトはそれを冷めた目で見つめ、ただグラスを傾けるばかりであった。

「聞いてるのか!」

一向に話し合いに応じようとしないその態度に激昂したのか、グラスを力任せに地面に叩きつける。

割れたガラスが飛び散り、中の酒がぶちまけられる。

「…」

その光景を見たリベルトの額に青筋が浮かぶ。

アケビが、やれやれと首を振る。

アケビは知っていた。一見、理知的に見えるこの男の沸点は驚くほど低く、更にその残忍性は同じ人間とは思えないほど苛烈である、と。


その時、奇妙なことが起きた。

一瞬で、周りの光景があの荒廃した村に変わったのだ。

没落貴族は、困惑した様子で周囲を見回す。

「なっ…!ここは…!?」

対して、アケビとリベルトは冷静そのもの。


スキル、『局所的瞬間移動(ワープ)』。アケビが使用するスキルであり、アケビ本体から一キロメートル内にある地点である限り、任意の場所に任意の対象と瞬間移動できる。


「わっ…儂は、お前が約束に応じない場合、アンドルド国王に直談判し、お前たちの違法な商業を告発してやる!」

まだ困惑が抜けきっていない様子だが、どうやら怒りが勝ったようすでまくし立てる。

その言葉に、リベルトの口角がにやりと上がった。


「国家があるから、人がある。人があるから、個性がある。個性があるから、考え方がある。考え方という曖昧な概念は、万人による精査の末に思想というものに昇華される。思想が行場を見失い、路頭に迷った先に、我々宗教がある。つまり、国家と宗教は決して分かち難く等式関係にあると言えるのだよ。貴様は、へその緒がつながった一卵性双生児を無理矢理母の腹のなかで引き離そうというのか?」

そこまで言うと、耐えきれなかったかのように高笑いを始めた。

夜の空気に、さもおかしいものを見たかのような笑い声が響く。

「宗教が死ねば、思想が死ぬ。思想が死ねば、個性が死ぬ。個性が死ねば、人が死ぬ。では人が死ねばどうなる?」

にやりと笑い、没落貴族を見下す。

「もちろん、母からの愛が得られなくなった国家が死ぬ。そして、国家、人、思想、宗教を生み出した我らが母、我らが主、ディッナウティア様が子を立て続けに亡くしたショックで死ぬ!!!」


狂気の笑みを浮かべ、優しく問いかける。

「貴様は、我が主を殺そうというのか?」

ひっ、と息を呑む音が聞こえる。


リベルトは両腕を広げ、天を仰いだ。

「あぁ神よ、お赦しください!たった今、貴方様を殺さんとする憎き害獣に、神罰を与えさせていただきます!」

そして、両腕を広げたまま、ぞっとするほど冷たく狂っている視線で没落貴族を見遣った。


「『神罰(トライ・ビュー・ノウ)』」


スキル、『神罰(トライ・ビュー・ノウ)』。リベルト・エレキハウディアが使用するユニークスキルである。その能力は、従来のスキルと違い、『相手の行動により決定されるスキル』である。

それはどういうことか。端的に説明すると、

『相手に隠していた罪を暴露させることで相手に強制的に『死』を与える』というものだ。

それは強力だが、発動条件があまりに難解極まりない。


リベルト・エレキハウディアは、もう一つのユニークスキルを所持する。

本来、スキルを二つ所持する人間・魔族は珍しいが、まったくいないというわけではない。

しかし、その二つともユニークスキルとなれば話は別。

おそらく、世界の歴史上にも片手で数えるほどしかいない、異端児中の異端児。


彼のもう一つのユニークスキル。

それこそが、難解かつ強力なスキル『神罰』の発動を容易くする。


彼は、両腕を広げた状態で口を開いた。

べっ、と舌を出し片眉をつり上げ、笑いながらも憎々しい表情を貴族へ向けた。


「『懺悔(ペンネティス)』」


リベルトが所持する、もう一つのユニークスキル。

名を、『懺悔(ペンネティス)』。その能力は、

『対象に強制的に隠していた罪を暴露させる』というもの。

つまり、リベルトはこの二つのスキルを併用することで、どんな相手でも確実に死に至らしめることができるのだ。


理不尽極まりない能力の組み合わせである。


懺悔を強制された没落貴族は、身体をぶるぶると震わせながら自らの罪を吐露した。

「二年前…妻に隠れ、家政婦として雇っていた女と関係を持ってしまった…この罪は、儂を長年苦しめていたものだ…」

本人の意思とは無関係に、罪を晒し、許しを請う。

無慈悲にも、そこで神罰は発動する。


「あっ…??がっ…!!!」

突然、没落貴族の太った身体が更に膨らんだ。

元の身体の二倍、三倍ほどに肥大化する。

「あっ…あああああああああ!!!!」

その断末魔を最期に、ぶちゅっと肉が潰れ破裂する音と共に、一人の没落貴族は散り散りになった。


そのまま、何もなかったかのように再びアケビのスキル、局所的瞬間移動で元いた酒場へと戻る。

「…なんの話だったかな」

アケビもまた、顔色一つ変えずに返答する。まるで、これは日常茶飯時だとでも言うように。

「さあ。戦争は愚かな蛮行だ、といった内容の話をしていた記憶がありますが」


そうだ、とリベルトは手をぱちんと合わせる。

「そうだそうだ、そうだった。…貴様は、我々の最終目標が何か、理解しているだろうな?」

その問いに、アケビはふっと笑って答える。

リベルトに新たなグラスを用意し、酒を注ぐ。

「我々が、人類と魔族との架け橋になる。武力としてでなく、話し合いを以てこの戦争を終結させる。そうですよね?」


リベルトは、グラスに口をつけ、メガネを片手でくいっと上げた。反射によるせいか、メガネが白く光り、その琥珀色の瞳を覆い隠す。

「そうだ。我々が友好的対話を以て両陣営を諌め、我が主、ディッナウティア様の名の下にこの愚かな蛮行に終止符を打つ。それを忘れるな?…まずすべきことは、分かるな?」

アケビは、その問いにも淀みなく答える。それは、聖ディッナウティア教団に位置するエレキハウディア派の総意であり、決して変えようのないことであると。


「ええ。…まずは、人類の軍事力を賄っている諸悪の根源、アンドルド王国中心部に征き、王都でも…乗っ取るところからでしょうねぇ」


人間、魔族が争う第三次全族対戦。

そのどちらにも位置しない、「第三勢力」。

聖ディッナウティア教団エレキハウディア派、参戦。

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